第五十六話
宇宙暦四五二六年九月二十三日。
キャメロット星系に輸送船団襲撃の第一報が届いた。
キャメロット星系に残っていた首相ロジャー・エバンスは驚きをもってそれを受け取った。
「ゾンファが無警告で攻撃を仕掛けてきただと……」
すぐに重要閣僚と軍関係者を招集し、善後策の検討に入る。
「既に聞いていると思うが、ゾンファが輸送船団に奇襲攻撃を仕掛けてきた。戦闘の結果は近日中に届くと思うが、その前にある程度方針を決めておきたい」
エバンスの言葉を受け、財務卿のレジナルド・リトルトンが発言する。
「そもそも本当にゾンファ軍が攻撃を仕掛けてきたのか疑問がある。仮に攻撃があったとしても指揮官であるコリングウッド少将が挑発したのではないか?」
その言葉に防衛艦隊司令長官のジークフリード・エルフィンストーン大将が腰を浮かせるが、それより前にエバンスが机をバンと叩いて声を荒げる。
「まだそのようなことを言っているのか! コリングウッド少将は誠実な軍人であり、不正確な情報を送ってくる人物ではない! まして自ら挑発するなどあり得ん! そう思いたいのはあなたの勝手だが、証拠もなく、このような重要な会議の場で発言することは、首相である私を軽んじることだ!」
そもそも今回の事態はリトルトンが艦隊を削減するように提案し、世論を誘導したためだ。エバンスは自らがその決断をしたため、そのことは口にしなかったが、反省の言葉もなく、政敵の娘婿というだけで誹謗する彼に怒りが爆発したのだ。
もっともこの怒りには計算が含まれている。この会議の後、リトルトンがメディアに情報をリークすることは間違いないが、彼に反発したという事実は残る。今後の世論への影響を考え、リトルトンと決別する意思を示した方がよいと考えたのだ。
「だが、ゾンファ軍の指揮官も無警告で攻撃を仕掛ければ、国が亡ぶことは分かっているはずだ。明確に挑発しなくとも何らかの行為がきっかけになった可能性は否定できん」
その言葉に出席者たちが呆れる。
「あなたは報告書を読んでいないのか! コリングウッド少将は圧倒的に不利な状況であり、自分たちの行動が協定に則った正当なものであるにもかかわらず、言いがかりに過ぎない臨検を受け入れると答えているのだ! 更に一光分以内に入れば、攻撃の意思があると警告した上で、我が軍からは全く攻撃を行っていない! これでもコリングウッド少将に責任があると財務卿は言いたいのか!」
その剣幕にリトルトンも引き下がるしかなかった。
エバンスは息を整えた後、小さく頭を下げる。
「少し興奮してしまったようだ。済まなかった。では、本件について意見があれば発言してほしい」
その言葉を受け、軍務卿のサイモン・スペンサーが発言する。
「まず状況を整理しましょう。ゾンファ星系での交渉は相手方が時間切れを狙い、全く進展していない状況です。また、輸送船団が引き返したということは、十月半ばを目途に艦隊を引き揚げさせなければならなくなる可能性が高まりました。つまり、ゾンファの思惑通りになっているということです」
その説明に全員が頷く。
「しかしながら、今回の暴挙は開戦の理由になり得るものです。仮に一士官の暴走であったとしてもゾンファ共和国という国家が責任を負うべきことだからです。この事実を軽視し、ゾンファに譲歩すれば、更なる譲歩を迫られるだけで意味がないと考えます。小職としましては、宣戦布告を視野に入れつつ、ゾンファ政府としての正式な謝罪と賠償、首謀者の引き渡しを要求し、更にジュンツェン星系にあるゾンファ艦隊の解体とJ5要塞の破壊を求めるべきと考えます」
「軍務卿の意見は真っ当なものだと思う。私もすぐに宣戦布告するのは行き過ぎだが、これまで以上に強気に出た上で、より多くの成果を得るべきだ。もし戦闘が起きているなら、数万の戦死者が出ている可能性もあるのだから」
エバンスがそう言うと、リトルトン以外の出席者が頷く。
「戦闘が起きているか、まだ分かっていないのだ。戦死者云々の話は時期尚早ではないか?」
リトルトンが不機嫌そうに発言するが、誰も彼の言葉に反応しなかった。
エバンスはリトルトンを無視して、エルフィンストーンに話を振る。
「艦隊を追加で派遣したいが、一ヶ月以内にジュンツェン星系に派遣できる艦隊はいくつあるだろうか?」
「キャメロット星系を空にしてよいのであれば、六個艦隊ですが、現実的には五個艦隊が最大でしょう」
「合計十一個艦隊か……我が国の八個艦隊でJ5要塞と五個艦隊を排除することは可能だろうか」
エバンスはヤシマ艦隊の実力を評価していないため、王国艦隊だけを前提とした。
それに対し、エルフィンストーンではなく、総参謀長のウォーレン・キャニング中将が答えた。
「力攻めでは厳しいでしょうが、第五惑星J5の軌道上にある食糧生産プラントを遠距離攻撃で破壊し、兵糧攻めを行えば、難しくはありません。但し、二ヶ月程度は必要となりますが」
「なるほど。遠距離からプラントだけを攻撃するのか……エルフィンストーン提督、これならば、我が軍に損害が出ないと考えても問題ないだろうか?」
「ゾンファ艦隊が自暴自棄になって全滅覚悟で突撃してきた場合は多少の損害が出るでしょうが、遠距離攻撃だけであれば、損害は皆無でしょう」
「ならば、その方向で検討してほしい。戦闘結果が届いてからもう一度検討するが、無警告で攻撃してきたという事実は重い。国民感情を考えれば、徹底的にやるという姿勢を示すべきだろう」
エバンスの言葉を受け、詳細が詰められていった。
会議が終わった後、リトルトンは自らの失態に気づき、自室で頭を抱えていた。
(ゾンファが攻撃を仕掛けてきたが、これは私が艦隊を減らしたためだ。十分な抑止力を与えていれば、このような事態にはならなかったし、ゾンファ星系での交渉も今より有利に進められた。数日以内に戦闘結果が届く。そうなれば、この件が公表され、私は糾弾されるだろう……何とかしたいが、首相は私を見限っている。どうしたらよいものか……)
打つ手がなく、手を拱いているうちに第二報が届いた。
エバンスはクリフォードが二倍近い敵に勝利しただけでなく、輸送船団を守りきったと聞き安堵する。
(コリングウッド少将に助けられたな。もし、船団が全滅していたら、護衛艦隊を減らすよう指示した政府の失態になった。リトルトンの暗躍を許した私の失態だが、今回はそのようなミスはせぬ。この機に奴を排除せねばなるまい……)
艦隊の派遣数を最大五個艦隊に制限した上、ヤシマに輸送船団を出させた。これは可能な限り軍事費を抑制すべきというリトルトンの主張に従ったものだが、彼がメディアに情報をリークし、それをゾンファの工作員が巧みに利用した結果だった。
エバンスとしては軍事費低減に一定の理解は示すものの、艦隊を縛るべきではないと思っていたが、世論がリトルトンの主張に傾き、乗るしかなかったのだ。
エバンスは密かに元首相で野党保守党の党首ウーサー・ノースブルックを呼んだ。
「既に聞いていると思いますが、ゾンファの暴挙に対し、挙国一致で当たらなければならないと考えています。政府としては宣戦布告を視野に入れつつ、追加の艦隊を派遣し、ジュンツェン星系にあるゾンファ軍の戦力を排除した後、ゾンファ政府の責任を追及すべきと考えていますが、長年我が国を率いてきた貴党の意見を伺いたいと思っています」
ノースブルックは真摯な表情で頷く。
「我が党も戦争に向かうことは避けるべきと考えますが、ゾンファを相手に中途半端な対応は返って問題を大きくすると思います。それに国民感情を考えれば、ここで下手に出ることは下策でしょう。民衆が戦争を求める前に徹底した態度で当たると説明し、理性的な対応ができるようにするべきです。懸念があるとすれば、ゾンファと帝国の工作員です。彼らは我が国に混乱を与えたいでしょうから、付け込まれる隙は排除すべきでしょうな」
ノースブルックは暗にリトルトンが利用されると警告した。
エバンスもその意図を読み取り大きく頷く。
「その通りです。この後、公式に貴党に協力を要請します。財務卿が反対するでしょうから、それをもって辞任に追い込みます。その際は是非とも協力をお願いしたい。可能であるなら、閣僚を辞任するだけでなく、議員辞職に持っていきたいですから」
「こちらに異存はありません。彼の元秘書からいろいろと情報を得ていますから、いつでも攻撃は可能です。それよりも艦隊の派遣の方が重要です。スペンサー軍務卿に同行していただいてはどうかと思いますが、いかがでしょうか」
「それがいいでしょう。政府の代表として彼にジュンツェン星系に行ってもらいます」
「ヤシマ政府との連携ですが、サイトウ首相にジュンツェン星系の非武装化のために先手を打つと連絡してはどうでしょうか。事後承諾の形になりますが、元軍人である彼ならこの方針に賛同してくれるはずです」
「確かに。できれば、あなたからも連絡をお願いします。サイトウ首相とヨシダ外相は我が内閣をあまり評価していないようですから、保守党と連携していると示した方が説得力はありますから」
ノースブルックはその言葉に頷いた。
エバンスは大々的に発表を行った。
『ゾンファ共和国は停戦協定に従って航行していた民間船主体の船団に無警告で攻撃を仕掛けてきました! このことは海賊行為に匹敵する卑劣なものであり、許せるものではありません! 幸い、司令官であるコリングウッド少将が適切に対応し、損害は軽微ですが、それでも五千四百名もの戦死者が出ております! この事実に対し、政府は五個艦隊を追加で派遣し、ゾンファ共和国の姿勢を正します! 艦隊にはスペンサー軍務卿を同行させ、ゾンファ共和国政府が従わない場合は、宣戦を布告すると通告します。現在、国王陛下に宣戦布告の詔書にサインをいただくよう連絡船を送りました。もう一度言いますが、政府は今回のゾンファの暴挙に対し、徹底的に糾弾します!』
それに対し、リトルトンがメディアに出演し、過剰反応だと主張し始める。しかし、すぐにスキャンダルが発覚し、彼は財務卿を辞任せざるを得なくなった。また、与党からも彼に議員辞職を迫る声が上がり、窮地に陥っていった。
十月十日、エルフィンストーン率いる五個艦隊がキャメロット星系を出発した。
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