第四十五話
宇宙暦四五二六年八月十九日。
シェンタオ星系での初戦はアルビオン艦隊の圧勝だった。
ゾンファ共和国軍は戦艦一、重巡航艦四、軽巡航艦七、駆逐艦二十の計三十二隻。追撃してきた状態のまま、ジャンプアウトしてきた。
クリフォードはそのタイミングに合わせて、攻撃を仕掛けた。頭に血が上った状態では倒すべき相手に追いすがろうとすると考えたためだ。
その予想は的中した。
もし外していれば、六百基を超えるミサイルが無駄になり、その後の戦術の幅が大きく減っただろう。しかし、クリフォードは迷わなかった。
暴走した部隊はリアンユ星系防衛艦隊の戦闘艦の一割に過ぎないが、万一無力化できなければ、速度の関係で輸送船団に突入され、多くの民間船が被害を受けると考えたためだ。
「敵本隊は予定時刻を過ぎてもジャンプアウトしてきませんでしたね」
副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐がクリフォードに話し掛ける。
最短では暴走した部隊の五十秒後にジャンプアウトしてくるはずだが、既に三百秒以上経っているが、ジャンプポイントに現れていない。
その問いにクリフォードではなく、参謀長のアンソニー・ブルーイット大佐が答える。
「こうなると分かっていたんだろう。多くの艦が降伏を申し出る通信を送っていたようだしな」
三十二隻中、八隻が降伏を申し出る通信を送っていた。
しかし、アルビオン艦隊に届く前に戦端が開かれ、ステルスミサイルの攻撃が始まった。降伏のため機関を停止した艦もすべて撃沈されている。
降伏を申し出て機関を停止した艦を攻撃することは、ペルセウス腕銀河での慣習法になっている銀河連邦及び銀河帝国の航宙法によって禁じられているが、遠距離での砲撃戦では通信の受領だけでも時間が掛かるため、故意に攻撃を継続していなければ問題ないとされている。
「戦艦からも脱出する者が出ていますし、指揮官の質が低いというのは本当のことのようですね」
その言葉にクリフォードが頷く。
「そのようだな」
「脱出者はこのままにせざるを得ませんが、予定通りに慣性航行を継続しますか?」
クリフォードらは超空間にいる間に様々な状況に対応できるよう対応方針を検討していた。その中には暴走した部隊が予定通りにジャンプアウトしたものの、本隊が体制を整えてジャンプアウトしてくるケースもある。
「そうだ。少なくとも輸送船団がこの星系から脱出できるまでは最後尾で迎え撃つ体制を維持する」
シェンタオ星系の次はランジョン星系であり、艦隊がいるジュンツェン星系の隣になる。輸送任務の妨害という目的を達成しているため、危険を冒してまで輸送船団を追撃するとは考え難い。
「気になるデータを見つけました」
情報参謀のウォルター・リントン中佐がコンソールを操作しながら話し始める。
「敵が発射したステルスミサイルですが、想定していた数より多いようです。艦の外部にミサイル発射管を取り付けていた可能性があります」
ブルーイットが質問する。
「ゼージャン級やビースト級改型で使われた方法と同じか」
ゼージャン級戦艦とビースト級改型重巡航艦はヤシマの造船技師ユズル・ヒラタが設計した新鋭艦だ。ゾンファ軍の弱点であるミサイル攻撃能力を飛躍的に高めるため、ミサイルポッドを艦の外殻に取り付けてある。
これにより、アルビオン艦隊と同等のミサイル攻撃能力を得たと言われるほどだ。
但し、これらの艦は居住性が最悪で、下士官兵たちの反乱の引き金になったため、戦後の補償としてヤシマ軍に引き渡されていた。
「はい。重巡航艦や軽巡航艦からもミサイルが発射されていました。個々の艦の正確な数は分かりませんが、平均すると一艦当たり四基程度のようです」
「駆逐艦はどうだ? 二基より多かったか、ウォルター?」
クリフォードが聞くと、リントンは頷く。
「四基発射している艦もあったようです」
「これはまずい状況です、少将。外付けのミサイル発射管には幽霊改ミサイルが使われていたはずです。ヤシマのコウリュウ型ほどではありませんが、ショウリュウ型と同等の性能があったと記憶しています。どうされますか?」
コウリュウ型は加速性能こそ従来のものと変わりはないが、ステルス機能と人工知能が強化されており、ファントムミサイルより二割程度、命中率が高いと言われている。
ショウリュウ型はコウリュウ型より古いが、自由星系国家連合艦隊の標準ミサイルとして、アルビオン軍のファントムミサイルと同等の性能を持つ。
「厄介だが、ここで分かってよかった。外付けなら一連射で終わるからな」
クリフォードは自信ありげにそう答えた。
内心では危険だと考えていたが、ミサイルの数が分かれば対処は難しくないと思い直したのだ。
「輸送船団よりステルスミサイルの放出を開始したと報告が入りました」
作戦参謀兼運用参謀リンジー・バウケット中佐が報告する。
「了解。ミサイルについては随時位置を確認しておいてほしい。追撃を受けた際の切り札になり得るからな」
「了解しました、少将」
輸送船は補給物資でもあるステルスミサイルを運んでいる。アルビオン王国軍のファントムミサイルもあるが、その多くがヤシマ軍のコウリュウ型だ。
今回、そのコウリュウ型ミサイルを宇宙空間に放出した。
千基近い数のミサイルが護衛艦隊の後方にあり、起動のタイミングさえ間違えなければ、奇襲効果により大きな戦果が上がると考えていた。
ちなみに輸送しているミサイルの数は一万基を優に超えるが、分解されたものも多く、起動可能な状態にするためには専門の掌砲手が必要だ。移動中に訓練を行い、超空間で放出できる状態にしたが、民間船の甲板員ではこれが限界だった。
「各戦隊に連絡。JPから百光秒の位置までは現状の体制を維持せよ」
クリフォードは命令を出すと、メインスクリーンに映るJP付近の状況を見つめていた。
■■■
宇宙暦四五二六年八月十九日。
ゾンファ共和国軍リアンユ星系防衛艦隊司令官ツォン・ダーバオ中将はジャンプアウトを前に、コンソールを見つめながら考え込んでいた。
(スーチュアンと同調した艦は今頃殲滅されているだろう。これは我々が最速でジャンプインしても結果は大して変わらない。全乗組員がソンの命令を聞くとは思えないし、最悪の場合はほとんどの艦長が解任されているはずだ……)
ツォンは激高した艦長の命令に従ってジャンプインしたものの、超空間にいる五日間で冷静な乗組員たちが危険に気づくと考えていた。
(それに最大でも二十光秒程度しか離れていないのだ。コリングウッドが奇策を使わなくとも、烏合の衆に過ぎない彼らがアルビオン艦隊のステルスミサイルと戦艦の砲撃に対応できるはずがない……)
ステルスミサイルへの対応は戦隊単位で行うことが主流になっている。今回は指揮命令系統を構築する時間もなくジャンプインしたため、ジャンプアウト後は個々の艦でミサイルに対応せざるを得ない。
また、〇・一五Cという高速でジャンプアウトしてくるため、ステルスミサイルが加速する時間は短くなり、ステルス性がより維持される。そのため、AIによる予測が難しく、迎撃率は一気に下がる。それらのことからツォンは悲観的だった。
「ジャンプアウトはアルビオン艦隊の約千二百秒後、ジャンプアウト後の速度は〇・〇五Cです。輸送船団の位置は最後尾で四十五光秒ほど。護衛艦隊がどこにいるかが問題ですが、コリングウッド少将なら船団を守るように慣性航行を行っているでしょう」
参謀長のシェン・レー少将が確認するように話し掛けた。
彼はツォンが迷っているのではないかと思ったためだ。
「分かっている。ジャンプアウト後は作戦通りにすれば、コリングウッドを仕留めることができるはずだ」
ツォンは開き直っていた。
既にこちらから攻撃しており、言い訳はできない。戦争の引き金になることが決まっているなら、将兵や国民の士気を高めるため、クリフォードを抹殺することを目標としたのだ。
そのため、ジャンプ前の減速時間を使って作戦を立て、それを艦隊の各艦に通達してある。
もっとも短時間での検討であり、ジャンプアウト後に修正は必要だが、通常の侵攻作戦でも同じであるため、艦隊の将兵に戸惑いはない。
将兵たちもツォンの判断を支持していた。
彼らの目の前でソンが攻撃を行っており、戦争の引き金が引かれたことは明らかだったからだ。それならば、祖国にとって危険な王国の英雄を殺しておく方がよいと開き直っている。
これはツォンが下士官兵たちの心を掴んでいた結果でもあった。
「ジャンプアウトまで一分です」
「了解。雌雄を決する。総員、気合を入れろ!」
ツォンはそれだけ言うと、メインスクリーンを睨みつけていた。
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