第二十八話
宇宙暦四五二六年三月二十三日。
ゾンファへの懲罰部隊派遣が公表された。
ロジャー・エバンス首相は厳しい表情でカメラの前に立ち、艦隊の派遣を宣言する。
『王国政府はゾンファ共和国に対し、強い憤りを覚えております。彼らは我が国や自由星系国家連合が行動を起こさないことを期待し、J5要塞の再戦力化という平和条約と休戦協定を無視した行動に出ました。この行動に対し、我が国は厳重な抗議を行うと共に、FSUと協調して平和維持のための艦隊を派遣することを決定しました』
民衆は未だに宇宙の平和を乱すゾンファ共和国の旧体制派に対して怒りを覚えており、その決定を歓迎する。
財務卿のレジナルド・リトルトンは発表後の閣議で満足げな表情を浮かべ、エバンスらに上機嫌で話し始める。
「財政健全化に反することなく、民衆が求める平和維持活動を選択できた。このことは誇っていいことだ」
その言葉にエバンスは厳しい表情で反対する。
「これは妥協した結果に過ぎん。人事を尽くしたとは言えぬ状況で、戦闘が起きぬことを神に祈るしかないのだからな」
外務卿のキンバリー・レストンも大きく頷いている。
「ヤシマから防衛協力金を受け取って艦隊を派遣した方がよかったと言われないことを、私は祈っていますよ。財政健全化というお題目で艦隊を減らし、その結果数十万の戦死者が出たら目も当てられません。誰が世論を操作したのかと言われるでしょうし」
普段は温厚なレストンだが、リトルトンが外交にまで口を挟んできたことに腹を立てていた。
「そのようなことにはならんよ。ゾンファにはそもそも戦争を起こすだけの戦力がないのだ。悲観的に考えるのは勝手だが、艦隊が無事に帰ってきて恥を掻くことになるぞ」
「艦隊が無事に戻ってくれるなら恥を掻くことくらい、なんてことはありません。数十万の将兵とその数倍の遺族のことを考えれば自明でしょう」
「キンバリー、そこまでだ。財務卿も煽るようなことはやめてくれ」
二人の対立にエバンスは頭を痛め、それ以上の議論を禁じた。
内閣に大きなひびが入った中、艦隊では派遣準備が始まっていた。
防衛艦隊司令長官のジークフリード・エルフィンストーン大将は即座に命令を発した。
「ゾンファ星系派遣艦隊は第一及び第八艦隊。総司令官はアデル・ハース大将。ジュンツェン星系派遣艦隊は第二、第五、第六艦隊。総司令官はジャスティーナ・ユーイング大将。全体の指揮はハース大将が執る。作戦の発動は四月十九日! 直ちに準備を始めよ!」
キャメロット星系から派遣するだけなら、もっと早くできるが、今回はヤシマ艦隊とタイミングを合わせる必要がある。そのため、五月十七日にジュンツェン星系に到着するよう調整したのだ。
また、この情報がゾンファに届かないよう、民間船のジュンツェン星系への航行は全面的に禁止されている。
この命令を聞いた多くの将兵は楽観的だった。
『賢者と女主人が指揮を執るなら戦いにすらならんだろう。彼女たちが隙を見せることはないだろうし、ゾンファが持つ戦力の倍近い数なのだからな』
『ジュンツェンではほぼ互角の数だが、実力は段違いだ。ゾンファの司令官も無謀な攻撃は仕掛けてこないだろう』
ハースとユーイングはここ数年の大規模な会戦で大勝利をもたらしており、エルフィンストーンと並んで将兵に信頼されている司令官だ。
また、現在のゾンファ共和国軍の艦隊数は六個艦隊だが、大型艦を失っているため、実力は五個艦隊程度と考えている者が多い。更にゾンファ軍の士官の質も以前より低く、楽観的な観測が多かった。
そんな中、クリフォードは厳しい表情でその命令を聞いていた。
参謀長であるアンソニー・ブルーイット大佐が声を掛ける。
「予定通り、ハース提督とユーイング提督が指揮を執られますが、厳しい状況に変わりないとお考えですか?」
「ああ。ジュンツェン星系派遣艦隊はともかく、ゾンファ星系派遣艦隊は厳しいだろう。かつての敵の本拠であるだけでなく、ここから五十パーセク(約百六十三光年)も離れているのだ。楽観できる要素など何もない」
そんな話をしていると、第四艦隊司令部から命令が届く。
副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐がその命令を読み上げた。
「艦隊司令部からの命令です。三月二十八日一二〇〇より、戦艦戦隊を主力とした船団護衛演習を執り行う。初日の編成は防衛側として、第三戦艦戦隊、第五重巡航艦戦隊、第八、第十二、第二十三駆逐艦戦隊、スループ艦二十隻の計二百隻、指揮官はコリングウッド少将。襲撃側は第二戦艦戦隊のグッドマン少将が執るが、襲撃側の規模を想定できないよう参加戦隊の指揮官にのみ通達される……」
クリフォードだけでなく、他の指揮官にも同じ命令が出されており、計八つの分艦隊が演習を行うことが伝えられる。
「……詳細は司令部からの資料を確認せよ。以上です」
「了解。ホルボーン少佐、司令部に受諾した旨を連絡してくれ」
「了解しました、少将」
ホルボーンはクリフォードの表情が硬いことから好奇心を抑え、質問することなく生真面目に答えた。
この船団護衛演習だが、第四艦隊だけでなく、派遣艦隊以外のすべての艦隊で行われることになっていた。
これは防衛艦隊総司令部が命じたもので、ゾンファ星系への輸送船団の護衛を想定している。エルフィンストーンやハースらがクリフォードだけが目立たないように配慮した結果だ。
これに対し、政府から問い合わせがあった。
『輸送船団の護衛はヤシマ艦隊が行うことになっているが、艦隊総司令部は独自に護衛艦隊を派遣するつもりなのか』
それに対し、防衛艦隊司令長官ジークフリード・エルフィンストーン大将が端的に答えている。
『政府間の取り決めについては理解している。しかしながら、不測の事態に備えるべきであり、どの艦隊から派遣されることになっても問題ないよう準備するものである』
レジナルド・リトルトン財務卿を筆頭に必要ないという声が上がったが、サイモン・スペンサー軍務卿がそれを一蹴した。
『演習の内容にまで政府が口を挟むのはいかがなものか。大規模な艦隊戦が起きる可能性が減っているなら、船団の護衛訓練は現実的な設定であり、軍務省としては全面的に支持するものである』
この声明を受け、保守党寄りのメディアが一斉にリトルトンを攻撃し始めた。
軍事アナリストを始めとした論客がリトルトンの関与を強く非難する。
『リトルトン財務卿は軍事に疎すぎる。今回の艦隊派遣でも艦隊数を減らすように強く主張したと聞く。軍事の専門家として言わせてもらえば、抑止力を自ら削る愚策と言わざるを得ない。この程度の人物が政権の重職に就いていることに強い不安を感じている……』
『リトルトン財務卿は昨年、正当な権限に基づき任務に当たっていたコリングウッド少将を公然と非難した。その理由は保守党の重鎮の娘婿であることと、自らの選挙を有利に進めるためだ。軍事に疎いだけでなく、感情的で私利私欲で動く人物が政策決定に関与していることをエバンス首相はどう考えているのだろうか……』
これは野党保守党の党首ウーサー・ノースブルックが動いた結果だ。
彼は今更派遣艦隊を増やすことは難しいが、リトルトンがこれ以上口を出せば、艦隊の足枷となると考え、エバンスが掣肘しやすいように情報操作を行ったのだ。
この結果、リトルトンの政権内での発言力は大きく低下する。
ノースブルックは息子のアーサーにこう語った。
『ハース提督とユーイング提督は艦隊戦になる可能性は低いが、ゾンファ星系派遣艦隊への補給が危険だと考えている。確かに補給に失敗すれば、多くの将兵を危険に晒すだけでなく、ゾンファ星系への大規模な侵攻作戦のきっかけにもなりかねん。それを防ぐためには輸送船団の護衛を我が軍が担う必要があるし、可能な限り大規模な護衛艦隊を編成できるようにすべきだ……』
ノースブルックも艦隊の増派は難しいと考えていたが、輸送船団の護衛を増やすことで戦闘の可能性を減らそうと考えていたのだ。
その目論見は一部だけ成功した。
艦隊に枷を嵌めるべきではないという流れになったのだ。
しかし、ゾンファの工作員による情報操作によって、ゾンファが攻撃してくる可能性は限りなく低いという認識が強まっていく。
そんな中、クリフォードたちは演習に力を入れていった。
感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。




