第三十九話
宇宙暦四五二六年八月十四日。
クリフォード率いる護衛艦隊がリアンユ星系にジャンプアウトした。
その直後、メインスクリーンにゾンファ軍の艦船を示すアイコンが映し出される。
「ゾンファ共和国軍を示す敵味方識別信号を確認! 総数三百四十! 距離約二光分! 航路上で遊弋中です!」
情報参謀のウォルター・リントン中佐が報告する。
その報告に被るように副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐の声が響く。
「スループ艦チェリーリーフ119より通信が入りました」
「繋いでくれ」
『チェリーリーフ119の艦長ジェイミー・ムーア少佐です』
三十代前半の女性士官がスクリーンに映し出される。その表情には安堵が見られた。三百隻以上のゾンファの戦闘艦と対峙しながら、ジャンプポイントに二日間も待機していたからだ。
「状況を報告してくれ」
『はい、少将。八月十二日標準時間〇八〇五に、小惑星帯よりゾンファ共和国軍リアンユ星系防衛艦隊が出現しました。ステルス機能を使って潜んでいた模様です。その後、司令官ツォン・ダーバオ中将より、ゾンファ星系への輸送船団に大量の陸兵を輸送している疑いがあるため、臨検を実施すると通告が入りました。小官から停戦協定に基づく輸送行為であり、ゾンファ共和国軍に臨検の権限はないと主張しましたが、ツォン中将は船団の指揮官と直接話すとだけいい、その後は何の連絡も入っておりません。ゾンファ艦隊については可能な限り情報収集を行っており、データは艦隊司令部に送付済みです。報告は以上です』
ムーアの主張は正しく、平和維持軍であるゾンファ星系派遣艦隊の行動は停戦協定で認められたものであり、その艦隊に対する補給行為も同様に認められたもので、ツォンの主張に正当性はない。
「了解した。すぐにツォン中将から連絡が入るだろう。ゾンファ艦隊の情報収集はよくやってくれた。本時刻をもって艦隊に復帰してくれ。ご苦労だった」
「了解しました、少将」
通信が切れると、参謀長のアンソニー・ブルーイット大佐が話し掛けてきた。
「嫌がらせでしょうか?」
「その可能性は否定できないが、三百隻以上の戦闘艦をわざわざ隠していたことが気になる」
そんな話をしていると、ゾンファ艦隊から通信が入った。
『アルビオン王国艦隊に告ぐ。小官はゾンファ共和国軍リアンユ星系防衛艦隊司令官ツォン・ダーバオ中将である。貴艦隊のスループ艦に伝達した通り、アルビオン王国及び自由星系国家連合が輸送船団と主張する船団に、事前通告にない兵士が大量に乗っているという情報が入った。事実であれば、平和条約の精神を無視した行為である。よって、我が国の正当な権利に基づき、事実確認のため、臨検を実施する。船団は臨検を受けるため、シェンタオJPより一光分移動し、動力を停止して待機すること。以上』
ツォンはがっしりとした体格と短い黒髪で厳しい表情で主張した。まだ三十六歳に過ぎないが、その堂々たる態度にゾンファ艦隊では喝采の声が上がっている。
クリフォードはその主張に対し、すぐに反論した。
「小官はアルビオン王国軍キャメロット防衛第四艦隊のクリフォード・コリングウッド少将である。本船団はアルビオン王国及びFSU両政府によって編成されたものであり、停戦協定に基づいて事前通告した物資を運搬している。これは貴国政府との間で合意されたものであり、貴官の主張に正当性はない。貴艦隊は速やかに航路より離れることを勧告するものである」
二光分離れているため、返答には最短でも四分かかる。その時間を利用し、クリフォードは各戦隊に命令を出した。
「船団が到着するまでは第一種戦闘配置のままJPにて待機。ゾンファ艦隊に動きがあれば、それに対応するが、ゾンファ艦隊が敵対行動を採らない限り、当方より攻撃を加えることは厳禁とする」
ジャンプアウト後の奇襲を考慮し、すぐに戦闘に入れる第一種戦闘配置を取っていた。
命令を出した後、作戦参謀兼運用参謀のリンジー・バウケット中佐が意見を具申してきた。
「ツォン中将が本星系の最高司令官であるならば、臨検の権利をゾンファ艦隊が有していることになります。完全に否定することは攻撃の口実を与えかねません」
主権国家であるゾンファ共和国の領土内であり、治安維持権限を持つ政府関係者の要請であるため、一般的にはバウケットの主張は正しい。但し、今回は停戦協定に違反したゾンファに対する懲罰の一環であり、拒否することは可能だ。
「拒否することは可能だが、ゾンファ軍の将兵の感情を考えるとリンジーの提案通りにすべきだろう。だが、船団をJPから離すことは危険すぎる。臨検を受けるにしてもJPで待機し、スループ艦を派遣させるよう交渉すべきだな」
クリフォードはいつでも脱出できるJPから船団を動かすことは危険だと考えていた。これはツォンに攻撃の意思がなくともゾンファ将兵が暴発することを恐れたためだ。
「ツォン中将に告ぐ。臨検については認めるが、輸送船の加速力は小さく、移動に時間を要する。よって、貴艦隊よりスループ艦を派遣し、調査を行うことを提案する。なお、駆逐艦以上の戦闘艦が一光分以内に接近した場合は敵対行動と判断し、本艦隊は適切な行動を採ると伝えておく」
四分後、ツォンからの返信が入る。
『JPでの待機は後続船との衝突を誘発する恐れがあるため、認められない。JPより十光秒前進し、機関を停止して待機せよ』
JPの平均的な大きさは三光秒(約九十万キロメートル)にも達するため、二千隻程度の船団が待機していても衝突の可能性は限りなくゼロだ。しかし、不測の事態を避けるため、ジャンプアウト後は速やかにJPから離れることは常識であり、ツォンの要求は不合理なものではない。
クリフォードは受諾するか迷っていた。
(十光秒とはいえ、低速の輸送船ではJPに逃げ込むのに移動だけでも二十分近い時間が必要だ。命令を出しても即座に反応できない船がいることも考えれば、三十分程度は必要だろう……)
〇・五kGの加速力しか持たない輸送船では停止状態から十光秒進むには単純に千百秒ほど必要になる。それに加え、命令を受領し動き出すには最短でも一分程度は必要になる。
また、民間船の船長は軍艦の艦長と異なり、突発的な命令に即座に従うという習慣がない。特に単独で行動することが多い独立系の商船の船長は命令を受けても無視する可能性が高い。
よってJPに到達するまでに三十分、千八百秒が必要になるというクリフォードの考えは楽観的な数字と言っていい。
「ツォン中将はこちらに配慮してきました。これを否定すればゾンファ将兵の感情を逆撫ですることになりかねません。それにジャンプアウト後の一時間はジャンプインできないのです。十光秒移動するのに最短でも千五百秒必要です。船団全体が動くことを考えれば、その倍の時間が掛かっても言い訳はできます。時間稼ぎのために認めるべきだと考えます」
バウケットが冷静に指摘する。
FTLは超光速航行用機関を使用するが、超空間を航行するとFTLDに一種の“歪み”のようなものが残る。その歪みが残った状態で超空間に再突入すると、最悪の場合、超空間から出られなくなる。
クリフォードは即座に頷く。
「リンジーの言いたいことは理解した。確かに時間稼ぎが必要だな」
そして彼はツォンの指示を受領する旨、通信を行った。
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