第五十四話
宇宙暦四五二六年九月五日。
クリフォードはジュンツェン星系に帰還した。
すぐに連合艦隊の総司令官であるジャスティーナ・ユーイング大将に連絡を入れる。
「これより旗艦に報告に向かいます。なお、輸送船団及び護衛艦隊は現在ランジョン星系ジュンツェンジャンプポイントにて待機中です」
その報告を受けたユーイングは満足げに頷いた。
(さすがは崖っぷち君ね。こちらの考えを読んでくれましたわ。ということは他にも考えているはず……彼の意見を聞いてから、今後の方針を決めるべきですわね)
すぐに各艦隊の司令官を旗艦に呼び、更に命令を出した。
「第五艦隊は直ちに出発準備をお願いします」
そう命じた後、自らの艦隊にも命令を出す。
「補助艦艇部隊はランジョン星系に向かう準備を。第一重巡航艦戦隊はスループ艦と共に直ちにゾンファ星系に向かう準備を行ってください」
彼女は輸送船団への補給と整備を行うため、自分の艦隊の補給艦や工作艦をランジョン星系に送り込む。
スループ艦は補給が行えるという情報をゾンファ星系に届けるためで、重巡航艦は各星系のJPに配置し、ゾンファ軍の情報通報艦を阻止する。
クリフォードが旗艦に到着した。
ユーイングは舷門で自ら出迎える。
「ご苦労様でした。あなたのお陰で民間船を失うことなく、ゾンファ派遣艦隊への補給も上手くいきそうです」
「ありがとうございます。ゾンファ星系に改めて船団を送り込むということでしょうか」
「ええ。ゾンファの思惑通り、時間切れになることは避けたいですわ。疲れているところ、申し訳ないのですけど、提督方を集めています。あなたにもその会議に出席していただきたいですわ」
いきなり艦隊司令官の会議に出席すると言われて驚くが、時間が貴重であると考え、即座に頷く。
「了解しました」
司令官室に入ると、五人の司令官とそれぞれの参謀長、副官が待っていた。
「方針を決める前にコリングウッド少将の意見を聞きたいと思います。まず、ゾンファ軍の思惑についてですが、報告書ではあなたに対する憎悪が原因とありました。その点についてもう少し詳しく話していただけませんか」
その言葉で立ち上がって話し始める。
「了解しました、提督。報告書にも記載しましたが、明確な証拠はありません。ですが、リアンユ星系にジャンプアウトした後のツォン艦隊の動きは想定範囲内でした。その後、暴走したフージェン級戦艦と三十一隻の艦の行動ですが、ジャンプアウト後に戦闘の意思がなく、降伏を申し出る艦があったこと、戦闘が始まる前に脱出する者がいたことから、組織的な行動ではなく、艦長ら指揮官が暴走した結果と見ています……」
彼の説明を全員が聞き入っている。
「また、シェンタオ星系での戦いで第三戦艦戦隊だけを攻撃していたことを考えると、狙いは小官であったと考えます。実際、旗艦に偽装したドレッドノート223が撃沈された後は戦闘を回避しました。もし、攻撃のきっかけが我が軍全体に対するものであれば、護衛艦隊が全滅するまで攻撃を行ったでしょうし、輸送船団も殲滅させられたはずです」
「少将の考えは理に適っていると思います。その上で、この状況をどう利用すべきと考えていますか?」
「私を殺すために攻撃を仕掛けてきたことは事実ですが、ゾンファ共和国政府が交渉でそのことに言及することはないでしょう。彼らがこの事実を使うのは国民及び将兵に向けてだと考えます。事実として、ツォン中将はリアンユ星系で臨検を行うと伝えてきましたが、フージェン級戦艦が攻撃の意思を見せる前も後も、今回の攻撃に関して、その理由を明確にしていません。つまり、卑劣な奇襲攻撃を仕掛けてきたということができると思います」
ツォンはソン・ジジエ大佐が暴走した後、アルビオン艦隊に向けて一切通信を行っていない。ジャンプする前のリアンユ星系では考えをまとめる時間がなかったためだが、シェンタオ星系では交渉の余地などないと考えたためだ。
「つまり、我が方になんの落ち度もないのに、ゾンファ艦隊がいきなり攻撃を仕掛けてきたということですね。そして、それは三百隻の艦隊すべてが行っている。すなわちゾンファ共和国政府の意向に沿ったものだと。この事実を大々的に公表すれば、ゾンファ国民も政府を見放すということかしら?」
ユーイングの意見にクリフォードは大きく頷く。
「はい、提督。更に言えば、私を抹殺するという目的すら果たせず、再びコリングウッドにしてやられたと知れば、将兵たちの軍上層部に対する怒りや不信感は大きくなると思います。特にフェイ・ツーロン上将が病気療養中ですから、それを宥めるものもいません……」
フェイ・ツーロンはゾンファ艦隊の司令長官であったが、ジュンツェン星系への艦隊派遣に反対したため、病気療養という名目で軟禁されている。
「国民と将兵が上層部に不信感を持てば、ゾンファ政府も強硬には出にくいと思います。この辺りは現在の交渉の状況が分かりませんから、あまり自信はありませんが」
「参考になりましたわ、少将」
ユーイングが礼を言うと、クリフォードは腰を下ろした。
「ゾンファ星系に輸送船団を送ること、第五艦隊を護衛として派遣することに変わりはないと思いますが、何かご意見はございますか?」
そこでヤシマ艦隊の総司令官トモエ・ナカハラ大将が発言する。
「コリングウッド少将が生きているという事実は利用できるのではないかと思います。小官は政略的な話は苦手なので、具体的にどう使うかまでは分かりかねますが」
「確かに使えそうですわね。コリングウッド少将、何か意見はあるかしら?」
話が振られると思っていたので、冷静に答えていく。
「ツォン中将の思惑ですが、最初から意図していたかはともかく、現在の祖国の苦境を作った原因の一人である小官を倒したという事実をもって、国民と将兵の士気を上げようとしたのではないかと思います。そして、ゾンファ政府としてはこのまま開戦するわけにはいきませんから、戦争犯罪人としてツォン中将を連合艦隊に引き渡さざるを得ません。その際、いろいろな理由を付けて引き渡しを拒否するように見せるはずです。祖国の英雄を守るという姿勢を見せたいでしょうから」
そこで一度言葉を切り、少し迷った後、再び話し始めた。
「そのような交渉を行っている時に、小官が姿を見せれば、ゾンファ政府は面目を失います。交渉の主導権を得るために使えるのではないかと考えます」
迷ったのは自分がゾンファ星系に行けば、ゾンファの国民感情が反王国に大きく傾くかもしれないと考えたためだ。
「それはありそうですわね。ですが、諸刃の剣という気もします。この辺りはハース提督と外務卿に考えていただいた方がよいでしょう。他にご意見はございますか?」
第五艦隊のセドリック・マクガバン大将が発言を求めた。
「コリングウッド少将に聞きたい。これは個人的な興味なのだが、ゾンファとの交渉を有利に進めるために我々にできることは何だと考えているのか。賢者の後継者と誰もが認める貴官の意見が聞きたい」
賢者とはアデル・ハース大将の異名だ。彼女がクリフォードを後継者として育てるため、旗艦艦長に指名した話を知らぬ者はいない。
「難しい質問です……まず、現在のゾンファ政府は国民の支持を得ているとはいえ、旧国家統一党の傀儡に過ぎません。そして、国民は国家統一党が支配していた時代に進んで戻りたいとは考えていないでしょう。今は経済的な困窮から政府を支持していますが、そこに隙があると考えます。艦隊としてできることですが、我々には勝てないと思わせること、そして、卑劣な行いには断固たる措置を取ると理解させることだと思います」
「具体的には?」
その問いにクリフォードは答えにくそうにしたが、ゆっくりとした口調で話し始める。
「今回の戦いの情報を開示し、二倍近い戦力で敗北したこと、その原因が指揮官の能力不足であったことを示します。情報ではツォン中将はフェイ上将の部下として有能であったと知られていますから、彼ですら勝てないほど艦長たちが劣っていたと理解させます。断固たる措置を求めるという点も理由もなく攻撃してきた相手には、今回のように容赦なく戦いを挑むと宣言するくらいでしょうか」
彼が言いにくそうにしたのは自らの功績を誇っているように見えるからだ。
マクガバンは「参考になった」とクリフォードに言った後、ユーイングに視線を向ける。
「コリングウッド少将を同行させたいと思いますが、いかがでしょうか」
「そうですわね。ハース提督も彼の意見を聞きたいでしょうし、少将には申し訳ないですけど、第五艦隊に同行してもらいましょう」
こうしてクリフォードはゾンファ星系に向かうことになった。
クリフォードは第五艦隊旗艦ロイヤル・ソヴリン級ロイヤル・オーク27に移った。ロイヤル・オークは一等級艦であり、すぐに将官用の個室が用意される。
「それにしても結局ゾンファ星系に行くことになりましたね」
副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐が話し掛ける。
「そうだな。本来なら戦隊をキャメロットに帰還させ、再編しなくてはならないんだが」
そう言いつつも、こうなることは予想しており、出発前に旗艦艦長であるサミュエル・ラングフォード大佐に指示してあった。
翌日、第五艦隊はランジョン星系に向けて出発した。
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