18話 嗅ぎ取った感情
ロボ視点
「……」
私はディアボロと別れた後、自室に転移した。
部屋の施錠を確認し、ポケットから出した懐中時計を見ながらメイドとしての仮面を外し、『孤狼王』としての顔をのぞかせる。
「彼には悪いが、余り離れるわけにもいかない。長くても30分までだ」
アイテムボックスから彼にもらった『干し肉』を取り出し、鑑定用の魔道具『悪魔の片眼鏡』を使う。
――鑑定結果、不明。
この魔道具は、ある一定のランクの物までなら使用法、使用期限、耐久値、状態などのあらゆる情報を把握することができる非常に貴重な品だ。
かつてスタンピードの対応で戦果を挙げた私に、レイラ様が下賜された物だ。
ただの干し肉程度を鑑定できない物では決してない。
一口齧る。
固い、が私が知っている物よりは柔らかく、味も良い。
長持ちさせることを重視したガチガチの塩辛い干し肉とは段違いの味だ。
鼻を近づけなくとも分かるような香辛料がふんだんに使われている。
恐らくこれもただ保存期間を伸ばすためではなく、味も考慮してのことだろう。
さらに、町で食べたときも感じた高揚感を感じる。
偶然では、ない。
この干し肉に何らかの効果があるのだろう。
もはやこれはただの保存食ではなく、アイテムの類だ。
それも、この『悪魔の片眼鏡』を以ってしても鑑定できないほど高位の、あるいは彼がいたという異世界独自のアイテムなのかもしれない。
「知りたい」
私は元来、好奇心が強い女だ。
彼のことが、『黒曜の英雄ディアボロ』のことが知りたくてたまらない。
どのような物を持っているのか?
どのように戦うのか?
何を考えているのか?
「お前がどのような人族なのか?」
レイラ様は、彼の世話係と言う建前で私を監視役として付けた。
しかし、これは牽制の意味合いが強いだろう。
彼はあの六英雄が1人、黒曜の英雄ディアボロだ。
私がただの世話係として自分の下に送り込まれた訳では無いことなど、とっくに気がついているはず。
『我々はお前を常に見張っているぞ』と言う意味合いの牽制。
ワーウルフは、相手の表情からだけではなく、匂い、呼吸、体液などからも情報を読み取ることができる。
だからこそレイラ様は私を監視役に任命した。
しかし、私は未だに彼の感情を読み取れずにいる。
正確には、自信を持って彼の感情を断じることができずにいるのだ。
今彼は、怒っているのか、動揺しているのか、悲しんでいるのか、嘘をついているのか。
あまりにも表に出る情報が少な過ぎるため判断が付かない。
だから私は町で彼をあの店に連れて行ったのだ。
本来は魔道具を使って遠くから町の風景を眺めるだけでもよかったが、そうはしなかった。
それでは意味がない。
彼には悪いが、あの店の魔族たちが際立って人族を嫌っているのは知っていた。
彼が魔族である私に半ば強引に連れてこられた店でさらに魔族から浴びせられる悪意に対し、どのようなリアクションをとるのか、それが見たかった。
当初想像していたのは怒りの感情だ。
その対象は『そのような店に強引に連れ込んだ私』でも『理不尽な悪意をぶつけてくる魔族』のどちらでも良かった。
とにかく私は彼の感情の波を荒立てたかった。
――しかし、彼に感情の乱れはほとんどなかった。
初対面の魔族に『ソレ』呼ばわりされても、彼は普段と変わらない濁った目で相手の顔を眺めるだけ。
ほんのわずかに嗅ぎ取れた感情の機微も、あんなものは誤差の範囲と言えるだろう。
ただ、そんなほんの僅かな感情の機微と彼の言動を鑑みるに、彼は常に周囲を警戒しているのではないかと私は予測している。
これは我々魔族に敵対感情を持っているからなのか?
恐らく違う。
彼は、己自身を守るのに必死なのではないだろうか?
私が住んでいた『境界の森』近くの村は、幼い頃に先代の英雄によって滅ぼされた。
生き残りは私たった一人。
ただその時、身寄りが無くなった私をレイラ様が引き取ってくれた。
他にも人族によって大切な物を失った人々とその悲しみを共有することができた。
しかし、彼には頼れる相手など誰もいない。
この異世界に、たった一人で召喚されたのだ。
親しい友人もいなければ、血のつながった家族もいないこの場所に。
さらにそこへ、自分を呼んだはずの魔族たちからの容赦ない敵意を浴びせられた。
人族だから、ファンタズム側で魔族に対して猛威を振るっている英雄たちと同じ六英雄の1人だからと言う理由で。
魔族のために異世界から召喚された彼には、何の落ち度もないのに?
彼はほとんど感情を表に出さない。
しかし、それは必ずしも彼に感情が存在しないと言う訳では無いだろう。
自分の故郷について話す彼からは、ほんの微かにだが哀愁の念が嗅ぎ取れたのだ。
まだ彼とは、少しの間しか共にしていない。
だから現時点で彼がどのような人族なのか断定することはできない。
ただ。
「――彼は兵器などではない」
好きな時に憎しみをぶつけ、好きな時に戦場に送り込む。
そんな扱いが許される相手では決してないのだ。
レイラ様は理屈では理解できていても魔王という立場上、彼を信じきることはできないだろう。
カミーラ様も同様だ。
彼女らの判断ミス1つで国が傾く。
私も監視役である立場上、彼を完全に信用することはできない。
監視役が情に絆されることなど、あってはならない。
それでも。
「降りかかる悪意から、私の力の及ぶ範囲で彼を守ろう」
これは、表向きに自分が与えられた彼の世話役としての仕事の領分に含まれるだろう。
その程度のことしかできない自分に、心底嫌気がさす。
懐中時計を確認する。
そろそろ時間だ。
私は再びメイドとしての仮面を被り、彼の部屋へと向かった。




