第十七話
宇宙暦四五二六年二月一日。
クリフォードら第四艦隊が本格的な演習航宙に出発する日、ゾンファ共和国のジュンツェン星系では大きな事件が起きていた。
ジュンツェン星系には大型要塞J5要塞がある。
その要塞は先の停戦協定により解体されることが決定しており、それが確実に行われることを監視するため、アルビオン王国と自由星系国家連合から監視部隊が派遣されていた。
その監視部隊の情報士官が悲鳴に似た叫びを上げる。
「ランジョンジャンプポイントにゾンファ共和軍艦隊出現! その数約二万五千! 五個艦隊がジャンプアウトしてきました!」
ランジョン星系はゾンファ星系からの航路に当たるが、ゾンファ軍が保有する艦隊のほとんどが事前通告なしで現れたことで、多くの者が声を失っている。
戦争状態にない場合、自国の星系であっても他国の軍が駐留している星系に入る時は事前に艦隊の総数、目的などを通達する。これは四千年以上前の銀河連邦時代からの慣例で、それに反した行為は奇襲攻撃に他ならない。彼らはそのことに言葉を失ったのだ。
メインスクリーンに映るゾンファ艦隊の数に指揮官は一瞬唖然とし、「五個艦隊だと……」と呟いた後、我に返って命令を発した。
「すぐにゾンファ艦隊に以下の通信を送れ! 大規模な艦隊の本星系への進出は停戦協定違反になる。直ちに進軍をやめ、ランジョン星系に引き返せと! ハイフォンJPとシアメンJPの情報通報艦に命令! 直ちに第一報をキャメロットとヤシマに送れ!」
命令を出している間にゾンファ艦隊から通信が入った。
『小官はジュンツェン平和維持艦隊司令官リャオ・ヤン上将である。自由星系国家連合が現在行っている我が国に対する要求は、平和条約の精神に反するだけでなく、我が国の安全保障上、見過ごすことができないものである。よって、先の停戦協定に基づくJ5要塞破棄作業は一時凍結し、我が艦隊が本星系の平和維持活動に従事する。FSU及びアルビオン王国の関係者は直ちにJ5要塞から退去することを勧告する。我が艦隊が到着するまでに退去しない場合は、平和を脅かす恐れがあると判断し身柄を拘束する。また、本星系内にある両国の艦船についても百時間以内に退去することを勧告する。従わない場合は不法な領域侵犯として拿捕する。以上』
メインスクリーンに映るリャオ上将は言葉とは裏腹に優しげな表情で、緊張感は伝わってこない。
そのため、王国監視部隊の指揮官が反論する。
「我が国及びFSUは貴国政府との合意に基づく正当な活動しかしていない。貴官の主張は停戦協定及び平和条約に違反おり、その主張を認めることはできない。直ちに引き返すことを勧告する」
ランジョンJPとJ5要塞は三光時ほど離れているが、ゾンファ艦隊では既に加速を開始しており、返信が戻ってくるのは五時間ほど後になる。
指揮官は要求を送ったものの、返信を待つ時間はないと命令を発した。
「十時間以内に出港する! J5要塞内での監視作業は直ちに中止! 情報士官は機密情報の処理を実施せよ! その他の者はマニュアルに従い、適切に行動せよ! 繰り返す……」
アルビオン王国はゾンファ軍が暴走する可能性を考慮し、対応マニュアルを作らせていた。指揮官はそれに従って行動するよう命じたのだ。
一方、FSU側は混乱していた。
「これはブラフだ! 我々に手を出せばFSUとアルビオンの大艦隊が動くのだ! こちらが逃げる必要などない!」
「ゾンファ軍の指揮命令系統が機能しているとは限らんのだ! 現場の暴走に巻き込まれたら、艦隊が動く前に無為に殺されるだけだ! すぐに退避すべきだ!」
「五個艦隊すべてが暴走したとは考えられん! ゾンファの意図がどこにあるのか、交渉で探るべきだ!」
監視部隊の主力はヤシマ防衛軍であり、一応全体の指揮官も決まっているが、ロンバルディア連合やヒンド共和国などの多国籍軍ということでなかなか方針が決まらない。
それに業を煮やした王国部隊の指揮官が通信を入れてきた。
『リャオ司令官はあの混乱を生き残った軍人だ。彼は狂信的な士官ではなく、暴走しているとは考え難い。恐らく政府の意向を受けたものだ。捕虜になれば、どのような扱いになるかは想定できんし、その後の政府の行動の足枷ともなりかねない。早急に退避すべきだ』
王国軍からの勧告を受けてようやく行動を開始したが、退避が終わった頃にはゾンファ艦隊が入港しようとしており、ギリギリのタイミングだった。
監視部隊がJ5要塞から退去した直後、ゾンファ艦隊から通信が入る。
『私はゾンファ共和国政府の外務長官であり、全権特使であるイェ・シュメリです。アルビオン王国と協議したいことがございます。貴国政府にその旨を連絡していただけないでしょうか』
イェは三十八歳のキリッとした感じのキャリアウーマン風の美女だ。
彼女は新政権の首班、ワン・ラー率いるゾンファ国民党の副党首だ。その弁舌により選挙で大いに貢献し、ワン政権のナンバーツーになった女傑でもある。
選挙では厳しい口調で当時の与党、ゾンファ民主党を批判し、それが国民の支持に繋がったが、この時は笑みを湛えて優しげな表情を作っている。
その通信を聞いた指揮官は内心で舌打ちをする。
(チッ! 何を言っている! 停戦協定を一方的に破っておいて協議だと!)
そう考えたものの、キャメロットに送る第二報と共にその旨を連絡するよう命じた。
「イェ長官の要請はキャメロット星系に連絡する。但し、停戦協定を一方的に破棄した貴国は信用できない。本国からの指示があるまで、ここで待機することを勧告する」
指揮官には外交上の権限がないため、そう答えたが、イェは余裕の表情で通信を返す。
『外交官として非武装船で向かいます。それならば問題ないのではありませんか?』
外交交渉を行う外交官を明確な理由なく止めることは難しく、指揮官も認めるしかなかった。
「破壊工作等に従事しないと誓うのであれば認めるが、ハイフォンJPで臨検を受けてもらう」
『承知しました』
イェは即座に了承した。
ジュンツェン星系で臨検を拒否しても、ハイフォン星系から先は王国の支配星系であるため、意味がないからだ。
彼女は通信を終えた後、リャオに連絡する。
「予定通り、私が王国艦隊の出動を阻止してきますわ。上将は早急にJ5要塞の再武装を終えてください」
「承知いたしました。お戻りになる五月までには主砲が使えるようにしておきます」
リャオは恭しく頭を下げる。
しかし、内心では呆れていた。
(アルビオンの政治家があなたの話など聞くはずがない。こんな作戦に付き合わされる身にもなってほしいものだ……)
彼は今でこそ大将に当たる上将だが、国家統一党が健在の時には党と無縁であったため、四十代半ばまで一介の参謀に過ぎず、階級も准将でしかなかった。しかし、戦略や戦術に詳しく、その能力ゆえ、エリートたちが集まる参謀本部に在籍していたほど優秀だ。
党の関係者でなかったことが幸いし、公職から追放されることはなかったが、参謀として有能であったことから、司令長官であるフェイ・ツーロン上将が三階級特進で艦隊司令官に抜擢した。
(まさかこんなことに巻き込まれるとはな……フェイ上将がいらっしゃればこんなことにはならなかったんだが……)
彼は当初、艦隊司令官になることを断っていたが、フェイから“当面は戦争もなく、後進の育成に専念してほしい”と頼まれ、渋々引き受けている。そのため、今回のような無謀な出兵があるとは考えていなかった。
彼を司令官に抜擢したフェイだが、この出兵には大反対だった。
首相であるワン・ラーからこの話が来た時、彼は強い口調で反対した。
『ヤシマに対する国民の怒りが大きいことは、私も十分に理解しています! ですが、指揮官の質が低下していることはあなたも分かっているでしょう! 上将でも四十代半ば、中将や少将に至っては大佐や中佐から昇進した三十代ばかりなんですよ! そのような者たちが兵たちの手綱を握り続けられるとは思えんし、彼ら自身が暴走する可能性すらあるんです! こんな冒険的な策を実行するなど、国を亡ぼすつもりですか!』
ワンはそれに反論した。
『ジュンツェンに五個艦隊を送り込み、J5要塞を戦力として復活させても王国艦隊と戦えないことは誰の目にも明らかだよ。たとえ一人や二人が自暴自棄になったとしても、全艦隊が動くことはない。第一、王国は帝国の内戦に介入する。彼らの方が我が国より脅威なのだからな。それならば我々がどれほど怒りを覚えているのかを見せつける方がよい』
昨年十一月の初旬にアルビオン王国での総選挙の結果がゾンファ星系に届いていた。保守党が敗北し、民主党が政権を握ったことから、早期にスヴァローグ帝国の内戦に介入するという観測がゾンファでは主流であった。
しかし、十二月半ばにノースブルック元首相が帝国の内戦介入が危険であるという主張をし、その根拠として泥沼の内戦に引き込まれるというシミュレーション結果を公表したことから、王国の民衆やメディアも冷静さを取り戻していた。
また、早期に内戦に突入すると思われた帝国でも動きはないが、この時、それらの情報はゾンファに届いていなかった。
『それは現場を分かっていない政治家の考えに過ぎません! 若い士官や兵たちは実力行使で、あの地獄のような待遇を改善させたという実績を見ています! 血気盛んな奴は今回も同じことができると思うかもしれないんですよ! そのことをもっと重視してください!』
フェイもこの出兵が国民のガス抜きだと分かっているが、指揮官の質が低下していることから不測の事態が起きかねないと抗議していた。
それでもワンは出兵を強行する。
ワンから話を聞いた陰の支配者ファ・シュンファ元政治局長はフェイの懸念に理解を示した。
(フェイの言っていることは強ち間違っていない。だが、このままでは我らも民衆から民主党の連中と同じ弱腰だと思われかねん。そうなっては私が復権することは叶わなくなる。若い士官や兵が暴走してもフェイさえいれば拡大させずに止められる。だが、今のままでは辞任しかねん……)
そう考えたファは、フェイが心労で倒れたことにし、強制的に軍病院に入院させた。
それに伴い、参謀長であったジャオ・ジェンピンを司令長官に指名する。
ジャオもこの策に反対であった。
彼はヤシマの造船技師ユズル・ヒラタの設計したランジャン級戦艦などが欠陥品で、大きな禍根を残すと看破し、配備を止めようとしたほどの人物だ。
ファは密かにジャオを呼び出し、真意を伝えた。
『このままでは国民が暴発しかねない。そうなれば、未熟な指揮官が多い軍も同調するだろう。しかし、無軌道な暴走は国を亡ぼすだけだ。我々で制御しつつ、適切に圧を抜き、時間を稼がねばならんのだ』
その言葉でファがフェイを強制的に入院させた理由を理解した。
『つまり、私がそれを行い、責任を取った後にフェイ上将が軍を立て直すということでしょうか?』
『その通りだ。君には貧乏くじを引かせることになるが、ゾンファという国を守るためにはここでフェイを失うわけにはいかんのだ。君に酷いことを言っている自覚はあるが、これは厳然たる事実だ』
ジャオは苦笑するが、素直に頷いた。
『私がいなくとも軍は何とかなりますが、フェイ上将が不可欠であるというあなたの指摘には全面的に賛同します。そうであるなら、私は司令長官代行とした方がよいでしょう。フェイ上将が回復されるまでの代理に過ぎないと思わせた方が反発も少ないでしょうから』
ジャオは自分が人身御供にされることに不満だったが、今の状況が危険であることも理解していた。
(ここまで追い詰められては仕方がない。しかし、これを見込んで策を考えたハースとコリングウッドは危険だ。この機会を使って排除することができないものだろうか……)
彼は策を提案したクリフォードと実行を決断したハースを危険視しており、ファの策に乗った。
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