第五十七話
宇宙暦四五二六年十月十五日。
ゾンファ星系にジュンツェン星系を発したスループ艦が到着した。
『ジャスティーナ・ユーイング大将閣下は輸送船団の再派遣を決定されました。船団の到着は十一月八日を予定。第五艦隊が護衛し、各星系のジャンプポイントは重巡航艦部隊が封鎖することになっております』
その情報を聞き、ゾンファ星系派遣艦隊の総司令官アデル・ハース大将は心の中で安堵の息を吐き出す。
(ユーイング提督なら決断してくださると思っていたけど、本当によかったわ。これで交渉も強気に出られる)
九月十一日にシェンタオ星系での戦闘結果を受け、その後は強気の交渉を行っていたが、ゾンファ政府は連合艦隊が一ヶ月程度で引き揚げると考え、以前と同じようにのらりくらりと交渉を長引かせてきた。
九月二十五日にツォン・ダーバオ中将が帰還したが、連合艦隊の警告を無視して、本星に向かった。ツォンの身柄を要求したが、それに対しても調査を行うとして拒否し、その後も引き渡しに応じていない。
その一方でゾンファのメディアではツォンが多くの犠牲を払って、クリフォードを倒したと報道している。政府は更に世論を誘導し、民衆も彼を英雄として祭り上げるようになっていた。
「レストン外務卿に大至急この情報を送って」
副官にそう命じると、艦隊に向けて通信を行った。
「遅れている輸送船団ですが、十一月八日に到着する予定です。物資の節約は継続しますが、本星系内にスループ艦を派遣し、軍事施設などの調査を行います。万が一、ゾンファ艦隊がスループ艦に攻撃を加えてきた場合は、直ちに全艦隊をもって対応します」
これまで物資やエネルギーの節約のため、艦隊はほとんど動いていなかった。もちろん、遊んでいたわけではなく、ゾンファ星系内での戦闘を前提としたシミュレーション演習を何度も行っている。
これは緊張感を維持するためと、艦隊の派遣は単なる脅しではないということを艦隊の将兵に知らしめるためだ。
そのため、連合艦隊の将兵はゾンファ星系での行動に自信を持っているが、遠距離からの観測によるデータであるため、スループ艦による詳細な調査を行うことにしたのだ。
ゾンファ本星にいる外務卿のキンバリー・レストンはその情報を受けると、ゾンファ政府の建物に向かった。
ゾンファ側でもJPにいる艦隊から通信が送られ、スループ艦が動き始めたことから、ジュンツェン星系の艦隊もしくは本国から何らかの情報が入ったと考えていた。しかし、情報の詳細については不明であり、レストンがどのような発言をするか、緊張しながら待ち受けている。
レストンは会議室に入ると、自信に満ちた表情で話し始めた。
「先ほど艦隊から連絡がありました。補給部隊とその護衛であるキャメロット防衛第五艦隊が送られてくるというものです。また、ジュンツェン星系からここまでの各星系は海賊等の武装集団に航路が荒らされないよう、入念に探査した上、各星系に重巡航艦部隊を配備し、万全を期しています。これで平和維持軍の活動に支障が出ることはないでしょう」
その言葉を聞き、首相のワン・ラーは浮かべていた笑みが引きつる。
(補給部隊が到着するなら時間稼ぎで引き揚げさせるという策は破綻する。それに一個艦隊が護衛だから妨害もできん。それよりもジュンツェンに派遣したリャオ艦隊がどうなるかだ。艦隊が本国を出発してから既に十ヶ月。元々長期間の任務になると分かっていたが、補給どころか連絡すらできぬ。家族の情報すら届かぬ状況で、兵たちの心がもつのか不安だ……)
リャオ・ヤン上将率いる五個艦隊がジュンツェン星系に向けて出発したのは昨年の十二月十五日でちょうど十ヶ月だ。また、アルビオン王国とヤシマの連合艦隊が同星系を封鎖したのが、今年の五月十七日。既に五ヶ月近く経っており、本国の情報が届いていない状況が続いている。
食料こそ生産プラントで賄えているが、元々主食など必要な栄養分を供給するだけのものであり、嗜好品は生産されていない。最初のうちは本国から嗜好品も送られていたが、それらも底を突き、今では単調な食生活になっている。
(それよりも王国が本気になったことが危険だ。コリングウッドを含む五千名を超える戦死者を出している。ジュンツェンにいる王国の指揮官は世論が後押ししてくれると確信し、艦隊まで派遣してきたのだ。今回のことは我が国に一方的に非がある。あまり時間を掛けると、本格的な侵攻を招くのではないか……)
ワンは早々に交渉を切り上げ、陰の支配者であるファ・シュンファ元政治局長に会いにいった。
「王国が本気になりそうですが、いかがいたしましょうか」
冷や汗を流しているワンに対し、ファは笑みを浮かべる余裕すら見せる。
「狼狽えるな。基本的な方針に変更はない。補給部隊が来るといっても、次があるとは限らん。奴らがここを恒久的に占領するつもりがない限り、いつかは引き揚げる。それまでに民衆の怒りを王国に向けさせ、挙国一致体制を作るしかないのだ」
ファも見た目ほど余裕があるわけではなく、まずいことになったと思っている。しかし、王国もヤシマもゾンファ星系を恒久的に占領する考えはなく、ある程度納得させることができれば、以前の状態に戻すことができると考えていた。
「補給部隊が到着するまでは今まで通りでいけ。到着したら艦隊が増強されたことを理由に妥協しろ。攻撃を行ったツォンの身柄を引き渡すことと、賠償金代わりに重要鉱物を無償で渡すといって引き揚げさせるのだ。それでも無理なら総辞職するといって脅せ。政権が混乱すれば、交渉が中断することは明らかなのだ。無駄に駐留したくないだろうから、妥協するはずだ」
「分かりました。ですが、ジュンツェンの艦隊は大丈夫でしょうか? 彼らが降伏すれば、我が国の戦力のほとんどが失われますが」
「問題ない。仮に降伏したとしても、三百万もの将兵を皆殺しにするつもりがなければ、すべての艦を放棄させることはできないのだ。それだけの人員を輸送することは現実的ではないのだからな」
一個艦隊には五十五万人から六十万人ほどの将兵がいる。更にJ5要塞には作業員が十万人ほどいた。
一ヶ月半以上にも及ぶ航宙では大型商船であっても、一隻当たり一千人程度しか乗せられない。三百万人なら最低でも三千隻が必要になる。それだけの輸送船を用意し、三十パーセク(約九十八光年)も離れたゾンファ星系まで送る手間を考えたら、艦ごと帰還するように促すとファは考えていた。
「しかし、ヤシマは以前、スヴァローグ帝国に作業員を送るといって脅してきました。その数は百万人。実現可能と判断するのではないのでしょうか?」
ヤシマの外交団にいたロビイスト、ヨシアキ・ノムラが百万人の技術者をダジボーグ星系に送り、希少金属鉱山の開発を行うという提案を行っている。その時は脅しだと思っていたが、そのような考えがあることにワンは不安を感じていたのだ。
「やれるものならやらせればいい。それで民衆はヤシマと王国を憎悪するのだ。それで挙国一致体制になる。第一、そのようなことは不可能だ。帝国の農奴として分散させるならともかく、ヤシマにそれだけの捕虜の管理などできぬよ」
ファの指摘は的を射ている。ヤシマ政府に三百万人にも及ぶ敵性国家の人間を管理する組織はなく、そのノウハウもない。以前、捕虜を帝国に送ったが、帝国では農奴に人権はなく、逆らった者は容赦なく殺されている。それと同じことがヤシマ人にできないことは明らかだ。
「承知しました。これまで通り、交渉は時間を稼ぐことを目的に行います」
ワンはそう言うと、ファの下から去った。
ファは彼の後姿を見ながら、そろそろ潮時だと思い始めていた。
(もう少し胆力があると思っていたが、慣れない交渉で疲弊しているようだな。妥協させた上で責任を取らせて切り捨てよう。次の人材を探さなくてはならないが、面倒なことだな……)
ファは公民権停止を受け、表立って政治活動を行えない。公民権が復活するにはまだ数年かかるため、歯がゆい思いをしていた。
ファはそんなことを考えながら、腹心であるバイ・リージィとヤン・チャオジュンに連絡を入れた。
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