第六十話
宇宙暦四五二六年十一月九日。
宇宙港での交渉はゾンファ全土に流された。但し、発言自体はカットされ、ゾンファ側に都合がいいテロップが流れている。
しかし、クリフォードの姿は大きく映し出されており、多くの民衆が驚いていた。彼らはツォン・ダーバオ中将が彼に勝利したという報道の際、顔写真を見ていたためだ。
『コリングウッドが生きていただと! ツォンが倒したという話はデマだったのか!』
『二倍近い数で殺し損ねただと。恥さらしもいいところだ!』
更にリアンユ星系防衛艦隊の生き残りの下士官兵たちが真実を流し始める。
『こっちが一方的に突っかかって、いいようにやられただけだ。最後もコリングウッドの旗艦を沈めたから勝ちだと言っていたが、奴に騙されたんだな』
『ソン・ジジエのようなバカな艦長に道連れにされた連中は哀れだ。一方的に攻撃を受けて何もできずに死んでいったんだからな』
『ツォンの命令も異常だった。コリングウッド個人を殺せっていうもんなんだからな。テロリストと変わらないと思ったくらいだぜ』
これらの情報はすぐに政府の情報機関によって削除されたが、陰の支配者ファ・シュンファ元政治局長は苦虫を噛み潰したような顔で会議の様子を見ていた。
(完全にしてやられた。まさか生きているとはな……民衆の反アルビオン感情を煽ることは無理だな。あれだけツォンを持ち上げておいて、コリングウッドが現れたのだから、政府の発表など誰も信じないだろう……)
目論見が潰えたファはどうやって損切をするかに思考をシフトする。
(失敗したことは仕方がない。だが、無策では俺の復権は絶対に叶わん。俺が表舞台に立てるまでに国力の回復を図るべきだな。あとはヤシマを我が国の敵に仕立て上げ、民衆の不満をそちらに向けさせるべきだ。そのためにはここで大きく譲歩することも手だな……)
ファは腹心であるバイ・リージィ元軍事委員とヤン・チャオジュン元外交部長を呼び、協議を行った。
「現有の軍事力は一旦放棄すべきだ。その上で軍事に関する研究を進め、王国が油断したタイミングで一気に艦隊を再建する。但し、時間が掛かる。その間に民衆が権利を求めるようにならんとも限らん。そうならぬようにヤシマへの憎悪を今以上に強める」
ファの言葉にバイが発言する。
「一時的とはいえ、軍事力を放棄すると貴重なノウハウが失われます。最低限の戦力は残し、中核となる者を温存すべきでしょう」
「確かにそうだな。治安維持のために一万隻程度は残す」
「士官の確保も重要です。大学や商船学校に士官教育を盛り込みましょう。治安維持のための教育といえば、反対はできないでしょうから」
「問題は数百万人の軍人の再就職先の確保だ。下士官兵は民間の航宙技師に戻せばよいが、それでも半数以上は行き先がない。特に士官は厄介だ。促成で教育したから知識も経験もない者がほとんどだ。今更技師として再教育すれば、士官のなり手がなくなる」
二度のヤシマ侵攻作戦で多くの将兵が戦死している。艦隊の再建のためにスペースコロニーで働く航宙技師を強制的に徴用して下士官兵とした。これにより下士官兵の数は充足したが、士官が問題だった。
士官不足解消のため、教育期間を大幅に短縮して艦隊に配置している。本来の教育期間の半分以下で、更に現場でノウハウを伝えるべきベテラン士官が不足していたため、尉官のほとんどが三年以下の経験しかなかった。
アルビオン王国軍では士官候補生から少尉に任官するのが二年から三年。つまり、王国艦隊であれば、見習いか、それに近い最下級の新米士官が大尉や中尉になっているということだ。
その結果、統率者としての能力も航法などの技能もない士官が三十万人ほど生み出されている。
しかし、彼らは士官として下士官兵たちを統率する立場にあり、内心はともかく、表面上は敬意を払われていた。今更、元下士官兵たちに頭を下げることは彼らのプライドを傷つける行為だとファは指摘したのだ。
「今はそのことを考えても仕方あるまい。それよりもジュンツェン星系のことだ。J5要塞の破棄は仕方がないとして、領有権を放棄することは避けたい。ヤン、君によい考えはないか?」
「難しいと思います。第一J5要塞を失うのですから、領有権に拘る必要はないのではありませんか」
その言葉にバイも賛同する。
「私は積極的に放棄すべきだと思います。放棄しても王国はジュンツェンを欲しないでしょうから、ヤシマが領有するか、共同管理になります。いずれにしても治安維持部隊以外を駐留させないでしょうから、いつでも取り戻すことが可能です。それならば、他の条件を緩和させるための取引材料にした方がよいでしょう」
二人の意見にファも同意する。
「そうだな」
「それよりも民衆のコントロールをどうするかです。旧公安警察は何とか維持していますが、いつ解体を要求されるか分かりません。そして、その要求を跳ね除けるだけの力を失います。それに彼らの持つノウハウをどうやって継承していくか、その対策を考えるべきでしょう」
公安警察は国家統一党が有していた組織で、治安維持を名目に反党思想の取り締まりや不穏分子の排除を行っていた。この組織には盗聴や思想誘導、更には暗殺などのノウハウを持ち、現在は通常の警察組織の中に巧妙に隠されている。
「それも頭の痛い問題だが、我々の息が掛かった政権が続く限り、存続は難しくない。警察組織にまで口を出してくるなら内政干渉と主張すればいい」
「ですが、コリングウッドが表舞台に立ったことで、政府が情報操作を行っていることが目立っています。この状況は危険ではないでしょうか」
「確かにそうだな。秘密警察は我々の最大の武器だ。彼らを失えば、政界に復帰したとしても以前のような力を持てん。王国に妥協するなら、情報操作はほどほどにした方がよいな」
こうして政府による情報操作は激減し、外交交渉団の発言がそのまま報道されるようになった。その結果、無謀な作戦を立案した艦隊本部とそれを承認したワン政権に批判が集中する。
『ワンは退陣しろ!』
『議会を解散し、新たな政治に道を開け!』
『ジャオ・ジェンピンの責任を追及し、フェイ上将を復帰させろ!』
ジャオは病気療養を理由に軟禁されたフェイ・ツーロンに代わり、艦隊司令長官代行に就任した人物だ。彼自身はファの方針に反対だったが、敬愛するフェイを守るため、あえてファの思惑に乗っている。
国民の反発を受け、首相のワンは王国及びFSUとの交渉を終えた後、退陣すると発表せざるを得なくなった。
交渉の結果、J5要塞の即時廃棄、ジュンツェン星系に派遣した五個艦隊の解体、ゾンファ共和国軍は星系内の治安維持のための軽巡航艦以下の小型艦を中心とした五千隻以下に制限されることになった。
ゾンファ艦隊の艦船はすべてヤシマ政府に譲渡された。その代わり、不平等な交易については是正され、関税も適正化が図られることになった。
この交渉の際、ヤシマ外交団が反対を主張したが、交渉団の団長キンバリー・レストン外務卿がその主張を強引に捻じ伏せている。
『今回のゾンファ共和国の暴挙の責任は実行した者たちにあるが、貴国の行動がその引き金になったことは誰の目にも明らかである。今後、ゾンファ共和国から過度の搾取を続けるつもりなら、我が国は貴国との軍事同盟を解消する。その覚悟があるなら、本件は取り下げる』
レストンの強い姿勢に対し、ヤシマ外交団も折れるしかなかった。全権大使が断言したということは王国政府の承認を得ているということだからだ。
ジュンツェン星系の領有についてはゾンファ共和国が放棄を表明、アルビオン王国と自由星系国家連合が共同管理することとなった。但し、ゾンファ共和国の国民感情を考え、百隻以下の治安維持部隊の駐留と小型の補給拠点の設置のみとなった。
ランジョン星系からシーダオ星系については、ゾンファ共和国の領有が認められ、航路の共同管理は取り下げられている。
一連の軍事行動に対し、責任者である艦隊司令長官代行ジャオ・ジェンピン上将、ジュンツェン平和維持艦隊総司令官リャオ・ヤン上将、リアンユ星系防衛艦隊司令官ツォン・ダーバオ中将らがアルビオン王国とFSUが暫定的に作った国際裁判所で裁かれることになった。
停戦協定違反に関する交渉が終わった後、ワン・ラー政権は総辞職した。但し、議会は解散されなかったため、旧国家統一党系の連立政権が続くことになる。
ファ・シュンファ元政治局長らについては証拠不十分ということで起訴すらされなかった。
十一月十八日、調印が行われた。
クリフォードはゾンファの国民感情を考え、調印式には姿を見せなかった。
すべてが終わった十一月二十日、連合艦隊はゾンファ星系を出発した。
感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。




