第四十話
宇宙暦四五二六年八月十四日。
クリフォード率いる護衛艦隊がジャンプアウトしてから一時間後、ゾンファ共和国軍リアンユ星系防衛艦隊司令官ツォン・ダーバオ中将はメインスクリーンに映っているゆっくりと前進する輸送船団と護衛艦隊のアイコンを見つめていた。
(護衛艦隊の司令官はコリングウッド……ここで討ち取りたいが、祖国を危機に陥らせるわけにはいかない……)
ツォンは第二次タカマガハラ会戦で兄と弟を失っている。その原因は会戦の最終盤で艦隊が混乱し、艦が沈められたことだが、クリフォードが考えた下士官兵による反乱がなければ生き残っていた可能性が高く、クリフォードに対し強い恨みを抱いた。
しかし、冷静かつ合理的な彼はクリフォードの策が祖国の体制を利用したものであり、それを一方的に非難できないとも考えている。
一方で、クリフォードがこのまま出世していけば、祖国の障害になると考えており、早い段階で排除できればとも考えていた。
(しかし、王国もわざわざコリングウッドを派遣しなくてもよいだろうに……部下たちが暴走しなければよいが……)
ツォンはクリフォードに対する恨みに折り合いを付けているが、部下も同じだとは考えていなかった。
思索に耽っていると、参謀長であるシェン・レー少将が声を掛けてきた。
「司令官、艦隊を前進させますか?」
シェンはツォンより一歳年上の三十七歳。小柄でやや長い黒髪、優しい表情を浮かべていることが多く、軍人というより荒事とは無縁の音楽か美術の教師のように見える士官だ。
「そうだな。臨検が始まったところで、一光分の位置まで前進させよう。証拠が見つかったとして攻撃に移ると言っておけば、暴走を抑えることができるだろうからな」
「そうですね。既に多くの艦から直ちに攻撃すべきという上申が来ていますから」
ツォン艦隊は戦艦二十隻、重巡航艦六十隻、軽巡航艦八十隻、駆逐艦百五十隻、スループ艦十隻、輸送艦等補助艦艇三十隻の計三百四十隻。
戦艦を含め、多くの艦長が二十代後半から三十代前半であり、四年前の大敗北で下士官たちに拘束された者や勝手に降伏されて捕虜になった者が多くいる。
反乱では艦長や副長といった佐官級の士官の多くが下士官たちによる私刑によって命を落としたが、彼らの多くは尉官であったため、屈辱的な扱いを受けつつも生き残れた。そのため、下士官たちを扇動したクリフォードに対し、強い恨みを抱いている者が多かった。
「攻撃する意思は見せておくべきです。そうしなければ勝手に離脱しかねませんし、奇策を使ってくるコリングウッド少将に付け入る隙を与えかねませんから」
「その通りだな。各戦隊には船団に混乱を与え、その状況を確認した上で命令を出す。コリングウッドが何をしてくるのか見極めなければ罠に嵌まるからと伝達してくれ。これである程度はコントロールできるだろう」
「了解しました」
シェンは各戦隊に命令を送った。
それを終えると、彼は疑問を口にする。
「向こうは臨検に応じましたが、こちらはどうしますか? 我々から先制攻撃を加えることはできませんし、仮に攻撃するにしても戦艦を含む二百隻近い護衛艦を全滅させることは不可能です。用意している策を使ったとしても結果は同じでしょう。落としどころを考えておくべきではありませんか」
シェンの言葉にツォンは頷く。
「もう少し挑発して船団を引き返させるしかない。コリングウッドが先に手を出すとは考えられないし、輸送の妨害が成功すれば、部下たちもある程度留飲を下げるだろう。総司令部に対しても挑発したが、相手が手を出さなかったといえば、私に対する譴責程度の処分で済むはずだからな」
「それが現実的な対応でしょう。問題はコリングウッド少将がどのタイミングで引き返す決断をするかです。コリングウッド少将は策士ですが、豪胆な人物としても有名です。臨検の後に言いがかりを付けるくらいでは引き返さない可能性が高いと思います」
「船団に危機が迫っていると認識させなければならないが、こちらに攻撃の意思がないと看破されれば睨み合いになるだけだ。そうなったら統制が取れていない我々の方が危険だ。しかし、相手はこちらの権限を認め、臨検を受け入れた。これ以上、危機感を募らせる方法は思いつかないな」
ツォンはクリフォードが臨検を拒否してくると考えていた。彼自身、完全な言いがかりであり、停戦協定に明記された行動を採っている輸送船団がそれを受け入れることは王国政府のメンツに関わるからだ。
ツォンの迷いがこの後、大きな事態を引き起こすことになる。
■■■
クリフォードはツォンの考えを計りかねていた。
(臨検はただの嫌がらせだ。すべての船を調べたとしても口実に使った陸兵どころか、陸戦用の武器すら見つからないのだから。だとすれば、無駄に時間を費やすことの意味は何だろうか?……)
悩んでいるクリフォードを見て、副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐が話し掛ける。
「ゾンファ軍の狙いが分かりませんね。確かにこちらは脆弱な駆逐艦が主体ですが、ゾンファが得意とする砲撃戦で全滅させることは不可能です。ステルスミサイルの性能も劣っていますし、船団を守りながらでも半数程度は撤退できるはずですから」
ゾンファ軍は伝統的にビーム兵器による砲撃戦を得意とする。また、ゾンファ軍の標準的なステルスミサイルである“幽霊ミサイル”は王国軍の標準的なミサイルであるファントムミサイルの劣化版と言われていた。
「その認識は改めた方がいいかもしれない」
「どういうことでしょうか?」
「確かに以前のゾンファ軍は砲撃戦を主体としていた。しかし、ヤシマの技術を強奪してから八年も経っている。ミサイルの性能が飛躍的に向上していてもおかしくはない」
SE四五一八年に行われたゾンファのヤシマ侵攻作戦では多くの研究者や技術者が拉致されている。ヤシマの技術者たちも積極的に協力したわけではないが、家族を人質に取られており、ゾンファの技術力は大きく向上した。
「戦闘艦の戦闘力が飛躍的に上がっていましたね。そうなると少将のお考え通り、ミサイルの性能が上がっていてもおかしくはありません。ですが、ミサイルは駆逐艦にしか搭載できません。その駆逐艦も百五十隻だけです。虫級のミサイル発射管は二つしかありませんから一連射で三百基。十分に対応できる数です」
「ヴァルの言う通りだが、どうしても引っかかる。ゾンファ艦隊の巡航艦は以前からある武器級と鳥級だ。改造を施す余裕があるとは思えないが、何か隠し玉があるような気がして仕方がないんだ」
ゾンファ軍の標準的な重巡航艦であるウェポン級と軽巡航艦であるバード級にミサイル発射管はない。
「船団を狙っているということでしょうか?」
「それも考え難いんだが……」
そこまで言ったところで作戦参謀兼運用参謀のリンジー・バウケット中佐が報告を上げてきた。
「輸送船団が所定の位置に到達しました。ゾンファ艦隊からスループ艦十隻が接近してきます」
「了解。ウォルター、ゾンファ艦隊から目を離すな。動きがあればすぐに報告してくれ」
「了解しました、少将!」
ウォルター・リントン中佐が大きな声で了解する。
「ジャンプアウトから四十五分か……これで何かあってもジャンプで逃げられますね」
参謀長のアンソニー・ブルーイット大佐が話し掛けてきた。
「そうだな」
クリフォードはそう言って頷くが、メインスクリーンに映るゾンファ艦隊を見つめていた。
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