30話 翡翠と黒曜
「大丈夫です安心してください!」
エメラルダのリボルバーから放たれた光弾は俺のエンドレスダークの関節部分を的確に狙ってきた。
ライフル銃よりも近接戦闘向きのリボルバーに変形させたあたり、彼女が俺よりも実践慣れしている事は容易に想像がつく。
初めての対人戦で緊張状態にあったとはいえ、英雄装備の変形機能にまで気が回らなかった自分が恨めしい。
すぐに身を捩って避けようとしたが、殺気がない分反応が遅れ何発か喰らってしまった。
思わず膝を突くが、この程度ならまだ体は動く。
痛みは堪えろ。
「かわいそうにディアボロさん…、すっかり魔族の洗脳を受けてしまって。ファンタズムから『女神の涙』を盗み出しただけでも万死に値するというのに、これだからモンスターは」
彼女は本気で悲しそうに呟く。
そう来たか。
そして今の言葉から察するに、彼女の中では魔族とモンスターは同じ分類になっているらしい。
これが人族全体の認識なのであれば現在の魔族と人族による戦争が続いている状況にも納得がいく。
最初から話が通じる相手ではないのだ。
「ファンタズムには優秀なヒーラーがたくさんいます。必ずやあなたをその呪縛から解き放ってくれる事でしょう」
「洗脳?呪縛?俺はいたって正常だぜ」
「残念ながら洗脳された者は皆そう言います」
どうやらエメラルダは本気で俺が洗脳を受けていると思っているようで、俺が自分たちの仲間だとまるで信じて疑っていない。
俺は彼女に気づかれないように傷口にポーションを浴びせた。
経口摂取の方が効果は高いがそれではすぐに気づかれてしまうだろう。
今は相手の情報を引き出しながら手負いのふりをして隙をうかがう。
「あの神官にも困ったものです。神殿から『女神の涙』が盗み出された際に、『どうせ魔族では英雄召喚は行えません。無駄な犠牲を払ってまでご苦労な事です。放っておいてもいいでしょう』などと言っていたのに……」
俺がもう抵抗しないと見たのか、彼女は一方的に話を始める。
俺にとっては好都合だが。
「にもかかわらず、どういうわけかディアボロさんの召喚は成功してしまった。魔族たちの手によって。この件については帰ってから問い詰めるしかありませんね……」
そう言いながらエメラルダは俺の方にゆっくりと歩み寄ってくる。
彼女の言葉には1つ引っかかる点があった。
それはファンタズムの神官が魔族によって『女神の涙』を盗み出されたにも関わらず、それほど危機感を持っているように思えない事。
仮に盗み出された『女神の涙』が偽物であればそのような態度にも納得はいくが、俺の召喚に成功している以上その線は消える。
さらに召喚に失敗することがわかっていたとはいえ、神官はなぜ『女神の涙』をすぐに取り返そうとしなかった?
これではまるで、神官にとっては『女神の涙』がそれほど重要な物ではないみたいではないか。
「今まで一人で魔族に囲まれ、さぞ心細かったことでしょう。でももう大丈夫ですからね」
そう言って彼女は俺に手を差し出してきた。
否定はしないし、正直この手をとりたい気持ちもある。
だが、時間切れだ。
「掻き消せ【黒炎砲】」
俺はエンドレスダークの胸元を展開し、無防備なエメラルダに至近距離から黒炎は放出した。
この一撃で殺し切るつもりで放った不意打ちでの最大火力。
吐き出した炎は周囲の木々までも燃やし尽くし、その熱は自分にも伝わってくる。
しかし目の前の魔力反応に変化は、ない。
俺は目の前に立ち込めている煙幕から距離を取る。
防がれた?
あの距離、あの威力をどうやって……。
煙が吹き飛ばされ、その謎はすぐに解けた。
再び俺が目にしたエメラルダには傷1つなく、彼女の周囲にはエメラルドグリーンの障壁が張り巡らされている。
「自動発動型の防御障壁か……」
「よくわかりましたね。80点です」
障壁が砕け散り光の粒子となって宙を舞う。
「驚きました。私の【深緑の庭園】は今まで破られた事のない無敵の防御スキルでしたのに」
「涼しい顔してよく言う」
どうやら俺の出せる最大火力は、障壁を破るまでにはギリギリ至らなかったようだ。
一撃で仕留められなかったのは痛い。
俺の魔力もかなり消費してしまった。
「会話が普通に成立していたので油断してしまいましたね。私の想定よりもあなたにかけられている洗脳は強力なようです」
「洗脳なんかされてないってのに……」
エメラルダの言葉を聞いていると『もしかして自分は気がつかないうちに本当に洗脳されているのでは?』という考えも浮かび上がってくる。
「仕方ありません。あなたには少し痛い思いをさせる事になりますが、我慢してくださいね?」
そう言って彼女は再び俺にリボルバーの銃口を向けた。
「BANBAN行きましょう♪」
次の瞬間、俺は全方向から光弾の集中砲火を浴びた。
「ッ!?遮れ【アイアンシェル】!」
すぐにエンドレスダークを防御特化形態に変形させたが、完全に防ぎきるには魔力が足りず何発かに貫かれた。
幸いエメラルダは俺を無力化させることを優先していたため、致命傷になるような場所は狙ってこなかった。
周囲には十数センチほどのドローンのような物が多数浮遊しているのが確認できる。
これがさっきの集中砲火の正体か。
あれだけの物を同時に操りながらその狙撃に一切の狂いはない、恐るべき精密射撃だ。
「すごいですねそれ。私、殺さないように細心の注意は払いましたが手加減はしてないんですけど。殆ど防がれちゃいました」
「嫌味にしか聞こえないぜ……」
実際その気になれば彼女は俺を殺す事もできたのだ。
俺の命運は完全に彼女に握られている。
傷は隙さえ作ることができればどうとでもなるが、今は魔力が足りない。
「やるか……」
俺はアイテムボックスから天秤の模様が掘り込まれた指輪を1つ取り出し、左手の小指にはめた。




