29話 困惑
「よかった……」
目標地点に走りながら俺は僅かに安堵していた。
可能性は低いとはいえ、自分に向かってくる俺よりも撤退するロボたちの背中を狙い撃ちにする危険もあったがどうやら杞憂だったようだ。
相手は的確に俺だけに光弾を撃ち込んできている。
俺が南東に走り出したのと同時に攻撃は背後からではなく正面から飛んでくるようになった。
となればやはりあの北西で感知した魔力反応はダミーで本体は俺の前方。
ダミーは固定砲台か何かか?
ただし背後への警戒も怠らない。
前方から飛んでくる光弾を弾き飛ばしながらどんどん加速していく。
ふと、自分の手が少し震えている事に気がついた。
俺の予想通り狙撃手の正体が『翡翠の英雄』であれば今回の相手は人族。
人間だ。
意思疎通が図れないモンスターを相手にするのとは訳が違う。
果たして俺は相手を殺せるのか?
果たして俺は相手に殺されずに済むのか?
モンスターを相手にした時とは感じる恐怖が段違いだ。
俺は拳を強く握り締め不安をかき消すように無理やり口角を吊り上げた。
前方の開けた場所にある切り株に腰を下ろした人影が見えて来る。
光弾の雨は既に収まっていた。
眼鏡をかけ、緑髪を三つ編みにした理知的な女性で俺よりも少し年上に見える。
彼女の横の大木には、翠色の長大なライフル銃が立てかけられていた。
「こんにちは」
彼女は俺が十数メートル先で止まると、立ち上がり微笑みながら声をかけてきた。
座った状態では分からなかったが、かなりの長身痩躯だ。
さっきまで散々光弾ぶち込んでくれた癖に随分とフレンドリーな態度である。
「……こんにちは」
緊張のあまり、つい普通に挨拶を返してしまった。
すると彼女は更に笑みを濃くしてこちらに近づいてくる。
「素晴らしい!挨拶は人と接する上での基本中の基本。…ですが残念、少し元気が無いので90点です」
「そうすか」
俺は後退りながら目の前の女性を観察する。
どう見ても隙だらけに見えるが、それが逆に不気味で手が出せない。
さらに彼女は俺がこの世界に来て初めて出会った人族だ。
その事実がさらに俺を躊躇させる。
そんな俺の様子を見て彼女は歩みを止めた。
「何故逃げるんですか?」
「俺とあなたは敵同士のはずだ。ならあまり不用意に近づかないでもらいたい」
俺の言葉に彼女は一瞬キョトンとしたような表情を浮かべていたが、急に笑い出した。
「フフフ、あなたと私が敵同士?何故そう思うんですか?」
「なにを言って……。いや待て、その前に確認しておきたい。あなたは『翡翠の英雄』か?」
色々聞きたい事はあるが、ここだけは先に確認しておきたい。
そもそも彼女は何を言っている?
「これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね」
そう言って彼女はこちらに丁寧にお辞儀をしてきた。
「私はエメラルダ。あなたがおっしゃるとおり、六英雄が一人『翡翠の英雄』としてファンタズムに召喚された者です。そちらのお名前を伺っても?」
「『黒曜の英雄』としてヘルへヴンに召喚されたディアボロだ」
「歳はいくつですか?」
「……19歳」
何故、歳を……?
そして何で答えた俺も。
どうにもやり辛い。
「では私の方が少しお姉さんですね!こちらに来てから男性と接する機会が少なくて少し緊張してしまいましたが、そうですか。私より年下ですか……」
どういうわけか彼女は俺の年齢を聞くと恍惚の表情を浮かべ始めた。
先ほどとは別の意味で怖い。
「では自己紹介も終わった事ですし、そろそろ行きましょうか!」
「どこに行くつもりだ?」
戦うのに場所を変えるつもりか?
確かに重火器を使用する彼女にとっては俺との接近戦は望ましくはないだろう。
ただそれに俺がおとなしく付いて行くと思っているのか彼女は。
「どこって……、もちろん他の六英雄のところです」
「は?」
いや行く訳ないだろ。
行ったら即袋叩きにされることは容易に想像できる。
飛んで火にいる夏の虫ってレベルじゃねーぞ。
「きっと皆も喜びますよ。これで最後の六英雄も揃ったことですし、すぐにでも魔族を根絶やしにする事ができます!」
「お前、どういうつもりだ?」
「お前だなんて、駄目ですよ。これから一緒に魔族を滅ぼす仲間にそんな呼び方をしては!そうですね…、気軽に『エメラルダさん』と呼んでください」
話がまるで噛み合わない。
そもそも先に攻撃しておいてあなたは仲間だとか頭おかしいだろ。
「その仲間の足を吹っ飛ばしてくれたのはどこの誰だよ」
「あれはあなたの横に居た魔族を狙ったんですよ?でも確かに申し訳なかったですね。あのタイミングであなたが動くとは思っていなかったので」
「俺がここに向かってくる間も光弾を撃ち続けてただろうが」
「直接聞くまであなたが『黒曜の英雄』である確証がなかったので、少し試させてもらいました。仮に直撃したとしても、六英雄の加護があれば致命傷にならない程度には威力を調節してましたよ?」
「……俺の方からここに向かって来なければどうするつもりだったんだ?」
「その時は先に周りを掃除して、私の方から迎えに行くつもりでした。じゃあ誤解も解けたところで行きましょうか!」
嘘をついているようには、見えない。
だがここで彼女たちについて行くわけにはいかない。
できることならこのまま彼女について行って情報を集めたいところなのだが、それをヘルへヴンが裏切り行為だと言ってくる可能性も十分ある。
なのでこの場でできるだけ情報を集めたい。
「まだ聞きたいことがあるんだが……」
「それなら皆のところでゆっくり教えてあげます」
駄目みたいですね。
本当は今後のことを考えてもここではっきり自分は彼女の敵である事を伝えるのは避けたかったのだが、監視の目がどこにあるのか分からない以上今言うしかない。
「悪いが俺はお前についていく事は出来ない。俺は他の六英雄たちと違ってヘルへヴンに召喚された英雄だ。敵の誘いには乗れない」
「……あぁ、なるほど。そういうことですか」
彼女は何かに納得した様子で頷いて見せた。
「このケースは、30点です」
嫌な予感がする。
そこで俺はようやく、立てかけられていた長大なライフル銃が消えている事に気がつく。
「大丈夫ですよ。すぐに私が満点にしてあげますから」
そう言って彼女はいつの間にか両手に握られていた翠色のリボルバーを俺に向け、何の躊躇いもなく引き金を引いた。




