10話 積もる罪悪感
「勝手に動かれては困ります」
スキルを解除してすぐ、ロボに捕まった。
あたりには俺と一緒に暗黒空間から吐き出されたモンスターの死体が山となっている。
当然だよね、彼女一応俺の監視役だし監視対象が急にどこかに消えたら困るだろう。
さっきはとにかく冒険者たちからモンスターの群れを引き剥がすために迷わず黒曜の英雄スキルまで使ってしまったが、これは軽率だったかもしれない。
スキルに関して詳しく問い詰められたら面倒だ。
俺はまだ手の内を明かしたくない。
「急を要する事態であった事は理解していますが、せめて私には一声かけてください」
「悪かった」
意外にもロボは先ほどのスキルについて問い詰めるようなことはしなかった。
少しホッとする。
俺がまだ周囲に知られていない能力、所持品はいわば『生命線』だ。
こちらにも隠し事はあるがそちらも俺に全てを曝け出している訳では無いだろうから大目に見て欲しい。
「怪我人は?」
「ディアボロ様が使用した。アイテムのおかげで怪我人はいません」
「……死者は」
「5人です」
亡くなったのであろう冒険者たちが、丁寧に布で包まれ運ばれていた。
何人かはその傍から離れることができず、亡骸を抱きすすり泣いている者もいる。
『恵みの雨』は例え四肢が欠損していようが、上半身と下半身が分断していようが、首だけの状態であってもその傷を全て癒すことができる。
傷だけは全て癒せる。
死者を蘇らせる効果まではない。
俺のスキルの中にはそれなりの代償を払えば死者を蘇生できる物もある。
だが俺はそれを使わない、否使えない。
この世界で死者の蘇生がどのような意味を持つことなのか分からない以上、そう簡単にこのカードは切れない。
仮に使ったとしても蘇生スキルはそう軽々しく使えるものではないため、最悪『何故あいつは蘇生してくれたのにこいつは蘇生してくれない?』などということになりかねない。
これ以上立場が悪くなるのは何としても避けたい。
俺は我が身可愛さのために彼女たちを見捨てる。
「お前が、ロボさんの言ってた『黒曜の英雄』か?」
振り返ると、そこには俺よりも少し背が高い燃えるような赤髪を束ねたオーガの女性が立っていた。
身に付けた銀色の鎧は泥と血に汚れ、あちこちが罅割れ留め具が外れている部分もある。
「そうだ」
俺は声が震えそうになるのを必死でこらえた。
「お前が使ってくれたアイテムのおかげで、あたしもあたしのパーティのメンバーも助かった」
「役に立ったなら、良かった」
「……ダイアナも、綺麗な身体、で母親の元に帰れる」
彼女の視線の先には布で大事に包まれ、他の冒険者に抱えられたエルフの女性がいた。
「冒険者をしていれば、激しい戦闘で撤退を余儀なくされ、死体を持ち帰れないことは珍しくない」
やめろ。
「そのためにギルドから配られた『ライフタグ』があるけど、こんな冷たい鉄のプレート1枚渡されたところで、大切な家族との別れに納得なんてできるわけが無い」
やめてくれ。
「でもあいつは、ダイアナは、ちゃんと家に帰れるんだ。ズタズタにされて誰か判別できないような姿じゃなく、ちゃんと、綺麗な、身体で…」
彼女の足元には、黒い染みがいくつもできていた。
涙と泥でまみれた彼女は必死に笑みを浮かべながら、俺に頭を下げてきた。
「ありがとう。いくら感謝してもしきれない」
「……」
俺は今すぐこの場から逃げ出したかった。
「あたしは、人族が嫌いだ。だから人族であるお前のことも、好きとは言えない」
「でも」
「この感謝の気持ちに、偽りは無い」
違う。
俺は感謝されるようなことは何もしていない。
仕事だったから。
魔王から受け取る報酬に対して働きで応えただけだ。
俺にはお前の仲間を助けるスキルがある。
にもかかわらず、救えるはずの命を見捨てて保身に走る臆病な男なんだ。
「男だって聞いた時は半信半疑だったけど、お前は確かに『英雄』だよ」
英雄なのはディアボロであって荒川仁じゃない。
駄目だ。
考えるな。
俺はもうお前は荒川仁じゃなくてディアボロだ。
今のまま元の世界の感覚を引きずり続ければ、確実に壊れる。
「ディアボロ様」
俺がオーガの女性と話している間に呼んだのであろう救援部隊に指示を出していたロボが戻ってきた。
『恵みの雨』では傷は癒せても体力までは回復しないため、すでに体力が底をついているであろう彼女らをどうするか考えていたが、この様子だと心配なさそうだ。
「ひとまずこの周辺一帯の『吹き零れ』の掃討は済んだようです。お疲れ様でした」
「『吹き零れ』?」
「はい、我々は本格的なスタンピードの前に奥のモンスターから追い立てられた群れを『吹き零れ』と呼んでいます」
「あれはあくまで予兆に過ぎない、と」
「その通りです」
第五危険度が4体も出現したにもかかわらず『予兆』…。
先が思いやられる。
もうスタンピードのことを『素材集め』や『経験地稼ぎ』などとは口が裂けても言えない。
これは画面の向こうで起きている『イベント』ではなくれっきとした『災害』なのだ。
危機感がまるで違う。
(備えなくては)
「ロボ、素材の回収を頼めるか?」
「それは構いませんが……」
「な、なあ相談なんだが!」
「?」
オーガの女性はまだ俺に用があるらしい。
彼女もかなり体力を消耗しているはずなので早く休んだほうがいいと思うんだが。
「こいつらの素材、譲ってもらえないか?」
「これをか?」
「そうだ。今回の討伐で装備が使い物にならなくなった奴らはたくさんいる。本格的なスタンピードが始まる前に新調しなきゃならないが、この状況を見て分かる通り、間に合わせの物じゃ到底役に立たない」
「確かに厳しそうだ」
「そこでこの素材をあたしたちに譲ってもらいたいんだ。第五危険度の素材ともなれば、そう頻繁に市場には流れてこない。頼む!もちろんその分金は払うから!」
「分かった」
「……いいのか?」
俺が使えるような素材は無さそうだからな。
あとはロボに頼んで換金してもらおうと思ってたけど。
「金はいらない。壊れた装備の新調だけでなく今回消費したアイテム、魔道具の補充も必要だろう」
「でも……!」
「素材が手に入ってもそれを加工するにはさらに金がかかる。ロボ」
「はい」
そこで再びロボに話しかける。
こいつ、さっきから俺に向けた視線を一切外さない。
怖過ぎだろ。
「これからしばらく、俺はスタンピードの対応が仕事になると考えていいのか?」
「はい。魔王様はそれをお望みです」
「なら冒険者たちの装備が充実することは俺にとっても悪い話じゃない」
「それじゃあお前は今回の討伐で何が得られるんだ?あたしは一方的な施しを受けたくない」
随分食い下がるな。
『信頼』、はこの程度で得られるとは到底思わない。
「俺は仕事をこなしただけだ。その働きの対価は魔王からしっかりもらっている」
白金貨1枚、もうもらってるし。
なんだか給料を前借りしてるみたいで落ち着かないが。
「人族に借りを作りたくない気持ちは分かるが、これは俺のためにやっていることだ。お前らが俺に何かを感じる必要は無い」
「……そこまで言うなら分かった。今回はそういうことにしておく」
今回は、というのが少し気になるがまあいいか。
ようやく分かってもらえたようだ。
「この借りはいつか必ず返すからな」
何も分かってねえじゃねーかお前。
「ディアボロ様、そろそろ魔王城へ帰還しましょう」
ロボがまだ何か言いたげなオーガの女性を遮った。
助かる。
もうそろそろ限界だ。
1人の場所に篭って少し休みたい。
「魔王様がお呼びです」




