第五十三話
宇宙暦四五二六年九月四日。
ゾンファ星系では既に二ヶ月近く、交渉が続いている。
交渉団の団長であるアルビオン王国の外務卿キンバリー・レストンは、ゾンファ共和国政府のコロコロと変わる態度に辟易していた。
(明らかに時間稼ぎを狙っている。ジュンツェン星系を放棄することを仄めかしてきたと思えば、戦争も辞さないという強硬な姿勢を見せてくる。こちらの艦隊による圧力がブラフだと考えているようだな……)
アルビオン王国と自由星系国家連合の連合艦隊約二万隻を引き揚げさせるための引き延ばしであることは明らかだが、艦隊の力を背景とした圧力を掛けても首相のワン・ラーは一向に動じない。
ここで王国とFSUがゾンファを占領したとしても、泥沼に嵌まるだけだと理解しており、合理的な王国政府が攻撃を了承するはずがないと高を括っているためだ。
そのため、メディアを通じて共和国政府が無謀な戦争に向かおうとしていると、ゾンファ国民に訴えるが、情報操作では一日の長があるゾンファの旧指導部に後れを取っており、打つ手がない状態だった。
そんな中、三日前に一隻の情報通報艦がゾンファ星系にジャンプアウトした。
そのシーダオ星系ジャンプポイントには連合艦隊が陣取っていた。
『何の連絡でしょうか?』
ヤシマ艦隊の司令官レイジ・アベカワ大将が連合艦隊の総司令官であるアデル・ハース大将に確認する。
『内容までは分かりませんが、緊急の情報のようですね』
『拿捕しますか?』
連合艦隊によってゾンファ共和国軍の行動は制限されている。そのため、情報通報艦を拿捕することは可能だ。
『拿捕すれば、交渉が更に拗れることになります。ジュンツェン星系で何かあったのであれば、こちらの定期連絡艦が伝えてくれるでしょうし、輸送船団でもスループ艦を派遣してくれるはずですから、今は手を出さないでおきましょう。外交交渉団には緊急の連絡が入ったようだと伝えておきます』
ハースはアベカワとの通信を切り、レストンにその情報を伝えたが、どのような連絡があったのか考えていた。
(このタイミングだと輸送船団に何かあったようね。予定ではクリフが指揮官のはずだけど、問題が起きたのかしら?)
その後、予定されていた交渉が延期されるという情報が入る。
(やはり大きな事件が起きたようね。そろそろ物資が厳しいから輸送船団が到着しないとなるとまずいことになるわ……)
五月十九日にジュンツェン星系を出発してから三ヶ月半ほど経っている。物資の消費を抑えるように命じているため、まだ三ヶ月分はあるが、輸送船団が来ないとなると、最長でもあと一ヶ月しかここにいられないことになる。
そして本日、シーダオJPに第四艦隊所属のスループ艦が到着した。
『去る八月十四日標準時間一五一二、ゾンファ星系に向かう輸送船団がゾンファ共和国軍リアンユ星系防衛艦隊の一部から無警告で攻撃を受けました。コリングウッド少将は直ちにシェンタオ星系に向かわれましたが、ゾンファ艦隊は全艦でそれを追撃しました』
その情報を受け、ハースは厳しい表情を浮かべた。
「直ちに外交交渉団に本情報を伝達。各艦隊司令官にヴァーチャル会議を行う旨、連絡して」
「了解しました、提督」
副官が了解を伝え、すぐに会議がセッティングされる。
「既にお聞きになったと思いますが、輸送船団が攻撃を受けました。コリングウッド少将は引き返す選択をしましたので、物資が予定通りに届く可能性はなくなりました。続報が入る可能性もありますが、ゾンファ軍が用意周到ならこれ以上の情報は入らないことも充分に考えられます。ですので、艦隊としての方針を検討したいと思います」
アベカワが発言する。
『ジュンツェン星系に戻るしかないでしょう。コリングウッド少将がジュンツェン星系に連絡を入れ、ユーイング提督が再度派遣を決めたとしても、ここに到着するのは早くとも二ヶ月半後です。そこまで待って物資が届かなければ、我々は飢えることになります』
それに対し、第八艦隊司令官ノーラ・レイヤード大将が意見を述べる。
『ジュンツェンに戻ることに反対はしないが、すぐに帰還するのは外交交渉に影響が出る。この事実を交渉に生かせるのではないかと思うが、まずはハース提督の考えを聞きたい』
「そうですわね……今ある情報では一部の艦が暴走しただけのようですので、ゾンファ政府がそれを言い訳に使ってくる可能性はあります。シェンタオ星系で三百隻の艦隊が組織的に攻撃を行ったのか、それとも暴走した艦を反乱者として処断したのかで交渉は変わってきます。コリングウッド少将なら更に情報を送ってくれるでしょうが……今は攻撃を受けたという事実をもって、ゾンファ政府に釈明させるよう進言すべきでしょう」
ハースにしては珍しく迷っていた。
クリフォード以外の指揮官なら続報が来ないと考えて一ヶ月後を目途に撤退を主張したが、彼なら正確な情報を送ってくると思っているためだ。
『それならば、こちらからスループを派遣してはどうだろうか。敵支配星系に潜入するつもりでジャンプすれば、情報を持ち帰ることができると思うが』
ヤシマ艦隊のサモン・ヤマウチ大将が提案する。
「そうですわね。念のためにスループを派遣しましょう」
そう言ったものの、あまり意味がないと思っていた。輸送船団を全滅させたのなら、その痕跡を徹底的に消しているだろうし、撤退できたのであれば、情報を送ってくると思っているからだ。それでも採用したのは手を拱くより、少しでも動いた方が将兵の士気を維持できると考えたためだ。
外交交渉団はその情報を受けると、ゾンファ政府に対して強く出た。
『輸送船団が攻撃を受けたと報告があった。このことは貴国も情報を得ていたはずだ。星系内の移動は保証されている。それを破ったことは停戦協定と平和条約に反する行為だ。このことに対して説明を求める』
『誤って砲撃を行ったという情報は入っていますが、その後の情報がありません。指揮官であるツォン・ダーバオ中将は冷静な人物であり、反乱者を適切に処理したと考えています。それならば、輸送船団はこちらに向かってくるでしょう。もちろん、反乱者を出したことに対しては謝罪しますよ』
以前と変わらない態度だった。
この時、ゾンファの陰の支配者、ファ・シュンファ元政治局長はこの情報をどう扱うか頭を悩ませていた。
「艦隊の一部が暴走したことは想定内だ。それによって輸送船団が引き返したことも悪くない結果だ。しかし、敵が手を出す前に一隻の戦艦が主砲を撃ったのはいただけん。これでは王国艦隊に責任を押し付けられないではないか」
ファの盟友ヤン・チャオジュン元外交部長が苦虫を噛み潰したような表情で頷く。
「全くその通りです。王国艦隊が手を出し、こちらはそれに止む無く対応したという事実が必要なのです。それにこれでは民衆の反王国感情を強めることはできません。派遣されてきた艦隊もJP付近に駐留するだけなので貶めることができませんから」
彼は連合艦隊が本星であるゾンファの衛星軌道上まで進出し、港湾施設を接収すると考えていた。そうなれば、トラブルを引き起こし、それをもって連合艦隊を非難するつもりだった。
もう一人の盟友バイ・リージィ元軍事委員が別の意見を言った。
「シェンタオ星系でどうなったかですね。暴走した艦は殲滅されているでしょうから、それを理由に王国軍の暴挙とすることはできます。但し、艦隊の本隊がどのような判断をしたかです。コリングウッド少将を殺すという選択を取れば、大規模な戦闘になっているでしょうが、ツォン中将なら暴走した艦を見捨てた上で、輸送船団に輸送を再開するよう交渉する可能性が高いと思います」
彼は国家統一党に長くいたことから、将兵や国民の感情を軽視する傾向が強い。ツォンが自分同様に理性的な人物であり、合理的に考えて行動すると自信を持っていた。
「ツォン中将がどのような判断をしたかは分からんが、いずれにしても連合艦隊は一ヶ月ほどで撤退せざるを得ない。新たな情報が入るまでは妥協することなく、こちらの主張を貫くだけだ」
ファの言葉に二人が頷く。
この方針はワン首相ら政権幹部に伝えられ、交渉はのらりくらりと続けられていった。
感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。




