33話 男性恐怖症
「ッ……」
ベッドで横たわっていた俺はすぐに体を起こした。
どうやらここは俺が宛がわれた魔王城の一室のようだ。
俺はあの後どうなった?
誰が俺をここまで運んだ?
撤退させた彼女らは無事たどり着けたのか?
いや、なによりも。
俺は、眠っていたのか?
背筋がゾッとした。
どれくらいの時間かは分からないが俺はしばらく完全に無防備な状態で眠っていた事になる。
何をやっているんだ俺はと後悔の念に駆られるが、じゃあどうすればよかったのかは思いつかない。
俺は2人の英雄が目の前から姿を消した時点で既に満身創痍だったのだから。
そんなことを考えていた俺だが、横になっていたベッドの隣に二人の魔族が座っていることに気がついた。
「おはようございます」
「……おはよう」
一人はロボ、見たところ大きな怪我をしている様子もないので俺と別れた後、問題なく森を抜けられたようだ。
「全員無事『境界の森』を抜けられたみたいだな」
「はい、彼女たちも今頃はゆっくり休んでいることでしょう」
ロボの無事が確認できた時点で大体予想はできていたが直接その口から聞きたかった。
あの英雄2人が俺の前から姿を消したあと、ロボたちを追う可能性も考えていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
そしてその隣。
一人のダークエルフが一心不乱に林檎を剥いていた。
特徴としては銀髪ショート金眼、左耳が少し欠けている。
ベッドの横に置かれたテーブルの大皿はもう既に剥かれた林檎でいっぱいだが彼女が手を止める気配はない。
えぇ……?
なんだこいつ。
いや、彼女の能力はある程度知っているがこんな奴だったのか?
「……ルーナ様、ディアボロ様がお目覚めになりましたよ」
彼女に向けられる俺の視線に気づいたのか、ロボがルーナと呼ばれたダークエルフに小声で囁いた。
反応は、ない。
彼女はまだ林檎を剥いている。
それ、誰が食べるの?
俺じゃないよね?
「ルーナ様」
「ん?どうしましたロボ?」
ロボが彼女の肩を叩きながら呼びかける事でようやく気がついたようだ。
「ディアボロ様がお目覚めになりました」
「え……」
ルーナが起き上がっていた俺を見て固まる。
俺もなぜか彼女から視線を外す事ができずに固まる。
何か拙い事でもやらかしたか。
「ルーナ様」
「え、ええ……。コホン。はじめましてですね『黒曜の英雄』ディアボロ。私は『五本指』が一人、ルーナと申します」
「……はじめまして」
再びロボに声をかけられた事でハッとした様子の彼女が咳払いを1つしてから自己紹介を始めた。
だが、頑なに俺の目を見ようとしない。
まあ嫌いな相手とは目を合わせるのも嫌だろうからそこは別に良いのだが、彼女は俺の方を見ながらも林檎を剥く手は止めない。
正直、滅茶苦茶怖い。
「ルーナ様、林檎」
「え?あ、あぁ!これは、その、食べますか?」
「食べません」
どうやら無意識に林檎を剥いていたらしい。
気が動転したからなのか、もともと俺のために剥いてくれていたのかは判断に困るが遠慮しておく。
「ルーナ様はここに運び込まれたディアボロ様の体の検査を担当されていたので、その報告のためにこちらに赴いていただきました」
「そういうことです……」
見かねたのかロボが事情を説明してくれた。
自分の体のことは自分で把握できるのでそこは問題ではない。
問題は何をされたかだ。
ロボに林檎を剥くのを止められたからか、先ほどから彼女は林檎を剥くのに使っていた折りたたみナイフで開いては畳んでを繰り返している。
その動作が余計俺の不安を煽る。
さらに彼女は俺の知識が正しければ、暗殺部隊『ブラック・ロータス』の隊長だ。
たしか隠密能力、暗殺能力、毒物に対する知識、俊敏性に長けた人物だったはず。
俺は六英雄の加護によりたいていの毒物への耐性を持っているが、逆に言えば全ての毒物に対する耐性を持っている訳では無い。
今のところ体に異常は見当たらないが、眠っている間に一服盛られていても気づかなかった可能性もある。
「……」
「体には特に異常無し、大きな怪我も無く体調は良好…、と言いたいところですが過度のストレスと恐らくはそこから来る睡眠不足が見受けられました」
「……」
「あとディアボロ様は丸二日間眠られていましたが、そのうちの丸一日の間魔力が回復しない現象が起きていました。そこに関してはまだ原因が……」
「そこは問題ない」
「そう、ですか……」
丸二日間も俺は無防備な状態だったのか。
とりあえず『代償の指輪』については濁しておこう。
どうやらルーナがロボに何か耳打ちしてその内容をロボが俺に伝えることにしたらしい。
通訳かな?
俺の事が嫌いなら嫌いでいいんだが、検査の内容を紙にでも書いてロボに渡すとかしたら良かったのではないだろうか。
「……ルーナ様は極度の男性恐怖症でして」
「ごめんなさい……」
あ、ふーん。
この態度は嫌われているだけが理由ではなかったのか。
一瞬、随分と難儀だなと思ったがそもそもこの世界では男性の数が圧倒的に少ないので普段はそれほど困ることは無いのかもしれない。
「別に気にしてない。ただ、なぜわざわざ俺一人の検査のために魔王軍幹部『五本指』の彼女を?」
検査だけであれば別に他の魔族がやっても良かったはずだ。
この魔王城にも優秀なヒーラーは数多く居るだろう。
幹部である彼女も決して暇だったというわけではあるまい。
「ルーナ様は人体について非常に造詣が深い方でして、その知識量は魔王軍随一です。今回の検査は魔王様の命により英雄であるディアボロ様にもしもの事がないようにと…」
「…私が任されました」
人を解体するのとか得意ですもんねあなた。
たしか、いかに人体を効率よく破壊するかを学ぶために人体に関する知識を深めたんだったか。
勉強熱心なのは素晴らしいことだが動機が恐ろしい。
「男性恐怖症と言っても、本来ここまで酷くは無いのですが。ディアボロ様はその…」
男で人族だもんね。
そりゃ仕方ないわ。
むしろ彼女には同情したくなる。
「……」
「それで、先ほどのお話の続きなのですが。眠れませんか?」
「無理だな」
「……」
「ベッドや枕をよりよいものに変えることも…」
「必要ない」
「そう、ですか……」
どうやらルーナは俺の睡眠不足をどうしても解消したいらしい。
心配しなくても戦闘に影響は出さない。
今回の戦いであのような無様な姿を晒したのも、睡眠云々以前にただの俺の実力不足だ。
「それでは、報告は以上です。もうしばらくお体をお休めください。ルーナ様と私は少し話す事があるので席を外しますので、ごゆっくり」
そう言って二人は部屋から出て行った。
2人が何の話をするのかは気になるが考えても詮無いことだ。
今はそれよりも……
「林檎は持って行けよ……」
大皿に盛られた林檎の山を前に、俺は途方に暮れていた。




