第二十三話
宇宙暦四五二六年三月一日。
エバンス首相らとの会合が終わった後、軍関係者が統合参謀本部に戻ってきた。
今回の決定を受け、具体的な検討を行うためだ。
全員が座ったところで、統合作戦副本部長であるナイジェル・ダウランド大将が大きな溜息を吐いた。
「ふぅ……やはり政権交代が大きいな」
その呟きに艦隊司令長官のジークフリード・エルフィンストーン大将が大きく頷く。
「全くだな。アデルが頑張ってくれたが、結論ありきという印象を受けた。我々の立場では言ってはならんことだが、ノースブルック氏が首相か、せめて政権内にいてくれたらと思わずにはいられなかった」
“賢者”と呼ばれる第一艦隊司令官アデル・ハース大将が疲れた表情で同意する。
「事前にノースブルック氏から注意を受けていたので、最初に大胆な策を提示し、その後に現実的な提案を行ったのですが、それでも聞く耳を持ってくれませんでした。確かに戦闘の可能性は低いですが、前提が崩れれば大規模な戦闘が起きてもおかしくない状況です。財務卿はともかく、首相まで危機感が弱いことが気になりました」
「私もそう思いましたわ。首相があれほど世論を気にするとは想定外です。ですが、これからどうするかを考えなければいけませんわね」
第六艦隊の“女主人”ことジャスティーナ・ユーイング大将がいつもの気だるげな口調で議論を促した。
「ジャスティーナの言う通りだな。ウォーレン、参謀本部で検討した結果をもう一度説明してくれ」
エルフィンストーンは総参謀長であるウォーレン・キャニング中将に指示する。
「政府の方針が不明確でしたので、事前にいくつかのパターンで検討を行っていました。有効な策としてはハース提督がご説明されたものとほぼ同じですが、我が国と自由星系国家連合から派遣される艦隊数を同じにするという条件でも検討を行っています。こちらをご覧ください……」
説明しながら大型スクリーンにシミュレーション結果を投影する。
「現在ヤシマ防衛艦隊は約三万八千隻で八個艦隊の編成です。そのうち、二個艦隊は星系内に特化したもので、外征が可能な艦隊は六。これが派遣可能な最大数ですが、ヤシマも六個艦隊すべてを送り出すことないでしょうから、五個艦隊が限界だと想定しています……」
FSUは五ヶ国からなる。ヤシマに隣接する星系国家はロンバルディア連合とヒンド共和国だが、ロンバルディアはスヴァローグ帝国と接しているため、艦隊を派遣することは現実的ではない。
ヒンド共和国は敵性国家と接していないが、六個艦隊しかなく、派遣するとしても一から二個艦隊だ。また、距離があるため、合流を待てばそれだけ時間を浪費する。そのため、練度が低く役に立たないヒンド艦隊を待つ価値はないというのが共通認識となっていた。
「ヤシマが五個艦隊を出すという前提に立てば、ジュンツェン星系に六、ゾンファ星系に四という配分になりますが、政府の方針を踏まえれば、我が軍はジュンツェンに三、ゾンファに二という配分にせざるを得ません。また、ゾンファ星系派遣艦隊の輸送部隊もヤシマから送り込むことになるでしょう。しかしながら、ヤシマ艦隊の輸送部隊は我が軍ほど遠征に慣れておりません。派遣艦隊に同行させれば、艦隊の足を引っ張ることは容易に想像できますので、分離せざるを得ないというのが参謀本部の考えです。説明は以上です」
キャニングの説明を聞き、全員が溜息を吐く。
「戦闘が起きないことを前提とした作戦というのが気に入らんな。戦場では何が起きるのか分からんのだが、その辺りの感覚が今の政権にはないということか……」
エルフィンストーンが呟いた。
それにハースが苦笑気味に答える。
「スペンサー軍務卿がずいぶんねじ込んでくださったようですが、リトルトン財務卿が頑なだったようですね。まあ、選挙前にあれだけ財政健全化を訴えていたのですから、今更引っ込みは付かないのでしょうけど」
彼女はスペンサーの元部下であり、個人的に情報交換をしていたのだ。
全員がリトルトンの顔を思い出してうんざりしている。
ダウランドがその空気を変えるように検討を進めることを促す。
「今更愚痴を言っていても仕方なかろう。参謀本部の案で行くとして、派遣する艦隊をどうするかだ」
エルフィンストーンが大きく頷く。
「ナイジェルの言う通りだな。まずゾンファ派遣艦隊だが、アデルに率いてもらいたい。君なら何かあっても最善の手を打ってくれるだろうからな」
「私も賛成ですわ。今回は政治や謀略が複雑に絡み合っていますから」
ユーイングが即座に賛成し、ハースを除く全員が頷いている。
「その上でジュンツェンの封鎖艦隊だが、これはジャスティーナに頼みたい」
その言葉にユーイング本人が驚く。
「私ですか? 私もゾンファに行くものと思っておりましたが?」
「アデルを助けてやってほしいが、ヤシマ艦隊の指揮官が信用できない。第二次タカマガハラ会戦で連合艦隊を指揮した君なら、彼らを上手く制御できると思っている」
その言葉にダウランドが即座に賛同する。
「私も賛成だ。ヤシマ艦隊だが、オオサワ大将やナカハラ大将なら能力的に問題ないが、その他の将官ではアベカワ大将くらいしか信用できん。ゾンファにいく艦隊に隙は作りたくない。その三人のうち二人にしてもらうよう交渉するつもりだが、そうなるとジュンツェンには経験が少ない指揮官しか残らんからな」
ヤシマ防衛艦隊は八年前のゾンファの侵攻によって壊滅的な打撃を受けている。そのため、王国艦隊と連携できるベテランの指揮官が少ない。
防衛艦隊司令長官であるサブロウ・オオサワ大将、トモエ・ナカハラ大将、レイジ・アベカワ大将はチェルノボーグJP会戦、イーグンJP会戦、第二次タカマガハラ会戦などで活躍し、エルフィンストーンらもその実力を認めている数少ないヤシマ軍人だ。
ユーイングは第二次タカマガハラ会戦で実質的な総司令官となって大勝利を収めている。そのため、ヤシマ軍も彼女の言葉なら素直に聞くだろうと考えたのだ。
「それぞれが率いる艦隊はアデルとジャスティーナに候補を上げてもらうが、問題がある」
エルフィンストーンの言葉にハースが頷く。
「追加の補給部隊ですね」
「そうだ。ヤシマの兵站能力は高くない。五個艦隊を動かせば、防衛艦隊にある輸送艦はほぼ尽きるはずだ。ジュンツェンに派遣する艦隊から抽出してもらうとしても圧倒的に数が足りん。民間船を使うしかないが、指揮官の能力が低いとゾンファが手を出さなくとも補給に支障をきたす恐れがある」
ヤシマ防衛艦隊は元々本国での防衛作戦に特化しており、補給艦の質・量ともに不足気味だった。艦隊再建においても戦闘艦の補充を優先しているため、補給艦不足は以前より酷い。
「これについてはオオサワ司令長官に頑張っていただくしかありませんわ」
ユーイングの言葉にエルフィンストーンが渋い顔をする。
「そうなのだが、あまり時間が掛けられん。こちらからの要望は伝えるが、どこまで真剣に考えてくれるか不安が残るのだ」
キャメロット星系とヤシマ星系は約二十二パーセク(約七十二光年)離れている。そのため、航宙艦での移動は一ヶ月ほど掛かるため、往復するだけでも二ヶ月は必要となる。
今回はゾンファに時間を与えることは不利に働くため、早急な対応が必要だ。
そのため、王国側の対応方針を一方的に送り、ジュンツェン星系で合流した後、協議を行うことになる。
「オオサワ提督が指揮を執るかは分かりませんが、こちらの要望は可能な限り配慮してくれるはずです。そうでなければ、我が国が手を引くと思うでしょうから」
ハースはエバンスたちがヤシマに危機感を持たせるよう交渉すると考えていた。もし、ヤシマが真剣に動かないのであれば、それはエバンス政権の交渉力のなさを示すことになり、支持を失うからだ。
「万が一ヤシマが軽く見ている場合に備え、補給艦隊についても考えておくべきだな。一個艦隊は無理だが、数百隻程度の分艦隊を同行させることは可能だ。その指揮官を誰にするかが問題だが……」
ダウランドの言葉にユーイングが発言する。
「数百隻程度の分艦隊であれば、コリングウッド少将しか考えられませんわ。少将クラスで大局を見ることができる人材は“崖っぷち”君くらいですから」
そう言いながらも表情は硬い。
その言葉にハースは小さく頷く。
「そうですね……比較的安全な戦艦戦隊で育てるつもりだったのですが、また危険な任務に向かわせることに……」
そう呟く彼女の表情も暗い。
二人はクリフォードが謀略に巻き込まれるのではないかと危惧しているのだ。
その後、具体的な方針について協議し、政府に伝える。
概ね了承されたが、一点だけ反対された。
それは補給艦隊の護衛のことだ。
「補給はヤシマの責任で行ってもらう。それでなければ意味がないからだ」
主張したのはリトルトンだった。
それに対し、エルフィンストーンが反論する。
「万が一ヤシマが失敗したら我が国の二個艦隊が飢えることになります。その点を考慮していただきたい」
彼が強い口調で再考を促すが、リトルトンは意に介さない。
「ヤシマも二個艦隊を派遣するのだ。それほど愚かではあるまい」
軍務卿であるサイモン・スペンサーも首相であるエバンスに再考を促す。
「二十五年前のゴグマゴグ会戦の例を出すまでもなく、補給を軽視することが危険であることは十分承知されていると思います。艦隊の懸念に配慮していただきたい」
ゴグマゴグ会戦はゾンファがアルビオン星系に行った奇襲作戦で行われた大会戦だ。ゾンファは圧倒的な戦力で奇襲を敢行したが、補給が追いつかずに艦隊が満足に機動できず、全滅に近い敗北を喫した作戦として誰もが知っている。
「軍務卿の言いたいことは理解するが、補給部隊はヤシマの所掌とすることは決定事項だ。もちろん現場での判断は尊重するが、ヤシマとの関係も十分に考慮してもらいたい」
ハースは補給を軽視するリトルトンに呆れるが、エバンスが逃げ道を作ってくれたことに気づいていた。
(補給が途絶えれば四個艦隊二百五十万人が飢えてしまう。最悪の場合、降伏するしかなくなるのだけど、この人はそんなことを考えないのね……首相はさすがに分かっているようね。現場の判断が優先されることを明言してくれたのだから。ユーイング提督なら臨機応変に対応してくださるはず……)
こうしてゾンファ共和国への艦隊派遣が決定した。
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