第二十二話
宇宙暦四五二六年三月一日。
ロジャー・エバンス首相が軍関係者を呼び、対ゾンファ戦略について検討を行っている。
知将として名高い第一艦隊司令官アデル・ハース大将がアルビオン王国と自由星系国家連合から大艦隊を派遣し、大型要塞を破壊するという提案を行った。
エバンスは現実的な案だと思ったが、戦争になる可能性があることから世論の支持を得られないとして却下する。
キャメロット星系ではゾンファの工作員とその協力者がメディアを動かし、艦隊派遣に世論を誘導するが、その一方で再び戦争になれば今以上に国家財政が厳しくなると意見も流している。
民衆もゾンファの戦力が王国の三分の一以下に落ちていることは理解しており、相手から戦争を仕掛けてくることはないと楽観していた。
ハースは再び発言を求めた。
「よろしいでしょうか?」
「先ほどの提督の案は却下だ。これは決定事項だが、何か意見があるのだろうか?」
「はい。先ほどの案は最も効果的な手段ですが、戦争を誘発しかねないものであることは理解しています。ですので、次善の策を提案したいと思います」
「では賢者殿の意見を聞いてみたいと思うが、どうだろうか?」
エバンスがそう言って見回すと、財務卿のレジナルド・リトルトンが反対する。
「ハース提督の策は軍事的には効果的だが、過激すぎる。次善の策と言うが、聞く価値を私は感じていない」
それに対し、軍務卿のサイモン・スペンサー元大将が反対する。
彼はハースの元上官であり、その才能を開花させた人物でもあった。
「聞くだけ聞いてもよいのではないですかな。ハース提督の考えは奇抜だが、我々とは違う視点で見ていることが多い。彼女の考えがヒントになることもあり得ると思うのだが」
そこで即座に外務卿のキンバリー・レストンが賛成する。
「私もスペンサー卿の意見に賛成です。先ほどのゾンファ艦隊が引き揚げるという可能性を我々は考慮していませんでした。いろいろな意見を聞くことはプラスになることはあってもマイナスになることはないでしょう」
その言葉にエバンスが頷く。
「キンバリーの言う通りだ。提督、考えを聞かせてほしい」
「承りました。最初にお伝えしますが、この提案も先ほどと同じく軍としてではなく、小官個人の意見です……」
軍でも検討を行っているが、その際彼女は常識的な意見しか言っていない。
これは前提となる政府の方針が伝えられていなかったことが大きいが、それ以上に情報がリークして提案する前に潰されることを恐れているためだ。
彼女は未だに参謀本部や作戦部にゾンファの工作員に繋がる者が残っている可能性が高いと考えていた。
「まず条件としてゾンファ共和国と戦争にならないように配慮するということを付け加えます。その場合、相手から戦端を開くことがないことも重要となります。その上でゾンファ政府に対し、我々の主張を受け入れざるを得ない状況を作ることを目的とします」
その言葉にリトルトンが不満げな声を上げる。
「そのようなことは分かっている。簡潔に説明してくれ」
ハースはリトルトンを無視して説明を続ける。
「ジュンツェン星系に派遣されたゾンファ軍の五個艦隊についてですが、動けないようにします。具体的には王国軍とFSU軍の連合艦隊を六個艦隊程度派遣し、即座にランジョン星系ジャンプポイントに移動することで星系を封鎖します。これは停戦協定に沿った行動であり、何ら問題ございません……」
停戦協定には、ゾンファは王国及びFSUに対し、事前の承認を得ずにジュンツェン星系に戦闘艦を進入することを禁じていた。また、協定に違反した場合、ジュンツェン星系を封鎖することも明確に記載されている。
エバンスたちは彼女が何を言いたいのか興味深く聞いている。ただ一人、リトルトンだけは自分の意見を否定してくる彼女を憮然とした表情で見ていた。
「封鎖の目的ですが、ゾンファ星系に王国艦隊を派遣するための準備です。先ほども説明しましたが、ゾンファ艦隊が本国に帰還すれば、ゾンファ政府は強気に出ることは間違いありません。交渉が長引けば、我々が不利になることは明らかです。それを防ぐために、まずはゾンファ軍を分断します。ゾンファ星系に派遣する艦隊ですが、王国艦隊のみで四個艦隊とします。それ以上多ければ、ゾンファ国民の反発が大きくなりますし、補給も困難になるからです。また、それより少なければゾンファ星系で万が一戦闘が起きた場合に対応が難しくなります。同様の理由でFSUとの連合艦隊ではなく、王国艦隊のみが有利と考えています……」
戦争を起こさないという条件だが、彼女は戦闘が起きるとヤシマ艦隊では対応できないと考えていた。
「艦隊の派遣期間ですが、交渉の結果次第ですが、半年を超える期間は現実的ではありません。ジュンツェン星系からゾンファ星系までは約三十パーセク(約九十八光年)、五つの星系を超えていく必要があります。ゾンファの支配星系ですので伏兵を置くことは容易であり、補給に不安があるためです。ですので、ゾンファ派遣艦隊には艦隊の輸送艦だけでなく、輸送艦隊を同行させます。弱点となる補助艦艇は増えますが、輸送艦隊を別途送り込むより遥かに安全ですから。説明は以上です」
輸送艦やタンカーは加速力が小さく、防御も貧弱だ。
そのため、艦隊戦では後方に切り離しておくことが多い。また、追加の輸送艦隊を送り込むケースは比較的多いが、加速力の小さな輸送艦隊は高機動艦隊の格好の獲物だ。
ハースの説明が終わったところでリトルトンが発言する。
「提督の案ではジュンツェンには連合艦隊を六、ゾンファには王国艦隊を四の計十個艦隊が必要だということだな。ジュンツェン派遣艦隊の半数は王国艦隊になるだろう。そうなると、我が国は派遣艦隊の七割となる。ヤシマが原因なのだ。FSUの負担を増やすべきだろう」
「敵国の奥深くと言っていいゾンファ星系に派遣する艦隊の指揮命令系統は統一しておくべきです」
「ヤシマでもダジボーグでもFSU艦隊と共同で敵の大艦隊と戦い勝利しているのだ。総司令官を我が国から出すと決めておけば、問題ないだろう」
ハースはそれまでの笑みを消して真剣な表情で主張する。
「ヤシマで行われた三回の会戦のうち、チェルノボーグJP会戦とイーグンJP会戦ではFSU艦隊の能力の低さにより、王国艦隊に大きな損害が出ています。幸い同盟国領内であったため、致命的ではありませんでしたが、今回は遠方の、それも敵の本拠地なのです。僅かな齟齬でも致命的になり得ますし、戦闘が起きれば、多くの将兵が捕虜となります。そのような事態にならないようにするためには絶対に必要なことだと考えます」
彼女にとって、いずれの会戦も薄氷の勝利であり、無駄に王国将兵が血を流したと考えているのだ。
リトルトンが再度反論する前にエバンスが質問する。
「提督の懸念は理解した。私も会戦の詳報を見ているが、戦闘が起きた場合に同盟国が足枷になるという点については全く同感だ。しかし、財務卿が言う通り、我が国の負担が大きすぎる。追加の輸送艦隊のことまで考慮すれば、我が国が七十五パーセントもの人と艦を出すことになるのだ。これでは国民の理解は得られない。戦闘が発生した場合のリスクと得られるリターン、そして、そのためのコストが見合っているのかが気になっている」
エバンスはゾンファが攻撃してくる可能性はほぼゼロだと考えていた。
特にハースやユーイングと言った優秀な戦略家が指揮する場合、仮に戦闘が起きたとしても小規模で抑えてくれると思っている。
「常識的に考えれば、戦闘が発生する可能性は低いでしょう。ですが、その常識が通用しないのがゾンファなのです。そして、戦闘が起きた場合、数十万の将兵の命が失われます。コストを掛ける価値は充分にあると考えます」
ハースはそう反論する。
「ハース提督の考えは理解した。最初に伝えたが、政府としては今回の作戦に投入できる艦隊は全体の半数までで最大五個艦隊まで。また、補給についても補給線が短いFSUが負担すべきだ。もちろん、今回の派兵に対し、FSUから協力金を得るつもりだが、金をもらったからと言って、危険な仕事をすべて我が国が受けるというのでは国民は納得しないのだ。特に帝国の脅威が遠のいた今、我が国ばかりが働かされる状況は避けなければならない」
スヴァローグ帝国の内紛だが、年が明けても大きな動きは見られていない。ただ、皇帝アレクサンドルとストリボーグ藩王イワンの双方がFSUに使者を送っており、味方に引き込もうと画策している。
今のところロンバルディア連合もヤシマもダジボーグ星系に艦隊を派遣するという話はないが、帝国内の情報が少なく、どのような動きがあるのか分かっていない状況だ。
その後、会議は続いたが、政府の方針を覆すことができなかった。
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