第五十二話
宇宙暦四五二六年八月二十二日。
クリフォード率いる輸送船団はシェンタオ星系のランジョン星系ジャンプポイントに到着した。
クリフォードはツォン中将率いるリアンユ星系防衛艦隊がリアンユ星系にジャンプインしたことを確認した後、ランジョンJPで船団の隊形を整えるよう命じていた。
隊形が整ったところで、ランジョン星系に向かうため、超光速航行に移行する。
ジャンプインした後、クリフォードはこれからのことを考えていた。
(ハース提督とユーイング提督にはジュンツェン星系に帰還すると報告したが、ゾンファ派遣艦隊の補給が滞ってしまう。ジュンツェンまで戻らず、ランジョン星系で待機していれば、船団が補給を受けることなく、中間地点であるリアンユ星系までは行ける。一個艦隊を護衛としてそこまで進出しておけば、ハース提督なら最善の判断をされるはずだ……)
ツォン・ダーバオ中将率いるリアンユ星系防衛艦隊を退けた直後は船団の安全を考えて、ジュンツェン星系に戻るつもりでいた。
そのため、ゾンファ派遣艦隊のアデル・ハース大将とジュンツェン星系にいるジャスティーナ・ユーイング大将にその旨を報告していたが、追撃の可能性がなくなったことから、輸送船団を再度送る選択が採れるようにしておいた方がよいのではないかと考え直したのだ。
八月二十八日、ランジョン星系に到着する。
待ち伏せはなく、ゾンファ艦隊も見当たらないため、クリフォードは各戦隊指揮官と今後について協議することにした。
「輸送船団に被害が出なかったことは幸いだった。しかしながら、輸送船団が引き返したため、ゾンファ派遣艦隊の補給が滞ることは憂慮すべきだ。ジュンツェン星系のユーイング提督の判断を仰ぐべきだが、輸送船団を本星系のジュンツェンJPに留めておき、輸送再開を判断された場合の時間と物資の節約をしたい。この件について意見を聞きたい」
クリフォードの提案に第五重巡航艦戦隊司令官ネヴィル・オルセン少将が発言する。
『小官は司令官の案に賛成だ。ジュンツェン星系に戻るにしても急ぐ必要はない。JPに待機していれば、万が一ゾンファ艦隊が隠れていてもFTLで逃げることができるから、リスクはない。あるとすれば、輸送船団の船長たちが契約と異なると反発することくらいだろうが、リアンユ星系までなら期間はほとんど同じだ。大きな問題にはならんだろう』
それに第八駆逐艦戦隊のシャーリーン・コベット准将が賛同する。
『小官も賛成です。ジュンツェンまでの往復分のエネルギーを節約できれば、リアンユ星系までならそのまま出発できます。また、そこまで船団が進出できれば、戦略の幅が広がります。ハース提督ならその状況を上手く利用されるのではないかと思います』
第二十三駆逐艦戦隊のニコラ・デリンジャー准将と第十二駆逐艦戦隊のロバート・エインズワース大佐も賛成に回った。
唯一、ヤシマ艦隊のリュウイチ・クロカワ少将だけが反対する。
『ゾンファ共和国の支配星系は紛争地帯に該当します。よって本ランジョン星系も紛争地帯に当たりますから、小官はここに民間船を残すことはリスクが高く、契約的に問題が大きいと考えます』
クロカワは安全だと思っていた任務で危機的な状況に陥ったことから、すぐにでも安全な宙域に戻りたいと考えていた。
また、このまま輸送船団が再び送り込まれれば、自分の護衛艦隊も同行させられるが、一度ジュンツェン星系に戻れば、新たな護衛艦隊が派遣される可能性が高いと考え、反対に回ったのだ。
「契約ではゾンファ星系は紛争地帯になり得るという認識で合意し、各社はサインしていたはずです。現状では本星系の危険度は低く、紛争地帯であるという理由だけで契約に反するとはなりません。船団からそのような意見が出ているのでしょうか」
クリフォードの問いにクロカワは答えに窮した。
輸送船団は身を挺して守ってくれたアルビオン艦隊を信用しており、十分な護衛が着くのであれば、再輸送に反対する者はほとんどいなかった。
逆にここで正当な理由なく反対すれば、契約不履行で違約金が発生するだけでなく、ヤシマ政府の信用を失い、政府関連の仕事を受注できなくなる。船長たちはそのことを恐れていた。
「反対意見がないようでしたら、小官の案通りにこの場で待機したいと考えます」
クロカワはそれ以上何も言わなかったが、オルセンが質問してきた。
『ユーイング提督への報告はどうするのだ? スループを派遣してもよいが、貴官が直接報告した方がよいと思うが』
「小官には船団に対する責任がありますから、参謀長を派遣しようと考えています」
その意見にコベットが反対する。
『少将が行かれるべきだと思います。ユーイング提督もハース提督との連携を考え、少将の考えを直接お聞きになりたいと思われるでしょうから』
『小官もコベット准将の意見に賛成だ。ハース提督の旗艦艦長をやっていた君の意見を重要視するはずだ。それにここで待っているだけなら、逃げを打つ判断だけだ。小官でも貴官でも大して変わらん』
オルセンもコベットに賛同したため、クリフォードはそれを認めた。
「了解しました。小官はスループ艦に移り、直ちにジュンツェン星系に向かうことにします。その間の指揮はオルセン少将にお任せします」
クリフォードは会議を終えると、副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐のみを引き連れ、すぐにスループ艦に移った。
■■■
宇宙暦四五二六年九月三日。
ジュンツェン星系に第一報が届いた。
『リアンユ星系において、ゾンファ共和国軍リアンユ星系防衛艦隊所属の戦艦より通告なしに攻撃を受けました。コリングウッド少将はシェンタオ星系に引き返しましたが、ゾンファ艦隊は全艦で追撃。リアンユJP付近で戦闘が発生。敵艦隊に大きな損害を与え、輸送船団は被害なし。ジュンツェン星系に向け、移動を開始しております。詳細は送付したデータをご覧ください……』
それを受け取ったジャスティーナ・ユーイング大将は顎に指を当て僅かに考え込んだ。
(面倒なことになりましたわ。まさか三百隻の艦隊が無警告で攻撃してくるとは……“崖っぷち”君の報告書には、自分に対する怨恨が原因とありますわね。人選を誤ったのかも……)
そう考えたが、詳細を見ていくうちにクリフォード以外では船団が全滅した可能性すらあったことを確認する。
(間違っていたわけではないようですわ。確かに戦闘にならなかった可能性はありますが、挑発はしてきたでしょうし、それに乗せられて戦闘が勃発した可能性は否定できません。それに今回はゾンファ側の完全なる落ち度。これを上手く使えば、交渉も有利に進められそうですが、問題は補給をどうするかですわね……)
ユーイングは各艦隊の司令官を集め、方針を検討する。
「ゾンファ共和国は宣戦布告をせずに我が国及び自由星系国家連合の艦船に攻撃を加えてきました。また、この攻撃に対しゾンファ側は自らの正当性を主張しておりません。これは停戦協定と平和条約を無視した奇襲攻撃であり、許されるものではありません。本事実をもって戦争状態に移行したと判断し、本星系で活動する平和維持軍は臨戦態勢に移行します。この認識の上、ゾンファ派遣艦隊に対する補給について、ご意見を伺いたいと考えております」
ユーイングはいつになく真剣な表情で説明した。
それに対し、ヤシマ艦隊の総司令官トモエ・ナカハラ大将が発言する。
「ゾンファが手を出してきた以上、交戦状態に入ったという認識は我々とも一致します。ユーイング提督がおっしゃる通り、問題はゾンファ派遣艦隊への補給ですが、積極的に物資を送るべきと考えます。理由はこのような状況になった以上、外交交渉団が軍の事情で時間切れになる事態は避けるべきだからです」
第五艦隊のセドリック・マクガバン大将がその意見に賛成する。
マクガバンは五十二歳、痩身で黒髪をオールバックにし、銀縁眼鏡を掛けていることから、有能な銀行マンか証券マンに見える男性士官で、見た目通り沈着冷静な指揮官だ。
「ナカハラ提督の意見に賛成です。本国に補給を要請していては間に合いませんが、幸いなことにコリングウッド少将の指揮のお陰で輸送船団は無事です。船団へのエネルギー補給は必要ですが、明らかにこちらの方が早いのですから、輸送船団を再派遣すべきだと考えます」
第二艦隊のロイ・ウォーラム大将が発言する。
「船団を送るとして、護衛をどうするかです。数百隻程度では危険ですから、万全を期すため一個艦隊を派遣した方がよいでしょう。しかし、我々の中から一個艦隊を抽出すれば、ここが手薄になります。ゾンファ艦隊が攻撃を仕掛けてくるとは思いませんが、考慮すべき事項であることは間違いありません」
ウォーラムは肥満気味で眠そうな目をしているため、能力が低いと誤解を受けやすいが、数々の会戦で的確な指揮を執り、ハースやユーイングが評価する人物だ。
「今後の戦略に関わってきますから、重要な観点ですね。ですが、私たちにできることはあまりありません。ここにいるゾンファ艦隊を封じ込める以外は認められていませんから。ですが、私は五個艦隊でも充分だと考えていますわ。もし、ゾンファ艦隊が出撃してくるなら、J5要塞付近にある食糧生産プラントに長距離攻撃を仕掛ければよいだけですから」
ユーイングの言葉に全員が頷く。
この星系には居住可能な惑星はなく、木星型惑星であるJ5の衛星軌道上に食糧生産プラントが存在する。
要塞で守られているとはいえ、防御力が皆無であるため、遠距離からのミサイル攻撃で破壊することは難しくない。
このプラントは要塞と五個艦隊分の将兵に食糧を供給することができるが、現状では要塞要員は少なく、備蓄が増えつつある。しかし、本国からの補給が途絶えた状況であり、プラントが破壊されれば、短期間で飢えることになる。
「それでは輸送船団を再派遣する方針とします。派遣する護衛ですが、マクガバン提督の第五艦隊を考えております。よろしいでしょうか?」
ユーイングの問いに再び全員が頷いた。
ゾンファ星系への輸送船団の再派遣が決定した。
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