第三十四話
宇宙暦四五二六年六月五日。
ゾンファ共和国軍リアンユ星系防衛艦隊の司令官ツォン・ダーバオ中将は星系図を見ながら思索に耽っていた。
(そろそろ王国が動くはず。戦争にならなければよいが……)
リアンユ星系はゾンファ星系から十四パーセク(約四十六光年)、ジュンツェン星系からは十六パーセク(約五十二光年)という中間地点に当たり、ゾンファ軍の基地が存在する。
基地と言っても補給用の物資を保管する倉庫と百隻程度の船の補修が可能なドック群があるだけの簡易なものだ。
リアンユ星系防衛艦隊という名だが、実際には航路の安全を守る警備隊に過ぎない。
そのため、本来であれば重巡航艦を旗艦とした百隻程度の部隊なのだが、その三倍以上の約三百四十隻に規模が拡大している。
これはゾンファ艦隊司令長官代理ジャオ・ジェンピン上将が指示したためだ。
ジャオはツォンにある命令を出している。
『王国艦隊がゾンファ星系に派遣される。その数は謀略が成功すれば、最大で五個艦隊。更に輸送艦隊は同行せず、補給部隊が派遣されることになる。君はリアンユ防衛艦隊司令官としてリアンユ星系に赴き、そこでその補給部隊を殲滅してほしい』
ツォンはその言葉を聞き、驚くと共に怒りを覚えた。
『上将は戦争を起こすつもりですか! 補給部隊を殲滅したとしても王国艦隊はギリギリジュンツェン星系に戻ることができるんですよ! そうなったら本格的な侵攻作戦に切り替わります! 今の我が国に王国の艦隊と戦う力がないことはお分かりでしょう!』
その言葉にジャオは表情を変えることなく頷く。
『そのようなことは理解している。私もこの作戦には反対なのだから』
『ではなぜ?』
『現地の判断で攻撃を取りやめればよい。補給部隊に隙がなく、目的を達成する可能性が低いため、攻撃を中止したとすれば、政府も何も言えないのだからな』
その言葉にツォンは毒気を抜かれた。
『つまり、取りやめることを前提に艦隊を動かすと……』
『その通りだ。王国にはハースやユーイングといった優秀な指揮官がいる。政府は謀略によって護衛を減らすと豪語しているが、仮にそれが成功したとしても、何らかの理由を付けて万全の状態にしてくるはずだ。もっとも謀略で王国政府が護衛を減らすことが可能とは思えんがな』
ジャオは元政治局長ファ・シュンファが命じた謀略が成功するとは思っていなかった。いくら政権が変わったとはいえ、補給を軽視するような愚かな真似をするとは考えられなかったからだ。
ツォンはジャオが今の政府が危ういと考えていることに気づいた。
彼自身、ジュンツェン星系への艦隊の派遣は国民感情的に仕方がないと思いながらも、もう少しやりようがあったのではないかと考えている。
『承知いたしました。リアンユ星系防衛艦隊司令官を拝命したします。また、後日通過するであろう王国の補給部隊に対し、殲滅が可能であれば攻撃を敢行いたします』
『それでいい。部下を確実に掌握してくれ。万が一暴走したら、戦争の引き金になるのだからな』
ツォンは艦隊を率い、リアンユ星系に入ったが、補給基地に艦隊を駐留させるだけで、特に何も命じなかった。
部下たちはそのことに疑問を持つが、極秘任務ということで理由を知ることはなかった。
六月六日、ジュンツェン星系を発した情報通報艦の情報がリアンユ星系に届いた。
『去る五月十七日、アルビオン王国艦隊約二万五千、ヤシマ艦隊約二万三千がジュンツェン星系にジャンプアウト。艦隊に降伏を要求すると共にJ5要塞の破棄を命じた。また、平和維持軍と称する両艦隊がゾンファ星系に向かうことを明言……』
その情報を聞いたツォンは命令を出した。
「リアンユ星系防衛艦隊は小惑星帯に移動。その後、ステルス機能をフル稼働させ、平和維持軍と称する連合艦隊をやり過ごす」
部下たちはその命令に疑問を持った。
僅か三百四十隻では存在を隠したとしても伏兵としては少なすぎるし、王国艦隊の連絡線を断ち切るだけなら、ジャンプポイントに数隻の駆逐艦を配置すればよいからだ。
ツォンは部下から理由を問われたが、総司令部からの極秘命令としか答えなかった。
四日後の六月十日。アデル・ハース大将率いるゾンファ星系派遣艦隊がリアンユ星系を通過した。
航路を中心に多数の偵察艦が索敵を行ったが、航路から離れた小惑星帯に隠れているリアンユ星系防衛艦隊を発見することはできなかった。
■■■
宇宙暦四五二六年六月二十九日。
ゾンファ星系派遣艦隊はゾンファ星系に隣接するシーダオ星系に到着した。
ハースは第八艦隊ノーラ・レイヤード大将、ヤシマ第三艦隊司令官レイジ・アベカワ大将、同第四艦隊司令官サモン・ヤマウチ大将を集め、最後の調整を行った。
ヤシマ艦隊だが、当初アルビオン王国軍がゾンファ派遣艦隊に要求したのは、トモエ・ナカハラ大将の第一艦隊とアベカワ大将の第三艦隊だった。この二人はヤシマ軍人の中で王国軍が信頼できる三人のうちの二人であるためだ。
ちなみにもう一人のサブロウ・オオサワ大将は体調不良により艦隊司令官を退き、ヤシマに留まっている。元々オオサワは病気療養で軍を離れていたため、ゾンファが侵攻してきた際に生き残ったが、ゾンファと帝国との厳しい戦いの連続で、心身ともにすり減らし限界に達したのだ。
ヤシマ艦隊の総司令官はナカハラであり、ハースは彼女と交渉すれば要求通りになると考えたが、参謀長のマモル・ヤエガキ大将が反対した。
『戦闘の可能性が低いとはいえ、ジュンツェン星系にゾンファ艦隊のほぼすべてがいる状況です。ユーイング提督の力量は充分に承知していますが、ナカハラ大将とアベカワ大将の両方をゾンファに派遣することはジュンツェン星系側の戦力を落とすことにもなりかねません』
『ゾンファ星系の方が遥かに危険です。共に戦ったことがある、お二人以外では考えられません。ご再考いただけませんか』
『恥ずかしい話ですが、我が艦隊は急速に拡大したため、艦隊司令官の能力に疑問を持たざるを得ません。ナカハラ、アベカワ両大将以外でゾンファ星系まで艦隊を率いることができるのはヤマウチ大将のみ。そうなると、ナカハラ大将をジュンツェン星系に残さなければ、ジュンツェン側の三個艦隊が戦力とならなくなる可能性が高いと考えます』
そこまで言い切られたため、ハースも引き下がるしかなかった。
ヤマウチは第二次タカマガハラ会戦でナカハラの下で分艦隊を率いた良将だ。豪放磊落な性格でありながら緻密な戦術を駆使できる頭脳を持ち、四十二歳と若いながらも次代のヤシマ艦隊を率いる人物として頭角を現しつつあった。
巡航航行に入ったところで、ハースの旗艦キング・ジョージ級プリンス・オブ・ウェールズ03の司令官室に三人を迎えた。
「お忙しいところ、わざわざ来ていただき、申し訳ありません。直接顔を見ながらお話しできる機会はこの先、当分ありませんので無理を言わせていただきました」
その言葉にアベカワが微笑みながら答える。
「今のところ何も問題は起きていませんから問題ありませんよ。私としてもハース提督の考えを伺っておきたいと思っていました」
その言葉にレイヤードとヤマウチが同時に頷く。
「そう言っていただけますと助かります。では、今後について確認させていただきます」
そう言って副官に目配せを行う。
副官はコンソールを操作し、スクリーンに資料を投影する。
「ゾンファ星系の最新情報が入りました。戦闘艦は約一万二千隻、三個艦隊の編成のようです。すべて主星ゾンファの衛星軌道上に展開し、演習を繰り返しているとのことでした」
この情報だが、ゾンファ星系に残っていた駐在武官が入手し、先行させた偵察艦がもたらしたものだ。
スループ艦を先行させても拿捕ないし撃沈される恐れがあり、摩擦を大きくしかねないと外交使節団のキンバリー・レストン外務卿が反対した。それに対し、ハースは笑みを浮かべて問題ないと説明した。
『平和条約で認められた緊急時の連絡艦として十隻のスループ艦を派遣します。これを拿捕することは明らかな敵対行為ですから、実行されることはないでしょう。仮に拿捕に踏み切った場合は、そのことをもって恫喝すればよいだけです。ゾンファの国民も目の前で明らかな敵対行為が行われれば、政府のやり方を非難するのではありませんか』
『なるほど。直接的な脅威とならないスループ艦を拿捕しても、フラストレーションが溜まった国民は喝采しないし、今回の行動に疑問を持っている国民はより批判的になるということですね』
ハースはその言葉に静かに頷いた。
派遣したスループによってもたらされた情報に三人の司令官は眉を顰める。
「定数に満たないとはいえ三個艦隊ですか……想定内で最も多い数です。拙い状況ですな。衛星軌道上の軍事衛星を考えれば、我々を凌駕する戦力と言えますから」
ヤマウチの指摘にハースは首を横に振る。
「ジャンプアウト後に精査しなければなりませんが、恐らくブラフです。戦力となり得るのは八千隻程度でしょう」
その言葉にレイヤードが真面目な表情で質問する。
「その根拠は何だろうか? 賢者殿の言葉とは言え、信じがたいのだが」
レイヤードは“鉄の女”という異名を持つ冷静な指揮官だ。奇抜な戦術が多いハースと異なり、教科書通りといわれるほど堅実な戦術で成果を上げているが、士官学校の同期であるハースとは仲が良い。
「半年前の情報では六千隻にも満たない数しか残っていなかったはずです。それが一気に倍になりました。隠していたとしても、数十万の将兵を掻き集め、戦力とするには無理があります。人工知能による自動操縦でそれらしく見せているのでしょう」
一個艦隊五千隻を組織するためには六十万人ほどの将兵が必要とされる。航宙技術者が多くいるゾンファといえども、これだけの数の技術者を集め、戦力化することは困難だ。特に以前から不足していた士官を集めることは不可能に近い。
その説明にアベカワが納得する。
「確かにそうですね。元々ゾンファ艦隊は人員不足でした。冷静に考えれば、兵はともかく士官が足りないことは容易に想像できます」
「我々がゾンファ星系にジャンプアウトするまでに、ゾンファ艦隊は隊列を組んで動きを止めます。ですので、数さえ揃えておけば、それがすべて戦力だと思い込むことを期待したのでしょう」
全員が頷く。
「皆さんにお願いしたいことは、これまで何度も言ってきたことですが、物資の節約に努めていただきたいということです。最悪の場合、現有の物資でジュンツェン星系まで戻らなくてはなりません。エネルギーについては特に気を付けていただきたいと思います」
ジュンツェン星系を出発する前に伝えていたが、ハースはそれを念押しする。
これまでも本来であれば艦隊での訓練を行うのだが、エネルギーを消費しないシミュレーション演習しか行われず、無駄な機動は控えていた。
食糧については、ゾンファ星系でも入手することは不可能ではないが、安全が担保できない。そのため、消耗品である予備のステルスミサイルを減らし、より多くの食糧を輸送艦に積み込んでおり、エネルギーより余裕はあった。
「ゾンファ星系に入った後は本星軌道まで進出し、警戒を強めます。あとは外交使節団の働き次第ですが、戦場だと考えて部下たちの手綱はしっかりと握ってください。長期の任務になりますが、よろしくお願いします」
交渉は二ヶ月程度と考えているが、状況によっては更に長くなるため、将兵のメンタル面を気にしていた。
三人の司令官も同じことを考え、即座に了承した。
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