第三十一話
宇宙暦四五二六年三月二十八日。
シミュレーション演習が始まった。
クリフォード率いる分艦隊は第三戦艦戦隊、第五重巡航艦戦隊、三つの駆逐艦戦隊からなる百八十隻。船団の最大巡航速度〇・〇五光速で航路上を移動している様子がスクリーンに映し出されている。
襲撃側はマイケル・グッドマン少将率いる分艦隊は、戦艦戦隊一、重巡航艦戦隊一、軽巡航艦戦隊一、駆逐艦戦隊五の計三百隻。戦艦戦隊を中心に円形陣を作り、二光分離れた航路上で停止して待ち受けている。
グッドマンは旗艦であるハンニバル級シーザー259の戦闘指揮所から命令を発した。
「この場で迎え撃つ! フォーメーションEを維持せよ!」
命令を出した後、メインスクリーンを見つめながら好戦的な表情で参謀長に話す。
「戦術の天才“崖っぷち”がどの程度のものか見せてもらおう! 噂通りであってほしいものだ!」
グッドマンは背が低く引き締まった身体、潰れたような低い鼻と鋭い目つきで、軽量級のボクサーのような印象を受ける。見た目通りに好戦的な性格で攻勢に強い。
年齢は四十六歳で中将への昇進も噂されるほどだが、名だたる提督たちがクリフォードに関心を示すため、あまり面白く思っていない。
今回もクリフォードを相手に模擬戦を行えるということで、五日前の発表からシミュレーションを繰り返していた。
「敵は駆逐艦が主体だ! 必ずミサイルでこの状況を打破しにくる! 奴が考えた迎撃システムで迎え撃ってやれ!」
クリフォードが考案したミサイル迎撃システムは戦隊を一つのユニットと見立て、そのユニットが一時的に手動回避を停止し、旗艦の人工知能が一括してミサイルを迎撃するという方法だ。
この方法はアルビオン王国軍の標準的なミサイル迎撃法としてマニュアル化されている。
グッドマンの副官が報告を上げる。
「敵艦隊より入電! 一光分以内に接近した場合は敵対行為と看做し、実力で排除する。直ちに航路上から移動せよとのことです!」
グッドマンはその報告を聞き、「圧倒的に不利な状況でよく言えるものだな」と言って鼻で笑う。
即座に表情を引き締め、命令を発した。
「通信は無視しろ! 四十光秒まで近づいたら全艦ミサイル発射! その後は射程に入り次第、砲撃を開始せよ!」
すぐに情報参謀が声を上げる。
「敵輸送船団、減速を開始。護衛艦隊は戦艦戦隊を先頭に戦隊ごとに単縦陣を作り、慣性航行を継続中」
その報告にグッドマンはニヤリと笑った。
「我々が動かなければ、船団はギリギリ射程に入らずに減速を終えられる。前に出て、盾になるつもりのようだな。予想通りだ」
〇・〇五kGの加速力では減速完了までに五十分以上掛かる。この時間で八十光秒ほど進むが、グッドマン艦隊が止まっている限り、戦艦の射程である三十光秒以内には入らない。
一方の護衛艦隊は減速せずに〇・〇五Cで慣性航行するため、このままなら三十分後に射程内に入る。更にその約七分後に駆逐艦の主砲の射程内に入り、砲撃戦が激化すると予想された。
「戦艦戦隊と重巡航艦戦隊はこの場で待機。軽巡航艦戦隊と駆逐艦戦隊は敵護衛艦隊を包み込むように展開せよ」
グッドマンは麾下の艦隊を前進させなかった。
そのことに疑問を持った参謀長が進言する。
「こちらの方が戦力的に優位ですから、駆逐艦戦隊を分離すれば、戦略目的は容易に達成できます。一個戦隊を分離してはいかがでしょうか」
参謀長の提案は常識的なものだ。しかし、グッドマンは首肯しなかった。
「コリングウッドがその程度のことを考えていないとは思えん。それにJPまで一光時もあるのだ。コリングウッドの奇策を封じるため、奴が想定しない方法で迎撃する。万が一奇策に嵌ったとしても、貴官が言う通り我々の方が数的に優位なのだ。刺し違えるつもりで攻撃すれば自ずと勝利は得られる」
グッドマンはクリフォードに思うところはあったが、過小評価はしていない。何らかの策を講じてくると考え、対応が容易な“待ち受ける”という選択をしたのだ。
そのことに参謀長も気づく。
「なるほど。確かにコリングウッド少将なら何をしてくるか分かりません。相対速度を落としておき、不測の事態に対応できるようにしておけば、奇策を不発に終わらせることができるということですね」
「その通りだ。それにすれ違った後はこちらが有利だ。数で圧倒している状況で、更に減速中に攻撃すれば、奴でも何もできずに終わる……」
すれ違った後は双方とも艦首を反転させるが、移動している方は星間物質から艦尾を守るために防御スクリーンを後方にも展開しなくてはならない。そのため、攻撃を受ける前方の防御力が落ちることになる。
「万が一何か仕掛けてきても、全滅さえしなければいい。生き残った駆逐艦数隻で船団を追撃すれば、戦略目的は充分に達成できるのだからな。つまり、崖っぷちに勝つ目はないということだ」
グッドマンは勝利を確信していた。
彼も無能ではなく、自分が防御側ならどう対応するかを検討している。しかし、自分に与えられた戦力で攻撃を受けた場合、どうやっても戦略目的を達成できなかった。
「奇策を仕掛けられても動揺するな! 大損害を受けたとしても鈍重な輸送船団を攻撃できれば、戦略目的は達成できる! 防御に徹して敵に付け入らせる隙を作るな!」
その間にもコリングウッド艦隊は慣性航行を継続し、グッドマン艦隊に接近してくる。
「あと一分で戦艦の射程に入ります!」
作戦参謀が報告すると、グッドマンは命令を発した。
「全艦ステルスミサイル発射。戦隊ごとにミサイル防衛体制を執れ。戦艦戦隊は射程に入り次第、敵重巡航艦戦隊に砲撃を行え」
ミサイルの発射タイミングは絶妙だった。
ミサイルがコリングウッド艦隊に到達するタイミングで、重巡航艦だけでなく、軽巡航艦の主砲である中性子砲の射程内に入るためだ。
一分後、砲撃が開始される。
遠距離であり、戦艦の強力な防御スクリーンを突破できない。
その直後、コリングウッド艦隊からの砲撃がグッドマン艦隊に届く。
「第十八軽巡航艦戦隊に敵砲撃が集中! バーミンガム及びアデレードと連絡途絶!」
情報参謀の悲鳴に似た報告がCICに響く。
メインスクリーンでは砲撃が集中している軽巡航艦戦隊の艦のアイコンが次々と消えていた。
「巧妙な……第十八軽巡航艦戦隊に連絡。ミサイル防衛体制解除! 回避に徹しよ」
ミサイル防衛のため、各戦隊は旗艦に同期している。また、砲撃を行うためには一旦旗艦の手動回避を停止する必要があるが、その間はAIによる予測精度が増す。そのために損害が大きくなったと気づいたグッドマンは個艦での回避を命じたのだ。
その直後、コリングウッド艦隊の標的が重巡航艦戦隊に変わった。
「カンバーランド連絡途絶! ケントより主砲損傷と連絡あり! ロンドン連絡途絶、大破の模様……」
その報告にグッドマンは表情を歪めたが、すぐに余裕の笑みを見せる。
「さすがだな。この戦術に一日の長がある。だが、遠距離砲撃だけでは我々を全滅させることはできん」
正面からの撃ち合いであり、数で優るグッドマン艦隊が圧倒的に有利だ。
「奴は我々の目をミサイル攻撃から逸らそうとしているのだ。奴の手に乗せられるな。砲撃が集中したら手動回避に徹し、砲撃が別に移ればミサイル防衛体制に戻せ」
グッドマンの言葉に司令部に余裕が戻る。
「三十秒後に敵艦隊にステルスミサイルが到達します」
情報参謀の報告を受け、グッドマンが命令を発した。
「全艦砲撃戦用意! 但し、敵のミサイルにも注意しろ! 必ず使ってくるからな」
命令しながらグッドマンは勝利を確信していた。
(戦術の天才と言われるだけあって、さすがに巧妙だが、決定力に欠ける。こちらが動揺しなければ負けはない。駆逐艦の射程外だが、逆に慌てさせてやる……)
グッドマンは駆逐艦にも砲撃を命じている。
駆逐艦の主砲である五テラワット級荷電粒子砲の射程は約八光秒。射程の倍近くからの砲撃となるため、単独では意味がないように思えるが、命中すれば防御スクリーンにある程度負荷を掛けることができるので一定の効果はあった。
「砲撃開始! 先頭の第三戦艦戦隊に砲撃を集中せよ!」
弾むような声で命じる。
「ミサイル到達! 敵重巡航艦二隻轟沈! 駆逐艦十隻轟沈……」
CICが歓喜に湧こうとした瞬間、旗艦の情報士官の悲鳴に似た声が響く。
「ステルスミサイル接近! 数は……約千九百基! 十五秒後に到達します!」
「何! 千九百だと!」
メインスクリーンに無数のステルスミサイルのアイコンが艦隊を包み込むように現れていた。豪胆なグッドマンも艦隊の六倍以上の数のミサイルに一瞬言葉に詰まる。
「艦隊でのミサイル防衛急げ!」
「「了解しました、提督!」」
作戦参謀と旗艦艦長が同時に答える。
グッドマンはミサイルの数が想定以上であるため、戦隊ごとのミサイル防衛ではなく、艦隊全体での防衛を選択したのだ。
旗艦シーザー259の動きに全艦が同期する。
「ミサイル迎撃開始! 約三十パーセント破壊!」
情報参謀の声にグッドマンは何とかなりそうだと安堵するが、コリングウッド艦隊の砲撃がグッドマンの旗艦に集中する。
「全防御スクリーン過負荷停止! スペクターミサイル二基、抜けてきます! 迎撃間に合いません!」
その直後、CIC内の非常照明が点灯し、メインスクリーンに文字が現れた。
『本艦は破滅的な損傷を受け爆発と判定。演習を終了する』
「何が起きた……」
その文字にグッドマンは目を見開いて見ることしかできない。
人工知能の中性的な声が響く。
『全艦が重大な損傷と判定。戦略目的達成は不可能。演習を終了する』
そこでCICの照明が元に戻った。
メインスクリーンに結果が映し出される。
グッドマン艦隊三百隻は撃沈百八十二、大破六十一、中破五十七という惨憺たる状況だった。
一方のコリングウッド艦隊だが、戦闘に参加しなかったスループ艦二十隻を除く百八十隻は撃沈十五、大破二十二、中破三十五と四割の損害に留まっている。
また、すれ違った後にコリングウッド艦隊は減速を開始しており、中破判定の残存艦が輸送船団に到達する前に殲滅できると判断された。
グッドマンと参謀たちは呆然としたまま、メインスクリーンを見つめていた。
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