14話 臆病者の唄
「生意気なことを言い過ぎたかもしれない」
執務室から出た俺は、ロボの案内でようやく自分の部屋に戻ることが出来た。
彼女は今部屋の扉の前に居るようだが、要望どおり明日の朝までは一人にしてくれるらしい。
ベッドに寝転がりながら先ほどの自分の言動を省みる。
(いくら俺とヘルへヴンが協力関係にあるとはいえ、この国の王とその相談役にあの態度は拙かったか?)
普段からなるべく考えてから行動するように心がけているつもりだが、頻繁に後悔することがある。
現在、俺は魔族との距離を測りかねていた。
(協力関係を円滑にするためにできるだけ隠し事はなくすべきだが、恐らく俺のことを人族への鉄砲玉程度にしか考えていないであろう魔族の連中に手の内は曝したくはない)
魔族は自分のことを『仲間』だと認識していない。
ただでさえこの世界に頼れる相手が居ないのだ。
誰かの助けを宛にできない以上は一人で戦うしかない。
自分の身を守ってくれるのは、自分だけだ。
ノックの音が聞こえる。
俺はすぐに体を起こした。
「ディアボロ様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
どうぞじゃねえよ。
話が違うじゃん。
今日だけは1人にしてくれるって言ったじゃん。
反射的に『どうぞ』と言ってしまった自分が憎い。
「失礼します」
部屋に入ってきたロボの耳は、ほんの少し垂れているように見えた。
「お休み中に申し訳ありません、明日の予定を報告に参りました」
嫌な予感しかしない。
「ディアボロ様には明日、近くの町並みを見ていただきます」
「なぜ?」
いや本当になんで?
俺、魔族に嫌われてるじゃん。
下手したら町の人たちに袋叩きにされるのではなかろうか。
俺が魔王によって召喚された人族の英雄であることに気がつかない可能性に賭けようと思ったが恐らく無理だ。
この世界の男性は非常に少ないため、自分が男性である時点で目立つ。
更に小柄、華奢、中性的な彼らと俺では特徴が違い過ぎる。
顔を隠したぐらいでは体格から女性でないことが明らかなので誤魔化しきれない。
「それは強制か?」
「強制ではありませんが、これは魔王様からの指示です」
要するに強制じゃねえか。
あの魔王どれだけ俺のこと嫌いなんだよ。
先ほど情報提供を拒んだ件を根に持っているのかもしれない。
カミーラはともかく、レイラの方は完全に俺の言葉に納得したと思っていたのだがそうではなかったらしい。
俺の観察眼が役立たず過ぎる。
「わかった」
「……よろしいのですか?」
全然よろしくないです。
しかしこれは仕方がない。
ここで断ってこれ以上あちらの心象を悪くすることだけは避けたい。
「明日は私も同行しますので」
「そうか」
監視役だもんね。
とは言え、1人放り出されるようなことにならなくて少し安心した。
仮にも魔王から俺の世話役を命じられたのだ。私情を挟まず仕事はきっちりこなしてくれる、はずだ。
「明日は私がお迎えにあがるまで、休んでいていただいて構いません」
「わかった」
「報告は以上になります。重ね重ね、お休みの中申し訳ありませんでした」
「気にしなくて良い。明日はよろしく頼む」
冷静に考えたら彼女は魔王の命令に従っているだけなので、ここで彼女を責めるのはお門違いだろう。
絶対にありえないことだが、俺のことを気遣って魔王からの伝言を彼女のところで止められでもしたらそれはそれで問題だ。
切り替えろ。これで少しでもレイラの溜飲が下がればそれでよし、少なくとも向こうの指示に従っていれば今以上に心象が悪くなることはないはず。
「それでは、ごゆっくりお休みくださいませ」
そう言って優雅に礼をすると、ロボは部屋を出て行った。
それを確認してから再びベットで仰向けになる。
明日のことを考えると気が重くなるがもう仕方ない。
明日のことは明日の自分に任せて眠ることにした。
今まで経験したことがない感触のベッドだ。
さぞよく眠れることだろう。
どれくらい時間が経っただろうか。
しばらく目を瞑ってはいたものの、まるで眠れる気配がない。
血まみれの魔族が転がった情景が脳裏にこびり付いて離れないのだ。
記憶に残る匂いも、空気も、生暖かい血の温度も、裂いた肉の感触も、砕いた骨の感触も、その全てがもうここが俺の生きる『現実』なのだと、受け入れがたい事実を突きつけてくる。
まだ、召喚されてすぐの時は夢見心地だった。
またいつものように目が覚めて、平穏な日々が続くのだとぼんやり考えていた。
もしかしたら今眠りに付けばこの夢から覚めるのではないかと淡い期待を寄せ目を閉じたが、今の俺には眠ることさえ出来ない。
眠っている間に人族に憎しみを向ける魔族の誰かに殺されてしまうのではないか?
そんなことも考えてしまう。
いっそのこと、そうなった方が楽になれるかもしれない。
俺はとにかくこの場から、この現状から逃げ出したかった。
逃げつく先が人生の終着点でも構わないと思うほどに。
この戦いの先に得られる物など何もない。
最初に出会ったあの二人の女性が言ったことを信じるなら俺にはもう帰る場所すらないのだ。
両親も、友人も、恩師も、知り合いさえも一瞬で失った。
俺には、彼ら彼女らと今まで過ごした日々の記憶が残っているのに。
今はまだ良い。
だが、これから戦い続けるにつれこの記憶までもが薄れて往き、これが本当に自分が経験したことなのか自信が無くなっていくのが怖くて仕方がない。
そうなってしまえば、俺という存在は完全に死んでしまう。
俺はこれから、人族とモンスターを相手にたった一つしかない命をかけて戦わなければならない。
報酬のために?
自分を憎む魔族たちのために?
それに一体どれほどの価値があるのか。
正直今すぐにでも泣き叫びたい気分だが部屋の前にはロボがいる。
弱みは、見せられない。
俺は決して、世のため人のために戦えるような物語の主人公ではない。
臆病で、口下手で、不器用な。
ただの弱い人間なのだ。




