第五十話
宇宙暦四五二六年八月十九日。
ゾンファ艦隊リアンユ星系防衛艦隊司令官ツォン・ダーバオ中将は勝利を確信しながら命令を発し続けている。
「敵戦艦に砲撃を集中! ミサイルも同様だ! 敵の旗艦を何としてでも沈めるんだ!」
勝利と言っても輸送船団を殲滅することではなく、クリフォードを殺すことに変わっている。ゾンファ艦隊の衰退をさせ、祖国の敗戦に導いた元凶コリングウッドを倒し、艦隊の将兵と国民の士気を上げることに目的を変えたのだ。
ツォンはクリフォードが採るであろう行動について考えていた。
(敵としてはここで我々に突破されて輸送船団に向かわれては困る。そのために敵の重巡航艦戦隊と駆逐艦戦隊を分離したはずだ。ならば、我々に大きな打撃を与えるため、艦隊の士気を上げる。つまり、奴は最前線に出るということだ!)
偶然ではあるが、そのように考えた同じタイミングで、ロビーナ・オーティス大佐が指揮するドレッドノート223が前に出た。また、アガメムノン96から通信が送られ始める。
更にドレッドノート223を守るようにウォースパイト451が前に出ようとしたことで、ツォンはドレッドノートが旗艦だと確信する。
「先頭の二隻の戦艦に攻撃を集中! 先に前に出た戦艦が敵の旗艦だ! 全艦で攻撃すれば、確実に沈められる! 奴を逃がすな!」
その命令を受け、全艦が攻撃を集中し始めた。
既に二百隻近くが戦線から離脱し、百隻程度に減っているが、彼我の距離は五光秒を割り込んでおり、駆逐艦の主砲でも戦艦に脅威を与えることができる。
激しい砲撃がドレッドノートを襲うが、ウォースパイトと連携して防御するため、ギリギリで防御していた。
自分たちも激しく攻撃しているが、アルビオン艦隊からの反撃も激しくなった。そのため、ツォンの司令部はその対応に掛かりきりになる。
「敵重巡航艦戦隊が側面に回り込みました! 後続の駆逐艦戦隊も同様です!」
「敵戦艦がレールキャノンを発射! 三十秒後に到達する見込み!」
「戦艦チョンシャン連絡途絶! 重巡ダーダオ、大破!……」
「後方の駆逐艦戦隊が退避機動の許可を求めてきました!」
情報士官たちが次々に報告を上げる。
「側面の敵は無視しろ! 駆逐艦戦隊の退避機動は却下。攻撃に集中せよ!」
対応に集中していたため、僅かな時間だが、ドレッドノートから注意が逸れた。
ツォンは慌ててメインスクリーンを確認し、ドレッドノートが下がっていないことに安堵する。
「敵の旗艦はまだ下がっていないな! 奴だけは絶対に逃がすな!」
ツォンは更に命令を出した。
「すれ違ったら百八十度回頭! 最大加速度で減速しつつ、攻撃を続行!」
アルビオン艦隊との距離はほぼゼロで、速度差は〇・〇一五光速。戦艦の最大加速度三kGで減速すれば、二分半で同じ速度にできる。
艦隊同士がすれ違った。
旗艦バオシャンの戦闘指揮所が大きく揺れた。
「レールキャノンの質量弾命中! 防御スクリーン過負荷停止!」
「主砲損傷!」
「艦首部を緊急隔離! 主砲制御室と繋がりません!」
CICではオレンジ色の非常照明に切り替わり、人工知能の中性的な声が響く中、要員が緊迫した声で報告する。
「防御スクリーンの復旧急げ! 主砲は後回しだ! 艦首付近の負傷者の救助を行え!」
旗艦艦長が命令を出した後、ツォンに顔を向ける。
「我が艦は戦闘力を失いました。本艦の艦長としましては、司令官閣下に退艦していただき、別の艦で指揮を執られることを進言します」
「この乱戦では搭載艇で脱出しても無駄だ。ここで指揮を執る」
ツォンがそう答えた時、情報士官が喜びの声を上げた。
「敵旗艦と思しき戦艦、大破した模様!」
ツォンはその報告を受け、喜色を露わにする。
「よくやった! 更に攻撃を集中して確実に沈めろ! 奴に脱出の時間を与えるな!」
「「了解しました!」」
その直後、情報士官が大声で報告する。
「敵旗艦、轟沈! 脱出ポットの射出は確認できず!」
「やったぞ!」
「タカマガハラの恨みを返したぞ!」
CICが歓喜に沸いた。
「よくやった!」
ツォンはそう言ったものの、自らの艦隊に追撃する力がないことを確認する。
(既に無傷の艦は八十隻を割った。それに引き換え、敵の残存戦力は二百隻近い。これ以上戦うことはできないな。できれば戦艦はすべて沈めたかったが、無為に部下を失うわけにはいかない。一旦戦場から離れよう。そうすれば、敵は追撃してこない……)
無理な攻撃で旗艦も大きく損傷し、戦艦のほとんどが攻撃力を失っている。
「全艦に命令! 左舷九十度回頭! 最大加速度で加速し、離脱する!」
その命令を受け、航行能力を持つ全艦が左舷方向に加速を開始した。
■■■
宇宙暦四五二六年八月十九日。
時はドレッドノート223が前進し始めたところまで遡る。
クリフォードは激戦の中、ドレッドノートが艦隊の前方の出たことに驚きを隠せなかった。
「ラングフォード艦長、ドレッドノートを所定の位置に戻せ! このままでは集中砲火を受けることになるぞ!」
「それはできません、少将。このままでは我が戦隊が壊滅するまで戦闘が継続されます」
サミュエルの言葉にクリフォードは驚きを隠せなかった。
「ドレッドノートを生贄にするつもりか!」
「はい、少将」
その答えにクリフォードは絶句するが、サミュエルはそれを無視して話を続ける。
「オーティス艦長には密かに脱出するよう命じています。敵の攻撃によってドレッドノートが沈められても人的被害はほとんど出ません」
サミュエルはロビーナ・オーティス大佐からの提案を受け、合理的であるとしてその提案を認めた。しかし、サミュエルはクリフォードがドレッドノートを犠牲にする策を認めないと考え、人的被害を最小限にする方法に変更したのだ。
それは戦闘が激しくなったタイミングで自動操船に切り換え、脱出ポットのみで脱出、脱出後は救難信号を出さずに漂流せよというものだ。
ツォンと彼の幕僚たちも搭載艇での脱出には注意するだろうが、大きな損傷を受けていない状況では脱出ポットが射出されるとは考えない。
人工知能が脱出ポットを認識する可能性はあるが、救難信号が出ていなければ、あえてスクリーンに表示しないため、戦闘に集中している情報士官たちが気づくことはない。
「旗艦が沈められ、脱出ポットが射出されなければ、私が死んだと思い込む。だから、それで戦闘が終わるということか……」
「はい、少将。ドレッドノートの撃沈を確認すれば、こちらの方が残存戦力は多いですから、ゾンファ艦隊は引き上げるはずです。その上でオルセン少将からゾンファ艦隊に通信を入れていただければ、少将が戦死されたと思い込むでしょう」
クリフォードはサミュエルの策に合理性を感じた。
「戦隊の指揮は君に任せている。その策で行こう」
艦隊同士がすれ違った時、ドレッドノートが撃沈された。
それを確認したゾンファ艦隊は戦場を離脱するように加速を開始した。
「上手くいったようだな。オルセン少将に繋いでくれ、ヴァル」
副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐に命令する。
すぐにオルセンが通信に出た。
「少将には護衛艦隊司令官代行となっていただき、ゾンファ艦隊と交渉していただきます。目的は脱出した我が軍の将兵の救出です」
そこでオルセンもクリフォードの意図を瞬時に理解する。
『君が戦死したことを暗に伝えればよいのだな。敵と雌雄を決する気はないということでいいな』
「はい。戦えば勝てるでしょうが、これ以上損害を出す必要はありません。ツォン中将が目的を達したと考え、輸送船団を見逃してくれればよいだけですから」
『その通りだ。では、そのように交渉しよう』
オルセンは通信を切ると、ゾンファ艦隊に向けて通信を行った。
『小官はアルビオン王国キャメロット防衛第四艦隊第五重巡航艦戦隊司令官のネヴィル・オルセン少将である。輸送船団司令官代行として、貴艦隊に通告する。これより脱出した我が軍の将兵の救助に当たる。救助の妨害もしくは輸送船団への攻撃を行うのであれば、貴艦隊を殲滅する。我が艦隊は不当な攻撃を受け、多くの将兵を失ったのだ。小官の忍耐力を試すつもりなら大いに後悔することになるだろう』
それに対し、ツォンから返答はなかったが、ゾンファ艦隊は戦場から離れるように慣性航行を続けていた。
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