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アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)  作者: 愛山 雄町
第九部「輸送船団を死守せよ」

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第二十六話

 宇宙暦(SE)四五二六年三月十五日。


 キャメロット星系にストリボーグ藩王の使者が到着した。

 使者は藩王イワン九世の腹心アイザック・エステスだ。彼は二十八歳と若く、貴公子然とした美男子だが、笑みを浮かべることなく生真面目そうな表情で宇宙港に降り立った。


 検疫などを終えた後、首相官邸でロジャー・エバンス首相とキンバリー・レストン外務卿が出迎える。その場にはメディアの記者が多数詰めかけ、一斉にフラッシュが煌めく。


「エステス補佐官、アルビオン王国首相のロジャー・エバンスです」


 エバンスは人好きのする笑顔で右手を差し出した。

 エステスも同じように柔らかな笑みを浮かべてその手を取る。


「首相自らの出迎えに恐懼(きょうく)いたします。ストリボーグ藩王府外交担当補佐官のアイザック・エステスです」


 二人が握手をすると再びフラッシュが焚かれる。


 それからすぐに会議室に入るが、交渉は非公開であり、二人はそれまでの笑みを消していた。


「ニコライ藩王閣下のご逝去に対し、王国民を代表して心よりお悔やみ申し上げます。恒久的な平和に関する協議を行いたいとのことですが、既に貴国からの提案に対しては保留する旨の回答を行ったはず。今回はどのような用件でしょうか」


 単刀直入に本題に入った。

 アルビオン王国にはエステスに関する情報がほとんどなく、駆け引きを行うより主導権を握った方がよいとエバンスは考えたのだ。


「率直に申し上げて、イワン藩王閣下及びストリボーグ藩王府に帝国領の外に領土的な興味はありません。ストリボーグ、スヴァローグ、ダジボーグを統一することは現実的ではないからです」


 その言葉にエバンスとリストンは僅かに目を見開いた。これまでスヴァローグ帝国は銀河帝国の正統な後継として、銀河の統一を公言してきたからだ。


「驚くほどのことでもないでしょう」


 そう言った後、理由を説明する。


「二十年近い内戦を経て、ダジボーグ藩王アレクサンドルが皇帝になりましたが、彼もスヴァローグ人を御し得ず、同胞であるダジボーグ人にまでそっぽを向かれ始めています。個人的にはアレクサンドルは嫌いですが、有能な統治者であり為政者であったことは認めます。その彼でもスヴァローグ人の暴走を許し、最も身近である長男ピョートルに背かれたのです。その事実を見て、藩王閣下は帝国を完全に統一することは不可能であり、三つの藩王国は完全に独立し、他国には干渉しない方がよいとお考えです。その状況で友好関係を深め、将来的には緩やかな連合国家を目指す構想をお持ちです」


 衝撃的な事実に普段冷静であるレストンが汗を拭きながら質問する。


「ピョートル皇太子が皇帝を裏切ったとおっしゃられたが、それは本当でしょうか?」


 エステスはその問いに大きく頷いた。


「藩王府ではそのように認識しております。今のところ明確な証拠は見つかっていませんが、帝国保安局のプーシキン局長と元皇帝補佐官アラロフが皇帝を見限り、ピョートルに皇帝及びニコライ前藩王閣下の暗殺を唆したことを示唆する情報が入っています」


「示唆する情報とは状況証拠ということでしょうか? 明確な証拠はないのに断言されましたが、その根拠は何でしょうか?」


 エステスは生真面目そうな表情を崩すことなく答えていく。


「帝都スヴァローグで皇帝が暗殺されかかったのです。帝国保安局とダジボーグ軍情報部が結託しなければあり得ないことです。また、ニコライ閣下が帝都で暗殺されましたが、皇帝に暗殺を命じるメリットはありません。ストリボーグを皇帝から離反させてメリットがあるのはスヴァローグだけです。スヴァローグ人であるプーシキン局長が実行したことは明らかです」


「状況から鑑みれば、貴殿のおっしゃることは理解できます。ですが、それはあくまで想像に過ぎません」


 エバンスがそう言うと、エステスは「ごもっともです」と言って頷く。


「ですが、ダジボーグ藩王が皇帝になったことでこのような混乱が起きています。ストリボーグ藩王であるイワン閣下が皇帝に即位されても同じことが起きるでしょう。だからと言ってスヴァローグ人が皇帝になったとしても、ストリボーグもダジボーグも命懸けで戦うことはありませんからFSUや貴国に侵攻しても無為に兵を失うだけでしょう。そうであるなら、帝国が外に向かうことに意味がないと考えてもおかしくはないのではありませんか?」


 その言葉にエバンスは考え込む。


(言っていることは合理的だ。帝国の歴史を見ても恒常的に内戦が起きている。その結果、各星系の開発が遅れていることは誰にでも分かることだ。ストリボーグが完全に独立したとしても人口は僅か二十億人。動員できる艦隊は無理をしても十個程度だ。その程度なら自由星系国家連合(FSU)も脅威には感じないから開発に協力する可能性はある。しかし、帝国の藩王が野心を捨てるということが信じられない……)


 帝国の三つの星系だが、スヴァローグが最大の人口を誇り三十億人。ストリボーグがそれに続いて二十億人で、ダジボーグが最小の十五億人だ。


 ストリボーグ一国ならFSUのラメリク・ラティーヌ共和国三十億人、ロンバルディア連合二十五億人に劣り、ヤシマ二十億人とほぼ同数だ。


 また、三つの星系はいずれもテラフォーミング化が不完全であり、本格的に開発を開始したとしても急速に国力を伸ばすことは考え難い。

 それらのことから、エバンスは合理的な考えだと思ったが、それでも帝国人を信用できなかった。


「イワン閣下のお考えは理解できましたが、内戦が起きた際に我が国が貴国に味方すれば、ダジボーグ星系を明け渡すと約束された。ダジボーグを同胞と見ていないということですか?」


 イワンが藩王に即位した直後、アルビオン王国とFSUにスヴァローグへの牽制を依頼している。その際、報酬としてダジボーグ星系を明け渡すと約束していた。


「アレクサンドルやピョートルがスヴァローグ艦隊を掌握し、我が国に攻めてくれば、独立を保つことができません。我々は帝国の統一を目指していませんので、ダジボーグよりも自国の安全保障を優先することは明らかです」


 エステスの言葉にエバンスは内心で納得する。


(ストリボーグは今、窮地に立たされている。少なくともスヴァローグとダジボーグが完全に仲違いするまでは。だから今は対外的な野心がないと訴えて我々を味方につけようと考えたのだろう。だが、ストリボーグが帝国の覇権を握れば、外に目を向けることは間違いない。安易に信用することはできないな……)


 ストリボーグ人に限らず、帝国人は猜疑心が強く、信用できないというのが、他国の認識だ。また、銀河帝国の正統な後継者と自称している通り、プライドも高い。そのため、エバンスはストリボーグを信用していない。


「貴国のお考えはよく分かりました。現時点ではスヴァローグの情報が少なく明確な回答はできかねますが、貴国が野心を持たず平和を愛していると知ることができたことは僥倖であったと考えております」


「ありがとうございます。私は当分の間、チャリスにある我が国の大使館に滞在しておりますので、いつでも協議は可能です」


 エステスはそう言って笑みを浮かべた。

 彼は大使館に向かう途中、今日の会合について考えていた。


(エバンス首相とレストン外相は常識的な人物のようだ。少なくとも現時点で皇帝に与することはあるまい。だが、我が国に協力する可能性も低いだろう。ノースブルックが世論を動かしていなければ、もう少し我が方に引き寄せられたのだが……)


 元首相ウーサー・ノースブルックが帝国の内戦に介入した場合のシミュレーション結果を公表し、いずれに味方しても王国に益がないことが共通認識となっている。


 この情報を受け、エステスはストリボーグに領土的な野心はなく、帝国の統一も目指さないと伝えた。そうすることで野心家である皇帝アレクサンドルとの差を見せようとしたのだが、帝国全体に対する不信感が思ったより強く、エバンスたちの心を掴むことができなかった。


(まあいい。王国はゾンファに懲罰部隊を送るつもりのようだから、帝国への関心は薄いだろう。その間に皇帝とスヴァローグの否定的(ネガティブ)な情報を流して、我が国の好感度を上げておけばよい。FSUでの策が上手くいけば、王国もなし崩しで介入しなくてはならなくなるのだから……)


 エステスは大使館に入ると、精力的に情報を発信し始めた。


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