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アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)  作者: 愛山 雄町
第九部「輸送船団を死守せよ」

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第五十八話

 宇宙暦(SE)四五二六年十一月八日。


 ゾンファ星系に輸送船団が到着した。

 総司令官のアデル・ハース大将は実際にその姿を見て、思わず安堵の息を吐き出す。

 定期的な連絡で順調に航行していると聞いていたが、万が一到着しなかった場合、連合艦隊はここで立ち往生しかねなかったからだ。


「コリングウッド少将が旗艦への訪問を希望されております」


 副官の言葉を受け、すぐに笑顔で答える。


「許可するわ。彼が来てくれたから少しは肩の荷を下ろせそうよ」


 如何に天才と名高い人物であっても一介の少将が来ただけで、賢者(ドルイダス)と呼ばれる知将が安堵したことに、副官は驚きを隠せなかった。


「驚いているようだけど、彼は素晴らしいわよ。ここに来るまでの二ヶ月間でいろいろ考えてくれているでしょうし」


 いつも通りのコケティッシュな笑みを浮かべていた。


 その後、クリフォードを乗せた長艇(ロングボート)が、第一艦隊旗艦キング・ジョージ級プリンス・オブ・ウェールズ03の格納庫に入ってきた。


ようこそ、旗艦へ(ウエルカムアボート)。歓迎するわ」


 ハースは笑みを浮かべながら、クリフォードに右手を差し出した。


「ありがとうございます。長期間の任務でお疲れではありませんか?」


「疲れていないとは言わないけど、あなたのように戦闘があったわけではないから」


 そんな話をしながら、司令官室に向かう。

 司令官室に入ったところで、ハースは副官や従卒を下がらせ、クリフォードと二人だけになった。そして表情を引き締めて質問する。


「状況は聞いているかしら?」


「情報通報艦で本国に送られている情報でしたら確認しています」


「それならどうしたらよいか、ある程度考えているわね。それを聞かせてくれないかしら。もちろん、これは非公式な個人的な会話よ。あなたの許可がなければ、レストン外務卿にも他の提督方にも伝えないわ」


 軍人が外交を含む政治に関して発言することは文民統制シビリアンコントロールの観点から好ましくない。特にクリフォードは元首相で未だに政界に大きな影響力を持つノースブルックの義理の息子だ。


 そのため、彼は政治について滅多に発言しない。そのことはハースも充分に理解しているため配慮したのだ。


 その配慮にクリフォードは謝意を示すべく小さく頭を下げた後、ゆっくりとした口調で話し始めた。


「政府が落としどころをどこにするかで考え方は変わりますが、少なくともゾンファ艦隊の行動を強く非難しても、ゾンファ星系を占領しないという考えに変わりはないでしょう」


「そうね。負担ばかりで何のメリットもないから、八十億人という膨大な数の不満分子を抱える選択をするとは考えられないわ」


「はい。一方で今回のゾンファの行動を許すことは王国の民衆が許しません。安易な妥協はできないと考えるはずです。そう考えると、間違いなく要求に入るのはジュンツェン星系の非武装化とゾンファ軍の量的な制限でしょう。ジュンツェン星系の非武装化は以前の停戦協定でも謳われていますから、ゾンファ艦隊の総数を制限する実効的な方法を模索するしかありません」


「これも完全に同意するわ。ゾンファの旧支配層の野心を抑えるには艦隊を制限するしかないもの。ただ、その方法が難しいわね」


「おっしゃる通りです。ゾンファ軍の特徴として、驚異的な回復力があります。豊富な人的資源と徹底した軍民の規格共用化により、年に一個艦隊程度を配備していくことは難しくありません。仮に艦隊の数をゼロにしたとしても、以前の二十五個艦隊規模に戻すことは二十年程度で可能ということです。そして問題はゾンファの旧支配層が若いことです。ファ・シュンファ元政治局長は四十代半ば、彼の腹心たちも同年代です。二十年という時を待てるということですから」


 ファ・シュンファは四十五歳、元軍事委員のバイ・リージィは三十八歳、元外交部長のヤン・チャオジュンも四十二歳と若い。


「それに彼らはあと五年ほどで公民権停止が解除されるわ。そうなったら堂々と政治活動に戻ることができる。厄介なことね」


 クリフォードは同意するように大きく頷く。


「ですので、ファ元政治局長たちの行動を縛る、もしくは動きを制限する方策を考える必要があります。それを前提に今回のゾンファ艦隊の行動に対する交渉を行うべきと考えます」


「ファ元局長たちを掣肘するために使うということは、ゾンファの国民感情に訴えるということね」


 ハースは自身の考えに近いため、笑みを浮かべて頷く。


「はい。まずゾンファの国民も以前の国家統一党時代に戻りたいとは思っていません。一方で愛国心は徹底した教育によって充分に持っていますから、我が国やヤシマに頭を抑えつけられるということに反発します。ですので、これまでのヤシマの搾取を含め、一連のことは旧国家統一党のシンパが使嗾したことで、その目的は彼らが権力を得るためだとゾンファ国民に知らしめる必要があります」


「それは分かるわ。でも、ゾンファ支配層のプロパガンダは強力よ。自分たちに都合がよい情報しか流さないし、我々の言葉は必ず改竄されるわ。彼らはそれで数百年に渡って権力を維持してきたのだから」


「その点は私も同じ認識です。ですが、ゾンファの支配層がこの事態を望んでいたとは思えません。ギリギリを狙っていたはずが、大きく踏み込む形になっていますから、今頃後悔しているはずです」


「そうね」


「旧国家統一党の指導者たちの究極の目的は独裁政治への回帰ですが、今時点での目的は今回の失敗を糊塗することです」


 ハースにはクリフォードの考えが何となく分かっていた。


「それを防ぐために、あなたが姿を見せるということかしら」


「はい。小官が外交使節団に合流し、軍事アドバイザーとして交渉の場に出ます」


 そこでハースは驚く。

 彼女は通信を送ってクリフォードの生存を知らしめようと考えていたからだ。


「危険よ!」


「危険ですが、小官が交渉の場に出れば、ゾンファ側も小官を映さざるを得ません。この映像が広まれば、ツォン中将が失敗しただけでなく、ゾンファ政府のプロパガンダも意味をなさなくできます。小官の発言を改竄するとしても、ゾンファの支配層にとっては都合が悪いものにしかなりません。悪意をもった発言にするなら強気に出なければなりませんし、ゾンファ軍に配慮する発言なら小官を悪者にできませんから。発言を全く流さないという選択もありますが、その場合、民衆も意図的に隠されていると気づきますから、政府への不信感を募らせることができます」


「確かにそうなのだけど、敵地のド真ん中なのよ。無謀すぎるわ」


「交渉を有利に運ぶためにゾンファ側に衝撃を与える絶好の方法です。提督から外務卿に提案していただきたいと考えています」


 クリフォードは強い意志を込めた視線でハースを見つめた。


「それは理解するわ。でも無茶よ……やっぱりディックに似たのかしら……」


 ディックとはクリフォードの父リチャードの愛称だ。彼女とリチャードは士官学校の同期であり、長年にわたる交流があった。

 ハースはクリフォードの強い意志に折れた。


「軍事アドバイザーとして推薦するわ。あとは外務卿がどう判断されるかよ」


「ありがとうございます」


 ハースは溜息を吐きながら、質問する。


「それで軍事アドバイザー殿は、どのような助言をするつもりかしら?」


 クリフォードは真面目な表情を崩すことなく、淡々と説明する。


「今回の戦死者に対する謝罪と賠償、ツォン中将の引き渡しはもちろんですが、ジュンツェン星系の非武装化の徹底、具体的にはJ5要塞の即時破壊と現在派遣されている五個艦隊の艦船を自由星系国家連合(FSU)に譲渡することです。乗組員及び要塞の作業員についてはヤシマの輸送船団がゾンファ本星に移送します。この他にはジュンツェン星系の領有権を放棄させた上で、シーダオ星系からジュンツェン星系までの各星系をゾンファ共和国、我が国、FSUの三ヶ国で共同管理します」


「妥当なところね。あとはゾンファ星系での大型艦用の推進機関の製造の禁止くらいかしら。これは軍からの要望というより、政府の要求になると思うけど。だけど、相手は簡単には呑まないわよ」


「その点については外交交渉ですので、外務卿に頑張っていただくしかありません。軍人が口出しできる話ではありませんから」


「そうね。優先順位はJ5要塞の破壊、ジュンツェンにある艦隊の解体、ジュンツェン星系の領有権放棄、シーダオ星系以降の航路の共有化ね。推進機関の製造禁止は実効性に乏しいから脅しにしかならないから」


「はい。付け加えるなら、交渉はできる限り引き延ばすことが重要です」


「足元を見られないようにね」


「それもありますが、小官の露出時間が長ければ長いほど、ゾンファ政府の思惑から外れますから」


「ツォン中将を英雄に仕立て上げて国民の士気を上げるという策を完全に破綻させる。そのために王国の若き英雄、“崖っぷち(クリフエッジ)”の雄姿を見せつけるということね」


 その言葉にクリフォードは曖昧に頷く。


「今回のゾンファの策は無謀でした。軍の弱体化はファ元局長ら旧支配層だけでなく、民衆も思い知ったと思います。それに艦隊が解体されるのであれば、多くの将兵が軍から放逐されます。ゾンファの旧支配層は彼らの怒りの矛先を我々に向けるように誘導するでしょうが、解体に反対して暴発されては困ります。これ以上、無謀なことをすれば国が亡ぶと理解させるためには、ツォン中将を貶める必要があるのです」


 彼自身はこのような方法はやりたくないと思っているが、ゾンファ軍の実力が以前と同じだと考えて、再び暴挙に出られるよりマシだと考えて悪者になろうとしているのだ。


「そこまで覚悟しているのね。なら、これ以上言うことはないわ」


 ハースはレストンに通信を入れた。

 そして、クリフォードが外交交渉団の軍事アドバイザーとなることが承認された。


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