第四十四話
宇宙暦四五二六年八月十九日。
クリフォード率いる護衛艦隊はシェンタオ星系にジャンプアウトした。
戦闘指揮所では船外活動用防護服、通称ハードシェルに身を包んだクリフォードたちが席に着いている。
「護衛艦隊各戦隊に命令。〇・〇四Cで慣性航行継続。JPを包み込むように軌道を設定の上、全艦ステルスミサイル発射。プラムリーフ623、ベイリーフ319はジュンツェン星系に向かえ。輸送船団に命令。六百秒後にプランDを実行せよ」
現在の輸送船団の最後尾の速度は〇・〇二光速であり、暴走したゾンファ部隊がジャンプアウトしてくる四百五十秒後では、二十光秒程度しか離れられない。護衛艦隊は輸送船団の盾となるべく、現状の速度を維持したまま輸送船団に近づく。
護衛艦隊の速度が高いのはギリギリまでリアンユ星系に残って牽制していたため、最後は最大加速度の3kGで加速し、ジャンプポイントに飛び込んだからだ。
プランDは予備のステルスミサイルを宇宙空間に放出し、ステルス機雷として使う運用方法だ。輸送船団には補給用のステルスミサイルが一万基ほどあり、そのうちの一部を使用する。
もちろん、輸送船の甲板員はミサイルの運用経験がないため、移動中にアルビオン艦隊の掌砲手が指導を行っている。
計画では一千基ほどのミサイルが放出されることになっていた。
(輸送船の速度がまちまちだ。ヤシマのミサイルの人工知能の能力に期待しているが、奇襲効果以外は見込めないだろうな……)
今のところ、リアンユ星系防衛艦隊から離脱した三十二隻に使うつもりはなく、本隊であるツォン隊に向けて使用するつもりで、ミサイルのAIにベクトルを合わせるように指示してある。
「艦隊の減速を完了しました、少将。速度〇・〇三二Cで慣性航行中、各戦隊の配置も完了済みです」
ジャンプアウトから六分後、作戦参謀兼運用参謀のリンジー・バウケット中佐が報告する。
「了解」
クリフォードは答えながらメインスクリーンのアイコンに視線を向けた。
現在の艦隊の位置はJPから十六光秒、輸送船団の最後尾から六光秒離れている。
「リンジー、我々が発射したステルスミサイルの位置はどうかな?」
「ジャンプポイントから五光秒の位置に散開しています。命令があり次第、突入可能です」
バウケットの言葉にクリフォードは頷く。
「ラングフォード艦長、別動隊のジャンプアウト予定時刻に合わせ、砲撃を開始せよ」
「了解しました、少将! 暴走した連中の驚く顔が見たいものですよ」
サミュエルはニヤリと笑って敬礼する。
ジャンプアウト予定時刻まで一分ほど。十六光秒ほど離れた場所からの砲撃となる。
この攻撃だが、敵の位置が分からない状態での砲撃であり、命中は全く期待していない。
「敵別動隊ジャンプアウトまで三十秒……二十秒、十九……」
情報参謀ウォルター・リントン中佐のカウントダウンが戦闘指揮所に響く。
「第三戦艦戦隊砲撃開始」
クリフォードの声が響く。
「了解しました、少将! 砲撃開始!」
即座にサミュエルが答え、命令を発した。
「全艦手動回避開始」
クリフォードが命令する。
「敵別動隊ジャンプアウト予定時刻です!」
「了解。砲撃を継続せよ」
十六秒後、三十二隻の別動隊がジャンプアウトし、砲撃が開始された。
しかし、既に手動回避も行っているため、直撃はない。王国艦隊の砲撃もすべて空振りに終わるが、ゾンファ側は慌てて回避したため、隊列は広がり始めていた。
「驚いたようですね」
副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐が話し掛ける。
「そのようだな。バウケット中佐、放出したミサイルに起動命令を送信。到達時刻に合わせて全艦で砲撃を行う」
「了解しました、少将。起動命令送信しました」
メインスクリーンではジャンプポイントを包むように展開するステルスミサイルのアイコンが一斉に動き出した。
■■■
宇宙暦四五二六年八月十九日。
ジャンプアウト直前、フージェン級戦艦スーチュアンの艦長ソン・ジジエ大佐は自らに喝を入れつつも迷いがあった。
(攻撃してしまったのだ。今更迷っても意味はない! ここは攻撃あるのみだ! だが、本隊は続いてくれただろうか……)
彼は一時の激情で艦隊から離脱し、命令に反して輸送船団の護衛艦隊に砲撃を行った。その時はリアンユ星系防衛艦隊全体を巻き込むためだったが、超空間に入り冷静になった後、自らの行いに後悔していたのだ。
彼が後悔した理由は戦争の引き金になったこともあるが、それ以上に何の策もなく追撃したため、自分たちが危険だということに改めて気づいたからだ。
〇・一五光速という最大巡航速度に近い高速で超光速航行に移行しており、その速度がジャンプアウト後にも維持される。
一方、輸送船団は〇・〇二Cという低速であり、クリフォード率いる護衛艦隊も同じ速度に調整する。
つまり、前方の防御スクリーンに大きな負荷が掛かった状態で戦闘に突入するだけでなく、三分ほどで護衛艦隊を追い抜き、更に不利な後方から攻撃を受けることになるのだ。
だからと言って、減速のために艦尾を向けることもできない。
戦力差は四倍以上あり、圧倒的に不利な状況だ。
そのため、生き残れる可能性は非常に小さいが、そのことに多くの乗組員が気づいており、士気は最悪だった。
「ジャンプアウトまで二十秒……十秒……五、四、三、二、一、ジャンプアウト」
その直後、メインスクリーンにシェンタオ星系の状況が映し出されるが、敵の状況を確認する前に情報士の焦った声がCICに響く。
「砲撃を受けています!」
その言葉にソンは慌てる。
「何!」
しかし、すぐに状況を確認し、タイミングを計って撃ち込まれただけだと看破する。
「山勘で撃ってきたにすぎん! 各艦砲撃を開始せよ! 幽霊ミサイル全基発射! 本隊がジャンプアウトするまでに少しでも敵に損害を与えるぞ!」
ソンの命令に他の艦も従うが、すべての艦ではなかった。
「チャンムー、ルス、チャオジア……計八隻が機関停止! 降伏する旨の信号を発信しました!」
重巡航艦チャンムー、軽巡航艦ルス、チャオジアを含む駆逐艦六隻では、副長以下が司令部の命令を無視した艦長を解任していたのだ。
「何をしている! ここまで来て降伏だと!」
その他の艦では攻撃を開始するものの、絶望的な状況に士気が上がらない。
「スウン、撃沈! フーディエ、連絡途絶!……」
軽巡航艦スウンと駆逐艦フーディエが撃沈された。
「砲撃を続けろ! 今更針路を変えても意味はない! 突破するしかないのだ!」
ソンが吼えるが、すぐに情報士が悲痛な声で報告する。
「敵ステルスミサイル接近! 六百基以上!」
「このタイミングで……」
ソンは想定より三分以上早いタイミングでのミサイル攻撃に一瞬言葉を失った。それでもすぐに迎撃を命じる。
「迎撃を開始せよ!」
その直後、大きな衝撃がCICを襲った。
非常灯に切り替わり、人工知能の中性的な声が響く。
『艦首ブロック及び左舷Dデッキ減圧確認。自動隔離開始。線量率異常高警報発信中。当該ブロック付近の乗組員は……』
アルビオン艦隊の砲撃が直撃したのだ。
「主砲損傷! 防御スクリーン、A系列停止! B系列も持ちません!」
「対消滅炉過負荷停止! 再起動シーケンスに入りません!」
「ミサイル接近! 無理だ! 助けてくれ!」
悲痛な叫びがCICを支配する。
『格納庫ハッチ開放。大型艇及び雑用艇発進。脱出ポット射出確認……』
AIの報告にソンが気づく。
「勝手に逃げ出したのか! 敵前逃亡だぞ!」
その十秒ほど後、更に大きな揺れが襲う。
ソンは激しく揺れるシートにしがみつきながら、命令を出した。
「総員、退艦せよ……」
しかし、その決断は遅すぎた。
命令を出した直後、艦内で大きな爆発が起き、スーチュアンは二つに折れ、その後爆発する。
航法長ドン・ジョンは雑用艇から爆発するスーチュアンを見つめていた。
彼は謹慎を命じられた後、密かに下士官たちと話し合い、ジャンプアウト直後に脱出したのだ。
(馬鹿な男だ。祖国を危機に陥らせただけで何もできなかった。こうなることは分かっていただろうに……それにしてもコリングウッド少将は冷徹だな。ジャンプアウト後に交渉する素振りすら見せずに徹底的に攻撃したのだから……結局全滅か……脱出を選択して正解だったな……)
ドンはソンの指揮権を奪うという選択をしなかった。
理由はジャンプアウト後に急速に接近するため、交渉する時間があるとは思えなかったためだ。
実際、降伏を申し出た艦もすべて撃沈されている。
既にミサイルを起動しており、降伏を申し出たタイミングでは止めようがないからだ。
(無駄死にだな。こんな連中が指揮を執っているのに精強なアルビオン王国艦隊と戦おうなど笑い話にもならん……)
ドンはソンのことを心の中で嘲笑した後、降伏する旨の通信を行った。
「ゾンファ共和国軍リアンユ星系防衛艦隊所属のドン・ジョン少佐である。アルビオン王国軍に降伏する。脱出した将兵を含め、寛大な措置を求める」
彼は通信を送り終えると、静かに目を瞑った。
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