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アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)  作者: 愛山 雄町
第九部「輸送船団を死守せよ」

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第五十五話

 宇宙暦(SE)四五二六年九月十一日。


 ゾンファ星系ではアルビオン王国及び自由星系国家連合(FSU)の外交使節団がゾンファ共和国政府を相手に厳しい態度で交渉に挑んでいる。


 元々ゾンファ政府がジュンツェン星系に五個艦隊を派遣し、J5要塞の撤去作業を中断させるという行動に出たことがきっかけだが、更に八月十四日、連合艦隊に補給物資を運ぶ輸送船団に対し、警告なしに攻撃を行うという暴挙に出たためだ。


 この行動は停戦協定に反するだけでなく、正当な理由も告げずに政府の許可を得た船団を攻撃することは国際的な慣例を無視した行為だ。


 そのため、ゾンファ政府も自分たちに非があると認識している。しかし、下手に出ることは国民感情を逆なでするため、強気に出る必要があり、交渉は平行線を辿ったままだった。


 しかし、交渉団のトップ、アルビオン王国の外務卿キンバリー・レストンは打開策がないまま交渉に挑んでいたわけではなかった。


(ハース提督からの情報ではシェンタオ星系での結果がそろそろ分かるはずだ。それによっては補給が届く可能性もある。この国で世論操作を行うことは難しいが、民衆が皆愚かというわけではない。もし攻撃を行ったのなら、“無名の帥”であることは明らかなのだ……)


 無名の帥とは大義名分のない戦争のことだ。


(J5要塞の作業妨害は国益に適うし、死者が出たわけではない。しかし、戦闘が行われたのであれば、少なくない戦死者が出ているはずだ。この事実を広めれば、ワン首相らの支持率は大きく下がる。そのために彼らが強気に出るように誘導しなくてはならない。事実が伝わった後に恥を掻くように……)


 レストンはシェンタオ星系で戦闘が行われたと確信していた。その根拠はハースの分析結果だ。


『ゾンファ艦隊の動きから見て、組織的な行動というより強い感情に引きずられた暴走と見るべきでしょう。考えられる原因はコリングウッド少将の存在です。ここに来て実感したことですが、小官に対するゾンファ将兵の憎悪は思った以上に大きいものでした。そうであるなら、第二次タカマガハラ会戦であの策を提案した彼がいると知り、身内を失った者が暴走したとしてもおかしくはありません』


 第二次タカマガハラ会戦ではクリフォードが提案した下士官たちに反乱を誘発する策で、劣勢だったアルビオン王国とヤシマの連合艦隊は勝利した。

 その反乱によって多くの士官が命を落としていることはレストンも聞いている。


『そして、コリングウッド少将なら暴走したままジャンプに入った艦を放置することはあり得ません。少しでも戦力差を小さくするため、ジャンプアウト直後に攻撃を仕掛けるはずです』


 レストンはハースの言葉が正しいと感じていた。


 今日も交渉に挑んだが、ワンたちは強気の姿勢を崩すことなかった。輸送船団が引き返したため、連合艦隊は一ヶ月以内に引き揚げると考えているからだ。


 交渉を終えた後、ハースから情報が入った。


『シェンタオ星系の件ですが、ゾンファ艦隊は組織的に我が軍の護衛艦隊に攻撃を仕掛けました。結果は我が軍の勝利に終わりましたが、開戦に先立ち、ゾンファ艦隊の司令官ツォン・ダーバオ中将から攻撃を行う根拠が示されておりません。つまり、交渉の余地もなく、完全な奇襲攻撃であったということです……』


 ハースは艦隊と共に二光時離れたシーダオ星系ジャンプポイント(JP)にいるため、双方向の通信ではなく、話を続けていく。


『コリングウッド少将からの報告では戦闘の目的は彼を殺害することであったのではないかとのことでした。根拠は報告書に書いてありますが、小官もそれを支持いたします。ツォン中将はコリングウッド少将を殺害したと確信し、艦隊を引き揚げさせました。同様の情報がゾンファ側にも数時間以内に入ると思われます……』


 レストンはこの事実をどう使うべきか考えながら聞いている。


『コリングウッド少将を殺害する目的ですが、恐らく戦意高揚です。ツォン中将は冷静で理性的な指揮官であり、自ら攻撃を企図したとは考えられません。ですので、暴走によって引き起こされた状況をどう利用するか考え、攻撃に至ったのではないかと思います……』


「交渉に使う? どう使うのだろうか……」


 レストンは独り言を呟く。その間にも通信は続いていた。


『少将は追撃を防ぐため、自身が戦死したように偽装し、ツォン中将はそれを事実だと考えています。このことは交渉に使えるのではないかと考えます。ゾンファ側は“宿敵コリングウッドを殺した英雄ツォン・ダーバオを守るため、妥協せざるを得ない”という論調で世論を操作しようとするはずです。それを逆手に取り、こちらも護衛艦隊に大きな損害が出たことを公表し、賠償を要求します。この情報はゾンファ政府にとっても広めたいことですから一気に広がるでしょう……』


(なるほど……相手が広めたい情報なら操作は可能ということか……)


『シェンタオ星系の戦いは宿敵コリングウッドを殺した大勝利であったという方向に世論が向かえば、民衆は政府を支持します。その後で生存しているという事実を突きつけてはどうでしょうか。確定ではありませんが、私がユーイング提督であれば、コリングウッド少将をこちらに送ります。彼が姿を見せれば、政府の発表は誤りであり、半数程度の艦隊に大敗北したという事実のみが残ります。この段階で譲歩を迫るのです。私からは以上です』


 ハースの話が終わったところで、レストンは返信を送った。


「提督の方針に従って、交渉するようにしよう。あとは輸送船団がいつ到着するかだ。それによっては艦隊を引き揚げさせなければならないからな」


 その通信を送り終えると、レストンは報告書を読み始めた。返信が来るのは四時間後であるためだ。

 報告書を読みながら、驚きを隠せなかった。


(この不利な状況で二倍の敵をほぼ壊滅させ、自らの艦隊は四分の三以上が生き残ったというのか! この情報がキャメロットに届けば、リトルトンが騒ぎそうだが、今回のことは彼の失策だ。首相が適切に処分してくれればよいが……)


 財務卿のレジナルド・リトルトンは一方的にクリフォードを憎悪している。理由は政敵であるウーサー・ノースブルック元首相の娘婿であり、国王暗殺未遂事件の際に恥を掻かされたためだ。もっともその原因は彼にあり、与党民主党に近いメディアですら彼の行動を非難している(第八部参照)。


 四時間後、ハースからの返信が届いた。


『輸送船団についてですが、損害が全くなかったため、再度送られてくる可能性が高いと考えています。現状では一ヶ月半後、十月二十五日を期限とし、それまでにジュンツェン星系からの情報がなければ、引き上げることになります。ですが、ジュンツェン星系からの連絡は十月十五日前後に届くと考えております。また、既にこの連絡はジュンツェンに送っていますので、少なくともリアンユ星系までは補給部隊が来るはずですから、物資不足で動けなくなる可能性はありません。こちらからは以上です』


 ゾンファ星系とジュンツェン星系は約三十パーセク(約九十八光年)離れている。そのため、通常の艦隊なら移動に四十五日前後掛かる。高速のスループ艦であれば、四十日程度で移動できるため、最悪でも途中まで補給部隊が来ることは間違いない。


 レストンはこの情報に満足し、翌日から更に強気の交渉を開始した。


「我が国の艦隊は貴国のリアンユ星系防衛艦隊から正当な理由なく攻撃を受けた! これは人類がまだ地球の地表にいる時代、すなわち五千年以上前から禁じられている行為である! このような恥ずべき行為を行ったツォン・ダーバオ中将は戦争犯罪人として断罪すべきだ! 我が軍は二倍近い数の貴軍から不当な攻撃を受けつつも勝利を得ている。しかし我が軍は多くの犠牲を出している! 報告では五千四百人を超える戦死者と四十四隻にも及ぶ艦船を失ったとあった! これに対し正当な権利として、謝罪と賠償を求めるものである! これは先のジュンツェン星系への不当な艦隊派遣とは全く別の話であることを付け加えておく!」


 この話はゾンファ星系内で一気に広がった。


『我が軍は戦闘を仕掛けたのではなく、不幸な行き違いによって起きた偶発的な戦闘である』


『アルビオン王国の発表にはないが、クリフォード・コリングウッド少将が指揮を執っていた模様。また、同少将が戦死した可能性が高いという情報がある』


 メディアでこのような話が流されたためだ。

 この情報が広まると、軍の士官たちが喝采する。


『ツォン中将もやるじゃないか! 悪辣な策士、コリングウッドを殺したのだからな』


『タカマガハラの屈辱を返したのか! 見事なものだ!』


 しかし、一般市民の多くはあまり関心を示さなかった。


『戦争を引き起こしてまで殺さないといけなかったのか? この先、この国はどうなるんだ……』


『党の連中が横暴だったから付け込まれただけだ。政治士官なんて奴らは殺されて当たり前の連中だったからな。そんな奴らの仇を討つだけのために、俺たちが苦労しなくちゃならんのは納得がいかん』


 それでも政府の意向を受けたメディアはツォンが国民的に人気の高いフェイ・ツーロン司令長官の幕僚だったことや艦隊再建に奮闘していた逸話などを繰り返し報道し、国民感情を誘導していった。


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― 新着の感想 ―
一般人は多少マシな感覚があるんよな。 政・軍の高官や一般人でも団体になると異常に強気に成る国民性……
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