第十八話
宇宙暦四五二六年二月六日。
キャメロット防衛第四艦隊がアテナ星系に到着した。
アテナ星系には常時二個艦隊が配備されていたが、ゾンファ共和国軍が激減した現状では一個艦隊のみだ。それも演習を目的とした艦隊だけが駐在するという体制で、実質的には大型要塞アテナの盾Ⅱのみで守っている。
到着した翌日、駐在していた艦隊から引継ぎを受けた後、本格的な演習が始まった。
実戦に近い形で、頻繁に隊形が変わっており、メインスクリーンに映るアイコンが激しく動いている。しかし、その動きに統一性はなかった。
高機動艦である駆逐艦や軽巡航艦は頻繁に出される命令に右往左往しているためだ。
一方、艦隊の要となる戦艦戦隊は激しく隊形を変えることはなかったものの、集中砲撃やミサイル防衛などで艦長であるサミュエル・ラングフォード大佐は艦隊司令部から慌ただしく出される命令を実行している。
「主砲発射のタイミングが僅かだが遅れているぞ! 機関制御室! 主砲へのエネルギー供給が遅い! 対消滅炉と質量-熱量変換装置の切り替えのタイミングを考えてくれ! 戦術士! 主兵装冷却系の調整を掌砲長に指示してくれ! このままでは加速空洞が焼けてしまう! これは君が気づくべきことだぞ!……」
サミュエルは旗艦のために奮闘しているが、クリフォードも安穏とそれを見ているわけではなかった。
「参謀長! ヴァリアント187が所定の位置についていない! その位置ではミサイル防衛隊形に支障が出る! ヴァル! センチュリオン552に命令受諾の連絡が遅いと伝えてくれ! コンウェイ提督の指示は刻一刻と変わるんだ。僅かな遅れが全体の足を引っ張りかねないと!……」
演習は五時間ほど続き、終了の命令が入ると、戦闘指揮所では安堵の息を吐き出す者が多かった。
そんな演習が繰り返される中、開始から十日ほど経った二月十六日に驚くべき情報が入ってきた。
ターマガント星系ジャンプポイントにジャンプアウトした情報通報艦がジュンツェン星系にゾンファ艦隊が現れたと伝えてきたのだ。
『去る二月一日、ジュンツェン星系にゾンファ共和国軍五個艦隊約二万五千隻がジャンプアウト。J5要塞の無力化作業の監視部隊に退去を命じ、J5要塞に向けて加速を開始しました……』
ゾンファ共和国が現状保有する艦隊のほぼすべてを前線であるジュンツェン星系に派遣したことに言葉を失う者が多かった。
(このタイミングで五個艦隊をジュンツェンに送り込んだ……J5要塞がどの程度の時間で戦力化できるかは分からないが、思い切った策に出てきたな。タイミング的には我が国の政権交代を知った時だが、それほどにゾンファは追い詰められているということか……政府が過剰反応しなければいいが……)
クリフォードも驚いていたが、それは暴発したという事実より、想像より早いタイミングであったためだ。
「ゾンファは鎖国政策に戻るつもりでしょうか?」
副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐がクリフォードに尋ねる。
「いきなり鎖国ということはないと思う。私なら外交官を派遣して時間を稼ぐ。J5要塞を再戦力化するにも艦隊を増強するにも時間は必要だからな。それに何の工作もなく艦隊を派遣したとは思えない。だから、この情報で世論がどう反応するかが気がかりだ」
「ゾンファが情報操作を仕掛けてくるとお考えですか?」
質問した参謀長のアンソニー・ブルーイット大佐は真剣な表情だ。彼もゾンファの思惑が読めないものの、本能的に危険だと感じている。
「それは分からないよ。だが、ゾンファの陰の支配者ファ・シュンファ元政治局長は切れ者だ。民衆のガス抜きのために艦隊を動かしたとしても、無策ということはあり得ない。落としどころは考えているだろうな」
「落としどころですか……少将ならどうされますか?」
「私なら王国とFSUの間に楔を打ち込む。ロンバルディア連合は帝国の内戦に介入したいし、ヤシマはゾンファへの報復を続けたいという思いが強い。我が国は戦勝国としての驕りがある一方で、これ以上の財政負担は望まない。帝国への内戦に介入させたいが、その気がないと知れば、ゾンファ星系に艦隊を派遣させることを考えるだろう」
その言葉にブルーイットが驚く。
「ゾンファ星系に艦隊ですか? ゾンファの支配者が懲罰部隊を出させることを望んでいると」
「艦隊を派遣するとしても大艦隊を送り込むことは難しい。恐らく最大でも五個艦隊だ。現在ゾンファ星系には一個艦隊しかないが、これから急いで艦をかき集めれば、更に一個艦隊は堅いだろう。軍事衛星などを利用すれば、戦えないことはない。もっともゾンファも戦うつもりはないのだろうが」
そこで作戦参謀のリンジー・バウケット中佐が質問する。
「戦うつもりがないというのはどういうことでしょうか? 五個艦隊が首都に迫れば、戦わざるを得ないと思うのですが?」
「我が国が要求することはジュンツェンから艦隊を引き揚げさせることだ。そのために脅しを掛けるのだが、我が国は戦争を望んでいない。ゾンファの指導部にしたらダラダラと交渉を長引かせれば、補給に不安がある我が方は撤退するしかないと考える。万が一、我が方が戦闘を決意したとしても、五個艦隊では制宙権は得られても、コロニーを攻撃することや質量兵器を使うような非人道的な作戦以外で、八十億のゾンファ国民を完全に屈服させることは無理だ。結局、撤退せざるを得なくなるから、それを狙う」
「では、少将ならそれにどう対応されますか?」
「私ならFSUと共同で最低でも二十個艦隊をジュンツェンに送り込み、派遣されてきた艦隊は停戦協定を無視する反乱軍として全滅させた上で、J5要塞を破壊する。二十個艦隊ならステルスミサイルによる飽和攻撃と超遠距離砲撃を行えば、こちらは無傷のまま敵を無力化できるからね……」
リャオ・ワン上将率いる艦隊がゾンファ政府の命令を無視して行動している反乱軍であると断ずれば、海賊と同じ単なる武装勢力と看做すことができる。そのため、宣戦布告なしに攻撃が可能だ。
「これでゾンファ国民の心が折れる。我が国は平和を乱す者はどのようなことがあっても許さないという意思を示すことになるから。その上でヤシマに対して無謀な搾取をやめるように勧告する。従わなければ同盟を破棄し、民主化されたゾンファと同盟すると脅してね」
クリフォードの過激な意見にブルーイットらは驚いているが、ホルボーンだけは納得していた。
(ゾンファの民衆だけじゃなく、ヤシマ国民の心も折るのか……FSUという政体が抑止力以上の力を持たないことは嫌というほど理解しているはずだ。王国が手を引くということは、ヤシマはいずれゾンファの手に落ちるということだ。ヤシマがゾンファに呑み込まれれば、我が国も厳しいが、帝国がロンバルディアを得れば、帝国とゾンファが他の星系を奪い合う。その辺りのことを情報操作で流せば……)
ホルボーンは今考えたことをクリフォードらに伝えた。
クリフォードは驚いていないが、ブルーイットらは目を見開いて驚いている。
「恐ろしいことを考えるな、少佐は。まるで少将のようだぞ」
ブルーイットが笑いながらそう言うと、バウケットも頷く。
「私も同じことを思いました。FSUで情報操作が行えるなら、有効な手だと思います」
彼女の言葉に情報参謀のウォルター・リントン中佐も大きく頷いていた。
その言葉にホルボーンは首を横に振る。
「もっとも我が国の政府はそこまで腹を括れないでしょう。だからこそ、ゾンファの指導者は勝負に出たのでしょう。少将もそうお考えではありませんか?」
「ヴァルの言う通りだろうな。そもそも政府は大艦隊を派遣することを認めないだろう。これ以上の負担を求めることは選挙公約に反することだから。それにゾンファを信用して同盟を結ぶなど、国民が納得しない。帝国とゾンファが共闘しないという保証がないしな」
クリフォードの考えに全員が納得する。
「いずれにしても動きがあるのは来月以降だ。我々ができることは何が起きても戦えるように戦隊を鍛え上げることだ。今回の情報でやる気になっているだろうから、それを上手く引き出してくれ」
「「「了解しました、少将!」」」
全員が即座に了承した。
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