16話 望まれない客
しばらく色々な場所を回っていたが、急にロボが立ち止まり小さく鼻をヒクつかせた。
そういえばワーウルフは嗅覚に優れた魔族だったな。
「ディアボロ様、そろそろお食事でもいかがでしょうか?良い頃合いですし、この町でどのような料理が提供されているのかも知ってもらいたいのです」
「いや、俺は」
「私の記憶が正しければ、昨日から一切食事をとっていらっしゃいませんね?」
「食欲がないから遠慮する」
「食欲はなくとも、食べられるときにしっかり食べるのが良い戦士の条件の一つです」
「……わかった」
「本当は私が懇意にしているお店にご案内したいのですが、残念ながら今は混み合っているようなのであちらの店に入りましょう」
そう言って彼女は目の前にあるコンクリート造りの大きな店に入っていった。
にしてもゴリ押しがすごい。
彼女の勢いに圧倒されてつい折れてしまった。
昨日は食事の提案を全て断っていたため、余計に今回の誘いは断り辛い。
店の中に入ると肉が焼ける香りが充満しており、アルコールの匂いも感じられる。
……急に引火とかしないよね?
店はそれなりに混んでいたが、幸いすぐにドワーフの給仕がやってきた。
彼女は俺を見るなり眉をひそめた。
「何人だい?」
「二人でお願いします」
「あいにくと込み合っててね。1人だけならすぐに案内できるけど?」
「では待ちます」
「……そうかい」
今こいつ舌打ちしたぞ。
これ、暗に『そこの人族は帰れ』って言ってるじゃん。
俺を入れるのが嫌なのは分かるけど露骨過ぎるだろ。
仕事に私情を挟むのはどうなんだ?
町の賑やかで幸せそうな雰囲気で忘れかけていたが俺、こいつらと戦争してる国の種族なんだよな。
ロボの方を見ると彼女は涼しい顔で待っている。
これ、もしかしてヘルへヴンではスタンダードな接客態度の可能性が出てきたな。
なら仕方ないか。
「空いたよ」
「では行きましょう」
席はすぐに空いたようで先ほどの給仕に案内された。
と言うかそこもともと空いてた場所じゃねえか。
てっきり予約席とかかと思ったわ。
「どうぞ」
「ありがとう」
俺はロボが引いてくれた椅子に座った。
正直、こんな居酒屋とステーキショップが合わさったような店でそんなことしないで欲しい。
もともとただの一般人だった俺にはどうも落ち着かない。
「注文は?」
「ワイルドビーフのセットを1つ。ディアボロ様はまず……、ベビービーフのセットでよろしいでしょうか?」
「それで頼む」
「足りないようでしたら追加で頼みますので、まずは少な目のものにしましょう」
よろしいでしょうかも何もわからねえよ。
名前からして多分子牛か何かなのだろう。
とりあえず頷いておく。
「ワイルドビーフのセット。お待ちどうさん」
給仕が厨房へと消えてしばらくして、ロボの前に大ぶりなステーキやサラダ、大盛りのライスが運ばれてきた。
立ち上る湯気からは芳醇な肉の香りを感じることができる。
すげえ、冗談みたいなサイズだ。
彼女の身長は俺より少し低いくらいで、女性としてはかなり大柄だがこの世界ではそれほど珍しくない。
町を歩いていても全体的に皆身長が高かった。
ちなみに男性はまだ一人も見ていない。
ふと彼女の方を見ると、全く料理に手をつける気配がない。
「食べないのか?」
「ディアボロ様より先に食べるわけには行かないので」
どうやら彼女は俺の料理が運ばれて来るのを待ってくれているらしい。
確かにまだ料理が運ばれていない連れの前で、自分だけ先に食べ始めるのは抵抗あるよな。
「冷めるぞ」
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですのでお気になさらず」
猫舌なのか?
とりあえず俺は考え事でもしながら待つことにした。
どれほど経っただろうか。
彼女の前に置かれた料理からはもう湯気は一切出ていない。
が、未だに俺の前に料理は運ばれて来ていない。
店の奥に目をやるとさっきの給仕がこちらを見て笑っていた。
人を心の底から虚仮にしたような醜い笑みだ。
「そんな冷め切った肉食べても美味しくないだろ。俺は腹も減ってないしもう良い。店を出ようぜ」
特別腹が立つとかは無いが時間の無駄だ。
まぁ俺は人族だからな、ぐらいにしか思わないがこの場所に長居するメリットもない。
「……なるほど」
彼女はそう呟くと、俺に頭を下げた。
「ディアボロ様、不快な思いをさせて大変申し訳ありませんが、もうしばらくお時間をいただけないでしょうか?」
「……大丈夫だ」
その肉食べるの?
いくら猫舌でもそこまで冷めてしまってはもうただの固い肉だと思うけど。
そんなことを考えていると彼女はテーブルの上に置いてあったナイフとフォークではなく、小さなベルを鳴らした。
先程の店員がやってくる。
「……なんだい?」
「彼の料理がいつまでも来ないのですが。この店は注文してから食材を調達しているのですか?」
「そんなわけ無いだろう」
「ではなぜ?」
給仕は小馬鹿にしたような顔で俺を見た。
「ソレ、魔王様が召喚した例の六英雄とか言う奴だろ?冒険者たちから聞いたよ。ここは魔族のための店だ。魔族のあんたに出す料理はあってもソレに出す物は何もないよ」
どうやら俺の前に水すら置かれて無かったのはそういう理由らしい。
水は買う物だとか、てっきりそういうシステムなのかと思っていた。
「……では仕方ありませんね」
彼女が俺の顔を見て眉尻を下げる。
何でそんな顔をしてるのか分からないが、これはこの給仕が言うとおりで仕方のないことだ。
敵対種族が急に自分の店で飯を食いたいとか言い出したらそりゃこんな対応にもなるわ。
むしろよくまだ追い出されていないなと思うほどだ。
「ディアボロ様、申し訳ありませんでした」
「気にするな。最初から分かっていたことだ」
今更この程度では何とも思わない。
彼女が席を立ったので俺もそれに倣う。
にしても彼女は何を待っていたんだ?
「やっぱりソレの前じゃ食欲が湧かなかったかい?今度は友達でも連れてきな!」
やっぱ腹立つわこいつ。
憎しみや殺意を向けられるのはまあ納得できるが、こんな馬鹿にした態度をとられる謂れはないぞ。
もしかして、魔王が召喚した俺になら何を言ってもやり返してこないだろうと高を括って人族への鬱憤晴らしでもしているのか?
まあ確かに、ここで俺が暴れたりしたら確実に立場が悪くなるだろうし。
賢いじゃん魔族。
俺はさっさと出口に向かう。
ドゴンッ
何かとても嫌な音が聞こえた気がした。
俺は既に嫌な予感がしていたが、恐る恐る振り返る。
ロボが給仕の顔を、冷めたステーキの上から鉄板に叩き付けていた。




