第三十話
宇宙暦四五二六年三月二十四日。
輸送船団の護衛演習を控え、クリフォードは分艦隊の各指揮官と作戦の協議を行っている。
最も危険なジャンプポイントでの対応について説明を終えた。
「次は航路上で攻撃を受ける場合ですが、偵察艦の哨戒により航路上の安全を確認できるまで船団をJP付近に留めておきます。敵艦隊が発見できれば、一光分以内に接近しないように交渉し、それが守られない場合は敵対行動と看做すと言って先制攻撃を仕掛けます」
先制攻撃という言葉にネヴィル・オルセン少将が慌てる。
「命令ではこちらから手を出すことは禁じられている。命令違反になるが、それでいいのか?」
「予め一光分以内に接近してきた場合は攻撃の意志があるものと判断すると宣言しておけば、命令違反にはなりません」
「命令書には先に敵対行動を採ることを禁ずるとあるので、コリングウッド少将のおっしゃることは正しいと思います」
シャーリーン・コベット准将が冷静に意見を言った。
「先制攻撃と言ってもミサイルを放出するだけです」
「発射ではなく、放出……少将がお考えになったステルスミサイル運用の“プランD”ですか……」
第二十三駆逐艦戦隊の二コラ・デリンジャー准将が呟くように聞いた。
クリフォードは戦術研究論文としてステルスミサイルの運用方法を提案していた。それは四つのパターンに分けるものだ。
具体的にはプランAは通常ミサイル攻撃、プランBは接近してからの奇襲攻撃、プランCは専守防衛のミサイル迎撃、プランDは追撃を受けた際の特殊攻撃だ。
このうち、プランCはスヴァローグ帝国のドゥシャー星系で使用されている(第七部参照)。
「よく知っているね、デリンジャー准将」
クリフォードはデリンジャーが論文について知っていることに驚く。
「戦略・戦術研究論文は可能な限り目を通すようにしています。特に少将の論文は実戦を想定しているものですので、必ず目を通していますよ」
「なるほど。では話を戻させてもらうよ」
そう言った後、メインスクリーンに視線を戻す。
「輸送船団は加速力が小さすぎて、減速や進路変更を開始したとしても短時間ならほぼ慣性航行と言えます。護衛艦隊は船団を守るように配置しますが、積極的に動かなくてもおかしくはありません。すなわち、六百二十八基のミサイルと共に慣性航行している状況になるのです。敵が射程内に入り、攻撃を加えてきたところで、ステルスミサイルの人工知能に指令を出しつつ、全艦がミサイルを発射すれば、それだけで千二百基を超えるミサイルが敵に殺到します。奇襲効果を考えれば、何とかできるのではないかと思っています」
その言葉に全員が頷く。
「私としては次の星系に向かうJPでの待ち伏せが最も対応が難しいと思っています。航路上と同じように一光分以内に接近した場合、敵対行動と看做すと言っても、船団を減速させなければなりませんから、先ほどのプランDは使えません。放出したミサイルを減速させれば、発見される可能性が高く、減速させなければ距離が離れてしまいますから同時攻撃とはなり得ないからです」
ステルスミサイルは艦艇に比べて小型であるため、減速させても漏出するエネルギーは小さく発見される可能性は低いが、艦隊周辺は綿密に索敵されるため、六百基以上のミサイルが機動を行えば発見される可能性は高い。
「また、ジャンプインのタイミングに攻撃を合わせれば、船団だけでなく、護衛艦隊の位置も容易に特定できます。高機動艦が主体の場合、射程に捕らえることは容易く、全滅の可能性があります」
JPは直径三光秒ほどで、駆逐艦の主砲の射程八光秒の中に充分に収まる大きさしかない。
「そのため、巡航速度を保ったままジャンプインする方法を採るしかありませんが、民間船ですのでパニックに陥る可能性が高く、不安が残ります。また、これを想定して次の星系にデブリをばら撒いておけば、輸送船団に大きな損害が出る可能性は否定できません。これに対しては今のところ、ジャンプインせずに航行を続けるくらいしか、対応方法が思いつきません」
民間船は防御スクリーンの能力が低いため、巡航速度で航行している場合、デブリ程度の物質でも衝突すると大きな負担になる。
第十二駆逐艦戦隊司令ロバート・エインズワース大佐が発言する。
「普段なら充分に減速してからジャンプインしますから、多少のデブリがあっても問題ありません。ですので、ゾンファがデブリをばら撒く可能性はありそうです。もっともコリングウッド少将ほどの知将がいるとは思えませんので、そのことに気づくかは微妙な気はしますが」
その言葉にオルセンが頷く。
「私もそう思う。クリフほど柔軟な考えの指揮官は少ない。自国のJPにデブリをばら撒くなんてことを考える奴は滅多にいないはずだ。だが、何らかの方法は考えておくべきだろう」
そこでコベットが話題を変える。
「懸念については理解しました。演習についてですが、今の想定を基に各戦隊の行動パターンを詰めていくということでよろしかったでしょうか」
「その通りだ、コベット准将。想定しうる状況に対応できるように考えてもらいたい」
その言葉にオルセンとコベットは真剣な表情で頷くが、輸送船団の護衛任務の話を聞いていないデリンジャーとエインズワースは単なる演習であると考え笑みを浮かべている。
「さすがは訓練好きで有名なコリングウッド少将ですね。下士官たちの嘆きが聞こえてきそうですよ」
エインズワースがそう言って微笑む。クリフォードが厳しい訓練で練度を上げることを知らぬ者はいないためだ。
「実際にこのような任務に当たるかは分からないが、私の経験上、必要になることが多いからね」
クリフォードも極秘任務ということで笑みを浮かべてそれに答えていた。
それから四日間にわたり、机上演習を含め、厳しい訓練が行われた。
三月二十八日、標準時間一二〇〇。
船団護衛演習が開始された。
開始に先立ち、艦隊司令部から演習の前提条件等が通達された。
『本日の演習では航路上での待ち伏せを想定する。防御側はジャンプポイントから一光時の位置を巡航速度〇・〇五光速にて巡航中において、スループによる索敵により進路上二光分の位置で攻撃側を発見したものとする……その他の詳細な条件については命令書を確認のこと……戦略目的達成は以下の通り。防御側は輸送船団の九割を超える輸送船を他星系に移動させること。攻撃側は輸送船団の一割以上を破壊もしくは鹵獲するか、防御側護衛艦隊に先制攻撃を行わせること……』
その命令に副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐が首を傾げる。
「襲撃側が自由に条件を設定できると思っていたのですが、どのような意図があるのでしょうか?」
その問いに参謀長のアンソニー・ブルーイット大佐が答える。
「我が艦隊だけでも八つの分艦隊が演習に参加する。同じ条件でどのような結果になるのか、艦隊司令部が見たいのではないんじゃないかな」
「なるほど」
ホルボーンは大きく頷き納得したが、クリフォードは別のことを考えていた。
(実際に護衛艦隊を派遣する際、演習で私がよい結果を出したとして、他の少将たちの不満を和らげるつもりなのだろう。ハース提督やコンウェイ提督の信頼に応えなければならないが、上手くいけばよいのだが……)
クリフォードが考えた通り、これは第一艦隊司令官アデル・ハース大将がコンウェイら艦隊司令官に依頼したことだった。
これまでクリフォードは結果を出しているが、最年少の少将であることに変わりなく、経験不足だと指摘される可能性は高い。
また、万が一任務に失敗した場合、クリフォードを指名することになるジュンツェン星系派遣艦隊の総司令官ジャスティーナ・ユーイング大将の責任になるが、能力で選んだという証拠があれば非難を受けることはない。
そして、演習が開始された。
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