第四十九話
宇宙暦四五二六年八月十九日。
ドレッドノート223の艦長ロビーナ・オーティス大佐は激しい戦闘の中でも、ベテランらしく冷静に命令を出していた。
「機関制御室に連絡。質量-熱量変換装置に注意しろ。この先、まだまだ敵の攻撃を受けることになる。最悪の場合は機関長の判断で対消滅炉に注入することを許可する」
機関士が了解と答える前に戦術士にも指示を出す。
「カロネードの用意はいいな! 旗艦からの指示があり次第、全数発射だ。艦尾迎撃砲も射角に入り次第、砲撃開始だ」
カロネードは質量弾を打ち出すレールキャノンだ。ある程度速度を持った状態ですれ違う際に使用することで大きな威力を発揮する。
「何としてでも旗艦を守るよ! 戦艦乗りらしく味方の盾になるんだ!」
「「「了解しました、艦長!」」」
息つく暇がないが、オーティスはクリフォードのことが頭に浮かんだ。
(それにしても思っていた以上に豪胆だね。さすがは“火の玉ディック”の息子だ……)
“火の玉ディック”はクリフォードの父、リチャードの異名だ。
戦艦乗りとして苛烈な指揮を執り、ゾンファ艦隊に大きな損害を与えたことから付いた名だが、彼を有名にしたのは十九年前のハイフォン会戦での英雄的な行動だ。
ハイフォン会戦の終盤、敵の計略に嵌まり、アルビオン艦隊は壊滅的な損害を受けた。全滅も必至と思われた中、司令官が戦死したためリチャードが指揮することになった戦艦戦隊は救援が現れるまで戦線を維持し、多くの艦が救われた。
但し、リチャード自身は艦から脱出する際、部下たちの脱出を援けていたため、爆発に巻き込まれ片腕を失った。また、放射線障害の疑いがあるということで、退役を余儀なくされている。
この英雄的な行動は大々的に報道され、若い士官は彼に憧れた。
当時中尉だったオーティスも影響を受けた一人だ。
(豪胆なだけじゃない。用意周到でもあるね。あのシミュレーション演習がなければ、今頃この護衛艦隊はバラバラになっていただろう。それにラングフォードも思った以上に有能だ。旗艦艦長になって九ヶ月も経っていないのに見事に戦隊の指揮を執っている。私が旗艦艦長だったら戦列を維持できなかっただろうね……)
オーティスは自分の狭量さに自嘲しながらも指揮を続けていく。
そこであることに気づいた。
「通信員! 旗艦のラングフォード艦長に繋いでくれ。大至急だ」
すれ違うという慌ただしいタイミングで旗艦に通信を繋ぐと聞き、通信員は驚くが、すぐに回線を繋いだ。
「オーティスだ。このままでは旗艦が危険だ。艦隊への指示は分散せず、旗艦から出してくれ。その間に我がドレッドノートが最前線に出る。そうすれば、敵は我が艦が旗艦だと誤認し、こちらに攻撃を集中するはずだ」
現状では旗艦を特定されないよう、各艦を経由して通信を送っている。この状況で旗艦から通信を送れば、囮になろうとしていると誤認する可能性が高い。
また、ゾンファの司令官がクリフォードの性格を把握している可能性は高く、自らが最前線に立とうと前に出たと思わせることができる。
サミュエルはオーティスの思惑に気づくが、即座に反対した。
『ドレッドノートが囮になるというのか! そんなことは認められない』
「議論している暇はない。すれ違うタイミングが一番危険なことは貴官も分かっているだろう! ここで旗艦が沈めば、輸送船団も危険なんだ! それに少将はこんなところで死んでいい男じゃない! そのことをよく考えてくれ!」
それだけ言うと一方的に通信を切り、操舵長に命令を出す。
「戦列の前に出てくれ」
そう命じた後、戦術士に命令を出す。
「敵がミサイルを撃ってくる。主砲の集束率を下げてミサイル防衛に集中せよ。ここで敵のミサイルを撃ち落とすよ!」
「「了解しました、艦長!」」
CIC要員は即座にオーティスの考えを理解した。
ミサイルの発射は確認できないが、このタイミングに賭けていることは明らかであり、その場合、戦艦戦隊を標的としてくる。
戦列の前に出て二十五テラワット級用電子加速砲を低集束率で発射すれば、多くのミサイルを引き付けた上で撃墜できる。オーティスはそれを狙っていた。
「これはドレッドノートにしかできない芸当だ! 旗艦の奴らに我々の力を見せつけてやりな!」
言葉遣いが荒くなっているが、これは彼女が意図的にやっていることだ。
(女海賊の首領を真似るのは気恥ずかしいが、これで士気が上がるならやるべきだろう……)
第三艦隊司令官ヴェロニカ・ドレイク大将は猛将として有名で、その豪快な性格から女海賊の首領という異名を持つ。
猛将を意識して命令を出すことで部下の緊張を解し、士気を上げようと考えたのだ。
「旗艦から命令です。オーティス大佐の提案を採用する。第三戦艦戦隊はドレッドノートを先頭に紡錘隊形を取れとのことです」
「了解だ」
ニヤリと笑いながら答えるが、サミュエルの判断に感心していた。
(味方を犠牲にする策を認めるとは思わなかったね。私には多分無理だろう。だから、旗艦艦長に選ばれたのか……)
その思いをすぐに頭の片隅に送り、命令を出す。
「敵の砲撃が集中してくる! 防御スクリーンは絶対に失うな! 操舵長、お前の腕が頼りだ! 巡航戦艦並みの回避を見せてやりな!」
「了解しました、艦長! 任せてください! 少将が指揮していたインヴィンシブルよりきれいに避けてやりますよ」
操舵長もノリノリで答える。
インヴィンシブル89はクリフォードが艦長として指揮していた巡航戦艦で、第九艦隊の旗艦だ。
スヴァローグ帝国のダジボーグ星系会戦では艦隊旗艦でありながらも、艦隊の先頭に立っている。
「ウォースパイトが前に出ます。我が艦に並ぶつもりのようです」
航法長が驚きの声を上げている。
「何をするつもりだ?」
オーティスはそう呟くが、すぐに敵の攻撃が殺到する。
艦が大きく揺れ、警報音がCICを支配する。
「敵戦艦の主砲直撃! B系列防御スクリーン負荷九十パーセント! 外殻冷却系統温度上昇!」
「敵ミサイル接近! 十基です! その後方にも八基! 断続的に接近してきます!」
「了解。操舵長、カウントダウンと共に手動回避二秒停止。それに合わせて主砲発射」
「「了解しました、艦長!」」
低集束率の主砲が発射され、十基のミサイルのアイコンが消える。
しかし、そのタイミングで再び艦が大きく揺れた。
「主砲直撃! 十五テラワット級、重巡航艦の主砲の模様!」
「左舷対宙レーザー五基損傷!」
「防御スクリーンと対消滅炉、MEC以外は無視しろ! 守りに徹するんだ!」
「ミサイル接近! 十五基です! 八基撃墜……迎撃間に合いません! 三基抜けてきます!」
この時、オーティス以下のドレッドノートの乗組員は全員が戦死を覚悟した。
「ウォースパイトが前に出ます! ミサイル迎撃成功! 助かった!」
戦術士の安堵した声が響くが、オーティスはそれに構わず命令を出していく。
「これでこちらに攻撃が集中するぞ! 防御に徹するんだ!」
命令を出しながらもオーティスはウォースパイト451の艦長デリア・フロスト大佐のことを考えていた。
(旗艦を守るために前に出たように見せたんだな。高慢な女だが、やるもんだ。ラングフォードの命令だけで私の考えを理解するとは……こうなったら何としてでも旗艦を演じてやる……)
オーティスはニヤリと笑うと、命令を出していく。
しかし、その直後にサミュエルからある命令が届き、唖然とする。
(このタイミングでこれをやれというのか、ラングフォードは……まあいい。死ぬつもりだったが、部下を道連れにするのは忍びないと思っていたところだ……)
オーティスは受けた命令を実行すべく、指示を出していった。
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