12話 焦り
レイラ視点
何を考えている?
ディアボロは私たちにいくつか質問をした後、何かを思案するように沈黙を保っている。
その顔からおよそ感情らしき物は読み取れない。
玉座の間で初めて顔を合わせた時からそうだ。
イザベラが挑発した時も、エヴァが矢を放った時も。
動揺している様子はまるでなかった。
男離れした巨躯にどんよりと濁った漆黒の双眸。
さらに人族の英雄と言うこともあって不気味な圧を感じる。
本来であればこの男は我々魔族の天敵なのだ。
この男は、私たちの返答をどう受け取った?
「なにか心当たりはあるかな?」
「いや……」
そんな彼の圧に当てられたのか、らしくもなくカミーラが急かす。
アンデッド系魔族の頂点に君臨するヴァンパイア・キング、魔王相談役『吸血姫』カミーラ。
常に強者故の余裕を持つ彼女にしては本当に珍しいことだ。
「心当たりがない訳では無いが、確証がない」
「どういう意味かな?」
「そちらから受け取った情報と俺が持っている情報に齟齬がある」
「情報は共有すべきだと思うけどね。私たちは言わば『同盟者』なのだから」
彼はこちらに微塵も気を許していない。
他の魔族からの彼への対応を見ればそれも当然だろう。
私も努めて彼に憎しみを向けないようにしているが、長い年月をかけて積み重なった感情はそう簡単には変えられない。
彼をこんな場所に呼び出した張本人である私ですらそうなのだ。
魔族全体を見渡してもイザベラのような考え方の者が遥かに多い。
我々魔族にとって人族は親を、姉妹を、恋人を、友人を奪い合う敵でしかない。
(彼は私を恨んでいるのだろうな)
「それはできない」
「何故だい?」
「齟齬がある情報を共有して、混乱を招くことは避けるべきだ」
「そこを君が心配する必要はない。その口ぶりからして重要なことなんだろ?何を隠す必要がある」
「カミーラ」
カミーラが苛立ち始めたところで静止をかける。
その態度は協力者に情報提供を頼む態度ではない。
これではまるで捕虜への尋問だ。
「……信じるのか?」
「ああ、信じるとも!」
「俺の心当たりは恐らく、お前たちからすれば荒唐無稽に聞こえるだろう。それでも?」
「それは」
「先ほど『君が心配する必要はない』そう言ったな?」
「ああ言った。これでも魔王相談役だからね。みんなが混乱したとしてもすぐに対処できる」
「何か勘違いしていないか?俺が心配しているのはそっちじゃない」
「……話が見えないな」
「俺の心当たりが外れた時、お前はこう思うんじゃないか?『もしかしてあの人族は、我々の混乱を招くためにわざと嘘の情報を流したのでは』と」
「……」
カミーラは黙り込む。
否定できなかった。
どれだけ口では「信じる」などと言っていても、本当に追い詰められた時に恐らく自分たちは人族であるディアボロを疑ってしまうだろう。
自分たちから情報を要求しておいて、本当に身勝手な話だ。
「当然だよな。お前たちは魔族で俺は人族だ」
「待て、落ち着いてくれ」
「少なくとも俺は落ち着いてるつもりだ」
ディアボロの言うとおり、彼の表情はこの部屋に入ってから全く変わっていないように見える。
むしろ冷静さを欠いているのはカミーラの方。
彼女も今の展開が良くない方に向かっていることに気づいているはずだ。
彼の問いかけに答えられなかったのは拙かった。
これでは彼を『同盟者』と呼んでおきながら『お前のことを完全には信用できない』と言ってしまったような物だ。
「ディアボロ。お前に不信感を与えたのは私たちの落ち度だ。すまない」
「そちらの状況もある程度理解しているつもりだ。ただ、もしもの際に吊るし上げにあうリスクは負いたくない」
「悪かった。私も焦り過ぎたよ。『同盟者』などと言っておきながらこれではな…」
「……確証を得たらまた追って報告する。ただ自分で言うのもなんだが、あまり信じずに可能性の1つとして留める程度にしてくれ」
「そうしてもらえると助かる」
彼の提案はありがたく受け取っておこう。
しかし今回の件で我々に対する信頼はガタ落ちのはずだ。
そもそも落ちるほど信頼を積み重ねられた記憶はないが。
早急に何か手を打たなくては。
とは言え信頼関係はそう容易く深まる物ではない。
出鼻を挫かれたのは痛いが、時間をかけて彼に誠意を見せるしかないだろう。
「何か必要な物はあるか?用意しよう」
「ない」
取り付く島もない。
これはさすがに露骨過ぎたか。
「何でもいいんだよ?そうだ。本格的なスタンピードの前にアイテムや魔道具の補充をしておいたらどうだろうか?今からでも揃えさせよう」
「……」
どうやらまだカミーラは冷静さを失っているようだ。
押し付けは余計に悪印象だぞ。
どうしたものか考えていると、ディアボロは一瞬後ろのロボに意識を向けてから口を開いた。
「では」
「遠慮しないで言ってくれ!」
カミーラは先ほどの失態がよほど堪えているようだ。
普段の冷静沈着な彼女の面影がまるでない。
「今日はもう休ませてもらいたい」
「それだけでいいのかい?」
「あと、せめて今日だけはロボも部屋の中に入れないで俺1人にしてくれ」
「……分かった。ゆっくり休んでくれ」
一瞬面食らったが、考えてみれば当然だ。
彼は私に召喚されてからまだまともな休息をとっていない。
環境が急に変わり、『吹き零れ』の対処もあって疲れが出るのも無理はない。
ディアボロの表情が全く変わらないのもあってそこまで考えが及ばなかった。
『今日だけは』と言ったあたり、彼女の本当の目的が監視であることも理解しているのだろう。
あえて監視に身を晒すことで身の潔白を証明しようと言うことか。
さきほどの一件があったにも関わらず、彼はこちらの思惑に乗ってくれるつもりらしい。
「借り1つ、だな」
彼が執務室から出て行くのを眺めながら、私はつぶやいた。




