第三十二話
宇宙暦四五二六年三月二十八日。
第四艦隊司令官レヴィン・コンウェイ大将は演習結果の報告を受け、満足げに頷く。
(さすがはクリフだな。他の者より長く検討できたとはいえ、これほど完璧な勝利を得るとは……)
クリフォードは他の指揮官たちより十日ほど前に護衛艦隊の指揮を打診されており、その分検討する時間は長かった。但し、極秘任務ということで作戦参謀すら検討に参加しておらず、綿密な検討ができたとは言えない。
また、他の指揮官たちも五日という時間が与えられており、作戦の検討、艦隊での訓練は充分に行われている。そのため、クリフォードが特別有利というわけではなかった。
コンウェイはすべての演習が終わったところで、艦隊全体のヴァーチャル会議を開催する。
結果がコンソール画面に映し出された。
「ご苦労だった。今回の演習は防衛側に非常に厳しい条件だった。正直なところ、防衛側で戦略目的を達成できる者が出ることはないと思っていた。その上でどうすればよいかを検討しようと考えていたが、見ての通りコリングウッド少将の分艦隊が防衛に成功している。コリングウッド少将、君の勝利に驚いている者が多いと思う。本人の口からどう考えたか説明してくれないか」
その言葉でクリフォードの姿がホログラムで映し出される。
『了解しました、提督』
生真面目な表情で答えた後、説明を始める。
『まず提督がおっしゃった通り、今回の条件は攻撃側が圧倒的に有利です。ですので、グッドマン少将も私が相手でなければ、確実に勝利を得られていたと思います』
「それは君の戦術が優れていたから勝利できたと言いたいのかね?」
クリフォードは言葉を間違えたと思い慌てて否定する。
『いいえ、提督。仮に私以外の司令官が全く同じ戦術を使ったとしても勝利は得られなかったと思います。なぜなら、私以外の司令官が相手であれば、グッドマン少将も戦略目的の達成を第一に考えたはずですから。ですが、戦略目的の達成があまりに容易であるため、私個人に勝利したいという思いが強く出たのではないかと思います。私はそこに付け込みました』
その言葉でコンウェイはクリフォードが言いたいことを理解した。
「つまり、グッドマン少将は戦略目的より君に勝利することを目指した。だから、それを逆手に取り、勝利を得たということかな」
「はい、提督。戦術的には私が研究論文で提案したミサイル運用方法に沿ったものです。慣性航行で接近する間にステルスミサイルを放出し、砲撃戦が激しくなり探査が難しい状況で全ミサイルを突入させただけですから。しかし、グッドマン少将は私が奇策を使ってくるのではないかと警戒しつつも、防衛側を殲滅できる陣形で待ち受けました。もし、私ではなく別の司令官が同じことをした場合、駆逐艦戦隊を分離し、輸送船団に向かわせたはずです」
クリフォードが行った戦術は予めミサイルを放出して艦隊の周囲に漂わせ、タイミングを合わせて敵にミサイルを叩き付けるという戦術だ。
「それは分かる。だが、千九百基近い数のミサイルを叩きつけたとは言え、三百隻の分艦隊が壊滅的な損害を受けるとは考え難い。その点はどうなのだ?」
一隻当たり六基以上のミサイルが襲い掛かることになるが、戦艦なら迎撃用のレーザーが百二十、重巡航艦で四十、駆逐艦でも十基あるため、艦隊全体で防衛体制を構築すれば、人工知能の支援を受けた効率的な迎撃が可能だ。そのことにコンウェイは疑問を持ったのだ。
「戦術研究論文にも記載しておりますが、旗艦を中心としたミサイル防衛システムには大きな欠点があります。それは旗艦が損傷を受けた場合、ごく短時間ですが命令が途絶え、全艦が無防備な状態になることです。そのタイミングでAIによる精密砲撃を行えば、戦艦といえども耐えきれません」
「なるほど。データを見ると思った以上に砲撃による戦果が多いが、それが理由か」
「はい。我が艦隊の構成は駆逐艦が主体です。当然ミサイルに警戒します。特に想定を超える数のミサイルが殺到すれば、より効率的なミサイル防衛を行うため、艦隊全体で迎撃を行うと考えました。そこで通信を解析して艦隊旗艦を特定しました……」
旗艦から命令が出されるが、そのまま通信を行えば、容易に割り出されてしまう。そのため、巧妙にネットワークを使って偽装する。
そのことに疑問を持つ者が多いと気づき、クリフォードは説明を加えた。
「常識的に考えれば、戦艦が旗艦ですから二十隻から割り出せばよいだけです。射程内まで接近していますから、艦隊全艦の動きを分析し、タイムラグの大きさから判別すれば、比較的短時間で判明します。旗艦が判別できたタイミングで攻撃を集中して撃沈し、回避指令が途絶えたタイミングで精密砲撃に切り換えました」
その説明に多くの指揮官が驚きつつも納得した。
「コリングウッド少将、参考になった。君らしい人の心理を突く見事な戦いだった」
そう言った後、会議の出席者に向けて話し始める。
「では、彼に質問があれば、この場で聞いてくれ」
そこで敗れたマイケル・グッドマンが発言を求めた。
コンウェイが認めると、苦渋に満ちた表情で話し始める。
「コリングウッド少将の言う通り、圧倒的な勝利を得たいという思いはありました。また、奇策を警戒していたことも否定しません。その上で気になったことがあります。それは今回小官が指揮官であると分かっていたため、この戦術を選んだのかということです。ゾンファを敵と考えるなら敵の指揮官の性格までは分かりません。その点をどう考えているのか聞かせていただきたい」
「演習開始直後に小官の名で警告を送りました。ゾンファの指揮官も小官のことは知っているでしょうし、憎んでいる者も多いと聞きます。同じような反応をすることは充分にあり得ると考えています」
「確かに貴官はゾンファにとって憎むべき相手だ。しかし、冷静な指揮官もいる。同じ手は使えないと思うのだが?」
その言葉にクリフォードは静かに頷く。
「その点についてはグッドマン少将のお考えに同意します。今回も先入観を排除し、状況を見て本戦術を採用しています」
「状況を見て? 具体的には何だろうか?」
「輸送船団が減速した段階で駆逐艦戦隊を分離し追撃に向かわせなかったことです。輸送船団に損害を与えることが戦略的に求められている状況で、それを無視したということは私に対する勝利を優先したことになりますから」
「なるほど。貴官は自身の名を使い、相手の思惑を読んだわけか……この場で仮定の話をすることはそぐわないかもしれないが、もし小官が駆逐艦戦隊を分離していたら、どのような対応を取ったのだろうか?」
そこでコンウェイも話に加わる。
「その点は私も気になっている。対応方針は決まっていたと思うが、それを教えてくれないか」
「はい、提督。分離した戦隊に向けて全艦で突撃することを考えていました」
「全艦で?」
コンウェイは驚きの表情を浮かべているが、他の出席者も同じだった。
「はい、提督。その際、ステルスミサイルを放出しておきます。全艦で向かう理由ですが、駆逐艦戦隊が自由に動ける状況を作られると敵艦隊に勝利したとしても輸送船団が全滅し意味がないためです……」
戦略目的を優先するという説明にコンウェイは黙って頷くが、表情は納得していない。
「それにこの行動は敵も予想していないでしょう。敵の指揮官はこの行動に疑問を持ち、輸送船団に向かうか、側面を見せている我が艦隊に向かうか迷います。船団に向かうのであれば、ステルスミサイルによる奇襲が可能ですし、我が艦隊に向かうのであれば、機動戦に持ち込めます。具体的な戦術は状況によって変わると思いますが、三百隻規模の艦隊で高速機動戦はあまり考えていないはずですから、必ず隙ができます」
「なるほど。君の戦隊では高速機動戦の演習が頻繁に行われていたな。こういった状況を想定していたということか」
コンウェイが感心すると、クリフォードは少し慌てる。
「いいえ、提督。そこまで考えていたわけではありません」
その後も演習は繰り返された。
クリフォードは攻撃側でも圧倒的な勝利を収め、多くの者が彼の実力を認めていった。
しかし、彼は満足していなかった。
(ベテラン艦長たちが足を引っ張る。長年染みついた常識を覆すことは難しいな……)
ドレッドノート223のロビーナ・オーティス艦長らベテランたちはクリフォードの戦術が有効であると理解しても反抗的な態度が目立った。
そのため、今回のシミュレーションでも無駄な損害が出ていた。
旗艦艦長であるサミュエルが戦隊の掌握に奔走するが、数名のベテランたちはこれまでの戦術に固執する。
『演習と実戦は違う。戦艦を巡航戦艦や巡航艦のように使うのは間違いだ』
『鈍重な戦艦に軽快な巡航艦や駆逐艦が引きずられるのは双方の利点を殺しているとしか思えない』
彼女たちの意見も一理ある。加速力が三kGしかない戦艦に倍の六kGの軽巡航艦や駆逐艦が合わせれば、その利点を殺すことになる。また、高速で機動している状態では側面や後方を晒すことになるため、戦艦の強力な防御力も十全に発揮できない。
戦艦戦隊の司令官の中にも同じことを主張する者が一定数おり、そのことがオーティスらを勢いづけていた。
もう一人のベテラン艦長ウォースパイト451のデリア・フロスト大佐は演習を繰り返すうちにクリフォードの戦術を認め、柔軟に対応している。但し、旗艦艦長であるサミュエルに対しては未だにわだかまりを持っていた。
クリフォードとサミュエルは艦長たちと何度も話し合っていたが、わだかまりが解消する気配は見えなかった。
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