第四十三話
宇宙暦四五二六年八月十四日。
クリフォード率いる護衛艦隊は超空間に突入した。
クリフォードは表情を引き締めたまま、情報参謀のウォルター・リントン中佐に命令を出した。
「ウォルター、輸送船団とゾンファ艦隊の情報を整理しておいてくれ。それが終わり次第、シェンタオ星系での方針を検討する」
「了解しました、少将!」
リントンが答えると、参謀長のアンソニー・ブルーイット大佐がクリフォードに声を掛ける。
「情報の整理に時間が掛かるでしょうから、コーヒーでも飲んで一服しましょう」
クリフォードは深刻そうな顔をしていたことに気づき、笑みを浮かべる。
「そうだな。これから五日間は超空間の中だ。慌てる必要はないな」
そんな話をしていると、旗艦アガメムノン96の艦長サミュエル・ラングフォード大佐が報告してきた。
「第一種戦闘配置を解除し、シフト体制に移行しました。作戦の検討なら旗艦の士官も手伝いますよ」
「それは助かるよ、サム」
ブルーイットが持ってきたコーヒーを置きながら会話に加わる。
「まさか攻撃してくるとは思いませんでしたね。あれはツォン司令官に覚悟を決めさせるつもりだったのでしょうか?」
その問いにサミュエルも頷く。
「私もそう思う。こちらに勝つつもりなら、あのタイミングで攻撃するのは悪手だ。私ならジャンプアウト後に交渉の余地があると思わせるための通信を入れただろう。そうすれば、シェンタオ星系にジャンプアウトした我々は船団の最後尾で殿を務めるのか、それともジャンプポイントで迎え撃つのか、迷ったはずだ。いずれにしても敵は有利な状況で攻撃を仕掛けることができた」
サミュエルの言葉にクリフォードも頷く。
「私もサムと同じ考えだ。ジャンプインのタイミングで“攻撃の意図はなかった”という通信が入れば、JPで待ち受けて先制攻撃を加えるという選択肢を採りにくかった。しかし、既にこちらは攻撃を受けている。先制攻撃をためらう理由はなくなったからな」
「追撃してくるとお考えですか?」
サミュエルが質問する。
「追撃があると考えておくべきだろう。あそこでジャンプをやめられるなら、そもそも攻撃などしてこなかったはずだ。あとはゾンファ艦隊がどこまで組織的に行動してくるかだ。ツォン中将が暴走した艦を切り捨てるという非情な決断をしたら、こちらは厳しくなる」
その言葉にブルーイットが頷く。
「暴走した三十二隻を囮にして、それに我々が対応しているタイミングを見計らって、本隊がジャンプアウトしてきたら対応できません。向こうはタイミングを自由に選べますが、こちらはいつジャンプアウトしてくるのか分からない状況ですから」
そこに副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐も加わってきた。
「主導権を握られているということですか?」
「そうなるな。先行していた三十二隻は速度を保ったままジャンプインする。そうなると、船団を守るために我々護衛艦隊が盾になる必要がある。ベクトルが分かっている状況だから、どこで迎え撃つか予想できるが、こちらは敵本隊がどの速度でどのタイミングで、そのようなベクトルを持ってジャンプアウトしてくるか分からない。数的にも優勢な敵に主導権を握られているということだ」
ブルーイットが苦々しく答えた。
そんな話をしていると、リントンと作戦参謀兼運用参謀のリンジー・バウケット中佐が話に加わる。
「情報の整理が終わりました」
リントンが報告すると、バウケットが付け加える。
「ツォン司令官の情報をデータベースから拾い上げてきました」
「ウォルター、リンジー、ありがとう。では、まずはリンジーから話を聞こうか」
クリフォードがそう言うと、バウケットがコンソールを操作し始める。
「ツォン・ダーバオ中将の情報ですが、それほど多くありませんでした。年齢は三十六歳。三年前の第二次タカマガハラ会戦時はフージェン級戦艦フーペイの艦長としてフェイ・ツーロン艦隊に属していたそうです。三十三歳という若さで戦艦の艦長でありながらも国家統一党とは距離を置いていたようです。優秀な士官であったことは間違いありません」
「党の有力者の血縁でもなく三十三歳で戦艦の艦長か……第一次ヤシマ侵攻作戦で多くの士官を失ったとはいえ、本当に若いな」
ブルーイットの感想に全員が頷く。
「停戦後は二階級特進で少将となり、フェイ司令長官の幕僚として艦隊再編にあたっていたようです。その後、フェイ長官が病気療養に入ったタイミングで中将に昇進、リアンユ星系防衛艦隊司令官に就任しました。ですので、司令官としての経験はほとんどないようです。情報部の調査ではフェイ長官と同様に下士官兵たちに支持されており、注目すべき人物であるとありました。以上です」
「ありがとう、リンジー。なかなか優秀な人物のようだ。参考になったよ」
「追加情報ですが、参謀長のシェン・レー少将についても少しだけですが情報がありました。年齢は三十七歳。元艦隊司令長官マオ・チーガイ上将の下で長く参謀を務めていたようです。ジュンツェン星系会戦に参謀として参加し、王国艦隊の失策を見逃さず適切に献策を行ったとあります」
マオ・チーガイはゾンファ共和国軍の穏健派と呼ばれる派閥に属していた名将だ。二度に渡るジュンツェン星系会戦において不利な状況にもかかわらず、艦隊の全滅を防いでいる(第三部参照)。
「マオ上将の元参謀か……それは侮れないな」
クリフォードはジュンツェン星系会戦を思い出していた。
彼の言葉にブルーイットが頷く。
「マオ上将は冷静かつ合理的な判断ができる指揮官でしたね。その幕僚ということは暴走した味方を囮にするという作戦を実行してくる可能性は否定できません」
「そうだな。そのことを考える前にゾンファ艦隊についての情報を確認したい。ウォルター、よろしく頼む」
「はい、少将! 暴走したと思われるゾンファ艦についてですが、フージェン級戦艦一、武器級重巡航艦四、鳥級軽巡航艦七、虫級駆逐艦二十です。あのままの状態でFTLに移行した場合、我が艦隊より約四百五十秒後、速度は〇・一五光速で超空間に突入します。本隊はその五十秒後、速度は同じく〇・一五Cです」
ブルーイットがその情報に渋い顔になる。
「四百五十秒か……速度は我々の三倍以上だが、護衛艦隊だけならベクトルを変えれば、最初の一撃を躱すことは難しくない。だが、それをやると船団は確実に攻撃を受けてしまうな……」
バウケットが疑問を口にする。
「そもそも暴走した敵艦が船団を追うのでしょうか? 護衛艦隊を殲滅すれば、鈍足の輸送船を沈めるか拿捕することは難しくありません。恐らく、我々の方に向かってくると思います」
その言葉にサミュエルが頷く。
「リンジーの言う通り、我々の方に向かってくるだろうが、理由は違うな。恐らくだが、狙いは少将の命だ。少なくとも暴走した連中は合理的に考えて行動しないだろう。その前提で考えた方がいい」
「確かにそうですね。そうなると、我々が囮になるということもあり得ます」
「それは難しいと思うな」
「それはどうしてでしょうか、艦長? 暴走した艦に本隊も引きずられると思うのですが」
サミュエルは冷静に説明していく。
「暴走した連中もFTL中に落ち着くかもしれない。こちらが退避すれば、本隊を待つために一旦距離を取ろうとするだろう。それに俺がツォン中将ならタイミングをずらしてジャンプインし、我々が船団の盾にならざるを得ないように誘導する。少将が船団を見捨てることはないから、それを見越して有利な状況に引き込むことができるからな」
二人の会話を聞きながら、クリフォードは考えていた。
(サムの言うことはもっともだな。暴走した艦長たちも冷静さを取り戻すだろうし、攻撃しかないとツォン中将が考えれば、最も効果的な方法で護衛艦隊を排除しに掛かるはずだ。それに対して、我々に採れる選択肢は少ない……)
その後、議論を行いながら、作戦を立てていった。
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