第三十三話
宇宙暦四五二六年四月十九日。
キャメロット星系からゾンファ共和国に向けて五個艦隊が出発した。
総司令官は第一艦隊司令官アデル・ハース大将、副司令官は第六艦隊司令官ジャスティーナ・ユーイング大将とされ、派遣される将兵たちは二人の名将が指揮することで楽観している。
艦隊にはゾンファ星系に向かう外交団も同行している。しかし、全権大使である外務卿キンバリー・レストンの姿はなかった。彼はヤシマ星系で政府と交渉した後、ヤシマ艦隊と共にジュンツェン星系に向かうためだ。
クリフォードは大型要塞アロンダイトから粛々と発進していく艦を見つめていた。
(順調にいってもゾンファ星系に到着するのは七月上旬、二ヶ月半以上先だ。王国艦隊だけでも百二十万人以上、連合艦隊全体では二百五十万人近い将兵がいる。全軍の指揮を執るハース提督の気が休まる時はないだろうな……)
心配している彼もハース率いるゾンファ派遣艦隊が戦闘に巻き込まれる可能性は低いと考えている。しかし、停戦協定を無視した敵性国家ともいえるゾンファ共和国の首都まで艦隊を率いていくのだ。僅かなトラブルでも大きな問題になる可能性があり、そのことを不安視していた。
第四艦隊は当面の間、キャメロット星系とアテナ星系で演習に明け暮れることになっている。しかし、七月上旬に輸送艦隊の護衛としてジュンツェン星系に向かうことは決定していた。そして、そこからヤシマの輸送船団と合流し、ゾンファに向かうことになる。
このことはクリフォードと司令部のごく一部の者しか知らされていなかった。情報が漏洩した場合、政府から横槍が入る可能性を考慮したためだ。
(あと二ヶ月くらいで艦長たちの意識を変えなければならない。サムもアンソニーも頑張ってくれているが、なかなか厳しいな……)
ロビーナ・オーティス艦長らベテラン艦長たちの反抗的な態度はあまり改善していなかった。
これは輸送船団護衛を想定した演習において、彼女たちが足を引っ張り続け、比較的若い軽巡航艦や駆逐艦の艦長たちが反発したためだ。
『戦艦戦隊の動きが悪すぎます。秒単位の判断が必要な局面で足を引っ張られたら、こちらはなすすべもありません』
それに対し、オーティスは頑なだった。
『戦艦は艦隊の盾なんだ。敵の攻撃を受け止める戦艦は逃げ回るようには作られていない。艦の特性にあった戦術にすべきだ』
オーティスの言い分にも一理あり、クリフォードも対応に苦慮する。
(言っていることは強ち間違っていないが、護衛艦隊の中核になるなら臨機応変に動けなければ弱点になり得る。最近ではフロスト艦長とも上手くいっていないようだし、戦隊全体の士気にも関わる……)
ウォースパイト451の艦長デリア・フロスト大佐は戦術家としても有能で、クリフォードの戦術を理解し始めていた。そのため、オーティスとぶつかることが多く、間に立つ旗艦艦長サミュエルが苦労している。
一方でオーティスは頑固だが現場の声をよく聞くため、下士官兵から信頼されている。逆にフロストは公平ではある者の、規律に厳しく下士官兵の人気はいまいちだ。
そのため、戦隊全体のまとまりがよくなく、そのことを彼は気にしていた。
クリフォードは地道に信頼を得るしかないと考え、演習を繰り返していった。
■■■
宇宙暦四五二六年五月十七日。
アデル・ハース大将率いるゾンファ共和国への派遣艦隊がジュンツェン星系に到着した。
その情報を受けたゾンファ共和国軍の艦隊司令官リャオ・ヤン上将は冷静にそれを受け止める。
(王国艦隊が五個か……ならば、すぐにヤシマ艦隊も到着するな……想定通りだが、どのような要求を突き付けてくるのだろうか……)
王国艦隊がジャンプアウトしたという情報が入った直後、通信が入る。
『平和維持軍総司令官アデル・ハース大将です。貴国との平和条約に基づき、貴国での平和維持活動を行うため、派遣されました。本星系は停戦協定に基づき、平和維持軍以外の艦船の航行を禁じます。従わない場合は実力をもって、それを受け入れてもらいます。貴軍の処遇については後ほど我が国の政府代表者及び自由星系国家連合代表者より通達されます』
その通信を聞き、リャオは命令を出す。
「情報通報艦に連絡。アルビオン王国艦隊二万五千が本星系に侵入。具体的な要求はFSU艦隊が到着次第ある模様。第一報として本情報を本星に送れ」
命令を受けた情報通報艦がゾンファ星系に向けて超光速航行に入った。
アルビオン艦隊はすぐにゾンファ星系に向かうランジョン星系ジャンプポイントに向けて加速を開始した。
リャオはそれを見ても動くことなかった。
ジュンツェン星系第五惑星にある大型要塞J5要塞を守るように命令されていたためだ。しかし、彼はこの命令に意味があるとは思っていなかった。
(下手に動いて戦闘になることは避けたいが、王国とFSUがJ5要塞に手を出すとは考えられん。艦隊を本星に戻した方が選択肢は増えるのだが……)
廃棄作業を行っていたJ5要塞だが、主砲などの主要な設備は完全に復旧しており、戦闘力に関しては以前と同等だ。そのため、本要塞を攻略するには少なくとも十個艦隊が必要となる。
艦隊が要塞を攻撃した場合、無傷ということはあり得ない。力技で攻めれば、一万隻以上の艦が沈められ、百万人を超える戦死者が出ると予想されている。アルビオン王国もFSUのヤシマもそれほど膨大な犠牲を払ってまでJ5要塞を攻撃することは考え難い。
ゾンファ星系には現在三個艦隊が存在する。しかし、その多くが無理やり集められたもので戦闘力は二個艦隊に及ばない。それならばジュンツェンに派遣された五個艦隊を戻し、八個艦隊とすれば、力による脅しに屈することはなくなる。
(この辺りが中途半端な気がする。まあ、ジャオ上将もこの作戦自体に反対だったから、間違っても戦闘にならないように配慮したのかもしれんな……)
ゾンファ共和国の艦隊司令長官代理ジャオ・ジェンピン上将はフェイ・ツーロン司令長官が病気療養を名目に隔離されたため、急遽艦隊のトップになった。参謀であったジャオは今回の作戦が外交上の目的を達成するためのものであり、戦闘自体は発生しないと割り切っている。
アルビオン艦隊に遅れること十時間後、ヤシマ艦隊約二万三千隻が到着した。
ヤシマ艦隊は即座にランジョンJPに向けて進軍を開始する。
それと共に星系全体に通信が送られた。
『私はアルビオン王国全権特使キンバリー・レストンである。アルビオン王国及びFSUの合同外交使節団の団長でもある。今回の貴艦隊の暴挙に対し、直ちに武装を解除し、平和維持軍の指揮下に入ること、また、J5要塞から総員を退去させた上、自爆させることを勧告する』
この勧告は無視された。
『貴艦隊が当方の勧告を無視したことは誠に遺憾である。我々は貴国政府の見解を直接聞き、ゾンファ共和国が宇宙の平和を乱す存在となり得るか確認する。合同外交使節団の安全のため、平和維持軍の一部がゾンファ星系まで同行する。また、本星系も平和維持活動のため、アルビオン王国及びFSUの特別な許可を得た艦船以外の通行を禁じるものとする』
二日後の五月十九日、アルビオン王国艦隊とヤシマ艦隊がランジョンJP合流した。
そして、翌日、アルビオン王国とヤシマの連合艦隊約二万隻がゾンファ星系に向けて出発する。
リャオはその様子を冷めた目で見ていた。
(今の政府に王国と交渉できるとは思えん。イェ外務長官も何もできずに艦隊に同行しているだけのようだしな……)
ワン・ラー首相率いるゾンファ国民党政権のナンバーツー、イェ・シュメリ外務長官はキャメロット星系に乗り込んだが、交渉を行うことができなかった。
これは平和条約と停戦協定を無視したゾンファ政府を信用できないという理由だが、首相のワンですら傀儡であるため、イェと交渉する意味がないとアルビオン王国政府が判断したためだ。
一応、外交使節ということで安全は保障されたが、暴挙を行った国家の代表ということでアルビオン王国艦隊に同行するよう命じられている。
イェは抵抗したが、平和条約を無視した国家の代表が妨害を行わない保証がないとして、艦隊から離れたら破壊工作を未然に防止するため、外交使節の航宙船を破壊すると脅され、渋々従っている。
(いずれにしても私にできることは部下の暴発を防ぐだけだ。まあ、ユーイング提督率いる六個艦隊を相手に喧嘩を売るような奴はいないだろうが……)
リャオはそんなことを考えたが、艦隊の引き締めを行うことにした。
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