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アルビオン王国宙軍士官物語~クリフエッジと呼ばれた男~(クリフエッジシリーズ合本版)  作者: 愛山 雄町
第九部「輸送船団を死守せよ」

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第二十話

 宇宙暦(SE)四五二六年二月二十八日。


 昨日、キャメロット星系の首都チャリスに入った首相のロジャー・エバンスはキャメロット自治政府の議会で演説を行った。


 そのほとんどが選挙公約に書かれていることであり、聴衆の興味は引かなかったが、ゾンファの暴挙に関する話は別だった。


『……ゾンファ共和国は我が国との停戦協定と平和条約を蔑ろにし、ジュンツェン星系にあるJ5要塞の無力化作業を妨害しました。この暴挙に対し、特使が弁明にやってきましたが、その主張はヤシマ企業の暴挙を非難するというだけの聞く価値のないものでありました……』


 ゾンファ共和国の特使、イェ・シュメリ外務長官はキャメロット星系に到着したものの、エバンスどころか外務卿のキンバリー・レストンにすら面会できず、外務省の一局長が対応している。


 これはゾンファの主張を聞く気がないことを示すもので、イェたち外交団は安全を理由に宇宙港に軟禁され、政治家やメディアとの接触を禁じられていた。

 そのため、世論を動かすと意気込んでいたイェもなすすべがなく、手を拱いている。


『……これから軍と協議し、ゾンファ共和国に対する方針を決めますが、生温い対応をするつもりはありません。このようなことを許せば、彼らは何度も同じようなことを繰り返すからです。もちろん、無暗に戦端を開くつもりはありませんが、自由星系国家連合(FSU)と共に安全保障上の脅威を取り払うことに躊躇うことはないでしょう……』


 先日までの慎重な姿勢は影を潜めている。

 理由はレジナルド・リトルトン財務卿が自分に近い記者に情報をリークし、世論を誘導したためだ。


 メディアでは昨日からゾンファへの懲罰部隊の出動とジュンツェン星系にいるゾンファ艦隊の排除を訴える報道が多かった。


『ゾンファ共和国は協定や条約を守るつもりがないのです。そのような者たちと対等の交渉ができるはずはありません。彼らを躾けるために艦隊を派遣すべきでしょう。今の状態を放置し、時間を与えることは更なる暴挙を招くだけですから……』


『ゾンファには大した戦力はなく、軍部の暴走の可能性が高いと言わざるを得ません。そうであるならば、条約及び協定違反を実行した首謀者を処断するようにゾンファ政府に圧力をかけるべきです。ジュンツェン星系にいる艦隊はゾンファのほぼ全戦力と言えます。これを無力化することができれば、彼らも無謀な行いを控えるようになるでしょう……』


『忘れてはならないのは、国家財政が危機的状況にあるということです。前政権による無謀な戦争指導により、我が国は今後数十年に渡って基礎的財政収支(プライマリーバランス)のマイナスが続くのです。我々と同じ危機感を抱くFSUと共に行動を起こすべきでしょう……』


 これらの報道はリトルトンが誘導したことがきっかけだが、ゾンファの工作員や協力者たちが情報操作を始めたことが大きい。工作員たちはイェがキャメロット星系に到着したら動くように予め命じられていたためだ。


 ゾンファの元政治局長ファ・シュンファはイェを送り込んだものの、外交団を送り込んだという事実が必要だっただけで、彼女に全く期待していなかった。


 協力者たちだが、リベラル系メディアの記者たちがほとんどだ。

 彼らは保守党を嫌い、民主党政権を支援するつもりで記事を発信しているが、その元になるソースは工作員たちが与えたものだった。


 もっとも記者たちは情報源がゾンファの工作員とは知らず、正義のために報道していると無邪気に記事を発信し続けている。


 元首相ウーサー・ノースブルックはその報道を苦々しい表情で見ていた。

 そして、一緒にいる息子アーサーに愚痴る。


「酷いものだな。艦隊など派遣すれば、ゾンファの支配者たちを喜ばせるだけだと気づいていないようだ」


 ウーサーはゾンファに艦隊を派遣すれば、ゾンファ国民の愛国心に火が着き、現政権に力を与えるだけだと考えている。


「ですが、何もしないという選択肢はないのではありませんか? 単に外交団を派遣して条約違反だと指摘しても、のらりくらりとはぐらかされ、時間を稼がれることになるだけですから」


「ヤシマと共に全権大使を伴った外交団を出せばいい。当然、今回の暴挙を行った者の処分は求めるが、その一方でヤシマのやり方を非難し、ゾンファの民衆にも配慮するのだ。ヤシマも我が国が搾取をやめろと強く主張すれば無視できん。それでもやめぬようなら自由星系国家連合(FSU)との軍事同盟を破棄すると脅せばよいのだ。本来なら私の政権の時にしたかったが、時期が悪かった」


 ノースブルックが首相であった時にもこの問題は顕在化しつつあった。当然、ヤシマにはやめるように伝えていたが、その頃に軍務卿であったエマニュエル・コパーウィート子爵のスキャンダルがあり、更には前国王が崩御した。その結果、動くに動けなかったのだ。


「確かにそうですが、リトルトンを抑えきれない首相に期待できないでしょう」


 アーサーの冷静な指摘にウーサーも渋々頷く。


「そうだろうな。あのような俗物を財務卿という重要閣僚にするとは……」


「それを言ったら父上も言い返されますよ。俗物であるコパーウィート子爵を軍務卿にしたのですから」


「確かに野心が強く清廉とは言えんが、能力は充分にあった。大勝利が続いて勘違いしなければ、有能な軍人として名を遺しただろう。リトルトンと同列に扱われてはコパーウィートが不憫だ」


 コパーウィートは戦術家や戦略家としては平均より上程度の能力しかないが、軍組織を運営する軍政家としては傑出した才能を示している。


 実際、彼が軍務卿に就任した後、政府が軍の行動を縛るようなことは起きておらず、また艦隊の急激な膨張においてもトラブルは起きていない。


 ジークフリード・エルフィンストーンやアデル・ハースら有能な司令官が事務処理に煩わされることなく、存分に手腕を発揮できたのはコパーウィートの行政手腕によるところが大きい。


 一方のリトルトンだが、単純な二元論が多く分かりやすいため、メディアには受ける。彼自身は財務のプロと自認しているが、知識も経験もなく、大局を見ることができない三流の政治家だ。当然、国政を担うほどの能力はない。


「いずれにしても我々にできることは少ないですね。首相がどこまで考えてくれるのか、不安になります」


「我々にもできることはある。来月にはヤシマの外交官がここに来る。そこでヤシマの動きを制御する」


 ジュンツェン星系にゾンファ艦隊が現れたという情報はヤシマにも通報されている。距離の関係からヤシマの方が早く情報を得ており、協議のための外交使節がキャメロット星系に向かうことは確実だ。


「父上は野党の指導者に過ぎないのですよ。ヤシマの外交官がどこまで重視するか……」


「私の力を舐めるなよ」


 ウーサーはそう言って好戦的な目で息子を見つめる。


「恐らくだが、ここに来るのはヨシダ外相だ。彼なら今の王国政府を頼ることが危険だと感じて必ず私を頼ろうとする。その時に話をすればよい」


 シゲオ・ヨシダは優秀な外交官だ。ゾンファの第一回ヤシマ侵攻作戦が失敗した後、アルビオン王国が防衛協定を破棄しようとしたが、スヴァローグ帝国の侵略を予想し、協定の延長を勝ち取っている。


 その際、彼を支援したのがウーサーであり、ヨシダは個人的に恩を感じていた。


「確かにゾンファと帝国が不安定なこの状況では、ヤシマの外交の舵取りは非常に難しいですから軍上層部に影響力を持つ父上とのコネクションは維持したいでしょうね」


 ウーサーはエルフィンストーンやハースと親交があり、野党の党首でありながらも未だに軍に強い影響力を持っている。


「そういうことだ。その前にリトルトンをどうにかせねばならん。奴に掻き回されたのでは軍も困るだろうからな」


 ウーサーは俗物である“政治屋”のリトルトンを嫌っており、メディアを使って退任に追い込もうとした。


 彼は保守地盤であるキャメロットでは絶大な人気があり、メディアを動かすことは難しくなかった。また、リトルトンがシビル星系でクリフォードを不当に攻撃したことは既に報道されており、政策論争と言う形で対決するといえば、メディアが乗ってくることは確実だった。


 しかし、その策は上手くいかなかった。

 リトルトンに利用価値があると考えたゾンファの工作員とその協力者が、ウーサーがクリフォードの名を使い、民主党を攻撃しようとしていると先手を打って報道したためだ。


 民主党寄りのメディアが年末にウーサーとアーサー、クリフォードの三人が会食を行い、その場でリトルトンの不当な要求を利用するため聞き取りを行ったという報道がなされた。


『元首相ウーサー・ノースブルック議員ですが、選挙の結果を謙虚に受け入れてほしいものです。確かにレジナルド・リトルトン財務卿の行動はおとなげありませんが、あれはあくまで個人の問題です。義理の息子が当事者であることを利用し、貶めようとする行為は七十五億の王国民のリーダーであった首相経験者がやるべきことではないでしょう……』


 その報道を聞き、ウーサーはゾンファが絡んでいると確信したが、ここで反論すればより報道が過熱すると考え自重する。


『確かにコリングウッド少将と会食は行いましたが、あくまで私的なものです。常々孫の顔を見に行きがてら会いたいと考えているのですが、私が行けば彼に迷惑が掛かります。孫は娘が連れてきてくれるのですが、彼とは話す機会がありません。ですので、彼の迷惑にならないように静かな場所で話をしたかったのです……』


 そして、貶めようとしているメディアに釘を刺す。


『彼は誠実な軍人であり、政治には一切関与しません。国王陛下が王太子時代に彼と彼の家族の時間を乱さないでほしいとおっしゃられたことがあります。自らの利益のためにそのことを忘れている方が多いことが、私は残念でなりません……』


 釘は刺したものの、リトルトンへの攻撃に移ることができないことに変わりはなかった。


「先手を打ってくるとは思わなかった。こうなると、メディアが忘れる一ヶ月ほどは正論を発信し続けることしかできん。だが、正論は国民受けしない。ゾンファへの対応はエバンスに期待するしかないが不安だ……」


 彼は息子にそう零すが、密かにハースに連絡を取った。


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