第五十九話
宇宙暦四五二六年十一月九日。
クリフォードはスループ艦でゾンファ本星上空の宇宙港に入った。
そして、入国した事実が発覚しないよう、外交使節団が宿舎としても使っている重巡航艦に密かに入る。
ゾンファ政府も新たに派遣された人物に興味を持ち、調査を行ったが、クリフォードが死亡していると疑っておらず、アルビオン本国から特使が来たのではないかとしか考えなかった。
外務卿のキンバリー・レストンはゾンファ政府と交渉するため、会議の開催を要求する。その際、場所を宇宙港にあるイベントホールを指定した。ここでは記者会見などを行うこともあり、多くの報道陣が入ることができる。
『交渉団に新たな人物が加わったが、地上に降ろすのは危険だと判断した。それに宇宙港は貴国の領土だから問題はないはずだ』
ゾンファ側は難色を示したが、どのような人物が来たのか、早期に知る方がよいとレストンの要求を呑む。
ゾンファ共和国首相ワン・ラーは報道陣を引き連れ、宇宙港のイベントホールに入った。
ゾンファ側が着席した後、アルビオン王国と自由星系国家連合の外交団が入場する。
そこには真っ白なアルビオン王国軍の第一礼装を身に纏った若い将官の姿があった。
見覚えのある顔を見て、報道陣がざわめく。
「あ、あれは……」
「コリングウッド少将か……」
「生きていただと……」
私語を咎めるべき、ゾンファ側の進行者もクリフォードの姿に驚き、声が出ない。
その間に合同使節団の面々が着席する。
「こちらは全員揃っています。ちなみに今回から軍事アドバイザーとして、クリフォード・コリングウッド少将に参加してもらうことにしました。彼の見識は貴国もよくご存じでしょう」
レストンはそう言って笑みを浮かべた。
「コリングウッド少将……本当に生きていたのか……」
ワンはマイクが入っていることを忘れ、思わず呟く。
会議の直前、警備担当者からクリフォードがいるという情報が入っていたが、それを確認する時間がなかったためだ。
彼の呟きにレストンが余裕の笑みのまま答えていく。
「ワン首相は驚かれているようですが、何を驚いておられるのか理解に苦しみますね。我が国が少将の戦死を発表したことはないのですから」
レストンはそれだけ言うと口を閉じたが、会議の開催を宣言するワンが固まっている。
「ワン首相、会議を始めていただきたいのだが」
「も、申し訳ない……では、アルビオン王国及び自由星系国家連合の合同使節団とゾンファ共和国との停戦協定違反に関する協議を開催する。今回の会議の開催を提案した合同使節団に議題の説明をお願いしたい」
ワンは焦ったものの、やることは変わらないと思い直し、何とか笑みを浮かべることに成功する。
「では、今回は輸送船団がツォン・ダーバオ中将率いるリアンユ星系防衛艦隊に無警告で攻撃を受けた件について、当事者であるコリングウッド少将から説明したい」
「そのような話は聞いていない。一方の関係者の話では公平性が担保できない。この件については後日改めて……」
ワンの言葉を遮り、レストンが発言する。
「我々は貴国の当事者であるツォン・ダーバオ中将に直接説明するよう何度も要求している。しかしながら、理由を付けて拒否してきたのだ。だから、こちらの当事者を用意した。首相は関係者が発言すると不都合があるとお考えか!」
レストンの強い口調にワンはたじろぐ。
「そのようなことはないが……」
「ならば、合同使節団の団長である小職が認めた正式な交渉団の一員である少将の説明を聞いていただきたい」
レストンは全権大使であり、王国政府を代表している。その彼が“正式な一員”と認めた以上、それを拒否すれば、交渉自体を拒否したことに等しい。そのため、ワンは黙るしかなかった。
「では、少将。説明を」
その言葉でクリフォードは立ち上がった。
「承知いたしました。キャメロット防衛第四艦隊所属のクリフォード・カスバート・コリングウッド少将です。では、当方の正式な記録に従い、説明を行います。SE四五二六年八月十四日標準時間……」
彼は淡々と事象を説明していく。
「……小官の指揮する護衛艦隊百八十隻はツォン・ダーバオ中将率いるリアンユ星系防衛艦隊三百隻と遭遇。その際、停戦協定に基づく正当な輸送行為であることを通達しました。ツォン中将からは陸兵の輸送の疑いがあると通告を受け、臨検を要求されました。小官は臨検に協力することを約束し、シェンタオ星系ジャンプポイント付近で……」
先ほどまでざわついていた会場は静まり返り、彼の声だけが響いている。
「……しかしながら、一光分以内に入った場合は敵対行為と看做すと警告したにもかかわらず、リアンユ星系防衛艦隊のフージェン級戦艦一隻が最大加速度で移動を開始。それに三十一隻の艦が追従しました。小官は敵対行為と認定し、シェンタオ星系に避難すべく反転、加速開始を命じました。超光速航行移行の直前、我が艦隊は攻撃を受けました。その際、警告は一切受けておりません……」
報道陣はその言葉に僅かにざわめく。
無警告での攻撃という話は聞いていたが、詳細まで公開されていないためだ。
「その後、シェンタオ星系にジャンプアウトし、退避を継続しましたが、リアンユ星系防衛艦隊はジャンプアウト後も追撃を継続したため、護衛艦隊は輸送船団を守るべくJP付近で待ち受けました。この時も一切の通告はありません。最終的に戦艦十二隻を含む四十四隻を喪失、五千四百名あまりの戦死者を出しましたが、リアンユ星系防衛艦隊を撃退し、輸送船団を守り切りました。詳細は既に送付してある通りです。小官からの説明は以上です」
クリフォードはそれだけ言うと、着席する。
「我が国の誇る若き英雄コリングウッド少将であったから民間船に被害を出すことはありませんでしたが、無警告での攻撃は海賊行為と何ら変わりません。それどころか、宣戦布告なしに攻撃を仕掛けてきた卑劣な行為であると言えるでしょう。当方の戦闘に関する情報は公開していますが、本星系に帰還したリアンユ星系防衛艦隊の数は六十一隻、報告にある残存戦力と同じ数であると改めて伝えておきます。ワン首相、反論があればどうぞ」
「無警告での攻撃という事実はない。我が国はコリングウッド少将が先制攻撃を仕掛けてきたと認識している。このことは公表している戦闘データを見れば明らかである」
ワンは以前と同じ主張を繰り返した。
「何度も同じことを繰り返すことになりますが、リアンユ星系防衛艦隊に所属し、本星系に戻らなかった二百三十九隻はどこにいるですか? そもそもリアンユ星系防衛艦隊がシェンタオ星系に移動し、我が国の艦隊を攻撃したことに対する明確な理由を聞いていません。ツォン中将をこの場に呼び、説明させるべきでしょう」
「コリングウッド少将の艦隊がリアンユ星系で先制攻撃を仕掛けてきたため追撃したと説明している。ツォン中将が説明することは何もない」
そこでレストンは肩を竦める。
「首相がそうおっしゃると思っていました。まあ、コリングウッド少将を倒すために奇襲を仕掛けたにもかかわらず、僅か半数程度の艦隊に敗北したのですから、ツォン中将も出てきたくても出て来られないでしょう」
「我が国の軍人を嘲笑するのか!」
ワンは激高したように叫ぶ。
「事実を述べたまでです。少将、ツォン艦隊がなぜ退却したか、貴官の意見を聞きたい」
「はい。小官の想像に過ぎませんが、我が旗艦アガメムノン96に偽装した戦艦ドレッドノート223を撃沈した後に戦闘を中止していることから、小官が戦死したと確信したのではないかと思います」
「なるほど。ちなみにドレッドノートの乗組員はどうしたのかね。君なら無為に死に追いやることはないと思うが」
「その段階で生存していた乗組員二百四十名は全員脱出しております」
「見事なものだ。貴国と違い、我が国では将兵の命を無為に使い捨てるようなことはしない」
レストンの言葉にワンは反論する。
「そのような話は本交渉に関係ない」
「もちろん理解していますよ、首相。では本題に入りましょう。貴国の停戦協定及び平和条約違反は明らか。ツォン・ダーバオ中将の引き渡し、王国艦隊の戦死傷者に対する謝罪と賠償、喪失した艦に対する補償……」
主導権を握ったレストンは要求事項を突きつけていった。
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