第十六話
宇宙暦四五二六年一月二十四日。
第四艦隊は第六惑星ボース付近での約二週間の慣熟航宙を終え、第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある大型要塞アロンダイトに帰還した。
入港後、クリフォードは麾下の第三戦艦戦隊の全将兵に向けて放送を行った。
『慣熟航宙を無事に終えたことについて、全員に感謝を伝えたい。これは各員の努力の賜物だと理解している。今後もこのように細心の注意を払って任務に当たってほしい。知っての通り、二月一日よりアテナ星系で本格的な演習が行われる。一月三十一日まで上陸を許可するので、各自英気を養ってほしい。以上』
彼が言った通り、第三戦艦戦隊では大きなトラブルはなく、慣熟航宙を兼ねた演習は無事に終了している。
旗艦アガメムノン96を含め、新造艦では本格的な点検が行われるが、港湾施設が整った要塞ということで、乗組員たちには休暇が与えられることになった。
アテナ星系での演習は約四週間続けられるため、その英気を養うためだ。
「艦長たちは一七〇〇に到着する予定だったな」
クリフォードが副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐に確認する。
「はい、少将。全員から了解の連絡が入っております。司厨長にも準備状況を確認し、問題はありません」
クリフォードは休暇を前に戦隊の艦長たちと懇親を図るため、司令官室で会食を行うことにしたのだ。
もちろん、慣熟航宙前にも各艦を訪問して顔合わせをしているが、全員が一堂に会しての顔合わせはしていない。出港前のバタバタとした状態ではなく、ある程度互いのことを理解した状態で懇親を深めたいと、このタイミングにしたのだ。
艦長たちが来る前にクリフォードと艦長のサミュエルは舷門に向かう。
「少将と二人で来訪者を出迎えるのは久しぶりですね」
「そうだな。デューク・オブ・エジンバラ以来か。もう七年近く前になるんだな」
彼とサミュエルは王太子護衛戦隊の旗艦デューク・オブ・エジンバラ5号、通称DOE5で艦長と副長だった。DOE5には来客が多く、二人で何度も出迎えている。
「まだ七年しか経っていないって感じですよ。いろいろと濃い時間を過ごしていますからね」
サミュエルがそう言って笑みを浮かべる。
そんな話をしていると、艦長たちがやってきた。
全員が第一礼装に身を包み、談笑しながら舷門を上がってくる。
その姿が見えたところで、アガメムノンの当直員たちが一斉に敬礼する。
「ようこそ、我が艦へ」
サミュエルが艦を代表して歓迎の言葉を言いながら敬礼する。
それに全艦長が答礼し、クリフォードも敬礼した。
「私のために時間を割いてもらい、感謝する。ささやかながら料理と酒を用意している。楽しんでもらいたい」
そこで先頭に立つ女性士官、ドレッドノート223の艦長ロビーナ・オーティス大佐が一歩前に出る。
「お招きいただき感謝します、少将」
オーティスは二十名の艦長の中で最先任だ。化粧気のない赤毛の大柄な女性士官だが、表情は硬く、会食を楽しむという雰囲気はない。
彼女は四十一歳。大佐という階級では取り立てて年嵩というわけではないが、准将に昇進すると言われながら据え置かれており、出世が早いクリフォードたちに嫉妬している。
そのことはクリフォードも気づいているが、それを顔に出すことなく和やかな口調で返す。
「非公式な会食だから肩肘を張る必要はないよ、オーティス艦長」
その言葉にオーティスは頷く。
「了解しました、少将」
それだけでオーティスは何も言わない。
彼女に代わり、金髪碧眼の美女デリア・フロスト大佐が笑みを浮かべて答えた。
「司令長官やハース提督に高く評価され、皇帝とも直接やり合った高名なコリングウッド少将に招かれたのです。ラングフォード大佐のように親しい間柄でもない、我々のような平凡な士官では緊張もしますわ」
彼女は三十八歳。昇進して既に三年が経ち、今回の艦隊再編で旗艦艦長になるか、運がよければ准将に昇進すると考えていたが、親友を抜擢したクリフォードに内心で反発している。
彼女は既婚者で、夫は子爵の爵位を持つ官僚だ。
二人で子爵位を維持する功績を上げなればならないが、少なくとも夫が局長級になるか、彼女が少将以上に昇進する必要がある。
現在の階級から考えれば、少将への昇進はそれほど難しいわけではないが、戦争が遠のいた今、目に見える功績を上げることは難しく、焦りが反発に繋がっていた。
そのことを理解した上で、クリフォードは笑みを浮かべながら対応する。
「“崖っぷち”という異名は確かに有名だが、誉め言葉ではないから高名と言っていいのか微妙な気がするよ。まだ互いのことを分かっていないことは理解している。この会食も互いを知る機会としたいと思っているよ」
「承知いたしました」
オーティスとフロストの態度を見ながら、サミュエルはやりきれなさを感じている。
(彼女たちの不満は俺に向けたものだ。クリフが先任順位や慣例を無視してDOEの艦長に抜擢された時も酷かったそうだが、彼にはジュンツェン会戦での実績があった。だが、俺には彼ほど明確な実績がない。大佐の階級にある者の中で最も若く最も先任順位が低い俺に対して不満を持っても仕方がないが、やりきれないな……)
三十三歳で大佐に昇進し、戦艦戦隊の旗艦艦長に抜擢されることは、長いアルビオン王国軍の歴史の中でも異例のことだ。
クリフォードの例があるから、将官級の士官は驚くものの反発は少ない。しかし、同じ階級のベテランたちは強く反発している。
これは艦隊の縮小で昇進の機会が減っていることに加え、今回の再編でも昇進が見送られたため、不公平感を強く感じているからだ。
もし、これが戦時ならもう少し理解されたのだが、多くの者が帝国の内戦に介入しない限り、十年程度は大きな戦争は起きないと考えているため、焦りを覚えている。
サミュエルはそんなことを考えていたが、その間にあいさつが終わっていた。
「では、司令官室に向かおうか」
クリフォードが笑顔で歩き始めると、彼は慌ててその後ろに続く。
司令官室に入ったところで、予め決めてあった席に座った。
クリフォードとサミュエルの従卒たちが料理と酒を並べていく。少将である司令官には二名、艦長には一名の従卒がいるが、士官室の従卒三名も応援に来ており、すぐに並べ終わる。
「ワインは全員に行き届いたようだね。では、乾杯しようか」
クリフォードはそう言って白ワインが入ったグラスを持ちあげる。
「国王陛下のご健勝と王国の発展、我ら第三戦艦戦隊の今後に、乾杯」
彼がグラスを掲げると、全員が乾杯と唱和した。
ワインに口を付けるが、誰も口を開かない。
「先ほども言ったが、今日は料理を楽しみながら、ざっくばらんに話をしたいと思っている」
そこでサミュエルが話を始める。
「このオードブルのワカサギのフリットはいつもの奴ですか?」
「ああ、ガウェインの高地にある湖で獲れたものだ。もっとも私には産地の違いなど分からないがね」
「それは私も同じですよ。いろいろと経験しましたが、戦闘食糧でも満足できるくらいの舌しか持ち合わせていませんから」
二人の話にフロストが加わる。
「お二人は王太子護衛戦隊のDOE5で一緒だったのでしたね。では、国王陛下やVIPの方たちと頻繁に食事をされていたのではありませんか?」
DOE5は“宙駆ける迎賓館”と呼ばれ、自由星系国家連合を何度も訪問しており、多くのVIPが来艦することは有名だ。
それに艦長や上級士官である副長が同席することは容易に想像できる。
「艦長であった少将はともかく、副長であった私にそんな機会はなかったよ。何と言っても、裏方のトップなのだからね」
彼の言う通り、副長は艦長に代わって雑務を仕切る必要があり、裏方に徹することが多い。
「そうですの? 国王陛下はラングフォード艦長のことを愛称で呼んでおられたと聞いていますが?」
現国王エドワード八世は気さくな人柄で、気に入った者を愛称で呼ぶことは有名だった。
フロストはサミュエルが国王のお気に入りであるため、旗艦艦長に抜擢されたと仄めかそうとしていた。
「確かに陛下にサムと呼ばれていたが、下士官たちにも同じように声を掛けられていた。特別なことじゃないよ」
「その通りだな。専用艇である長艇の担当だった操舵手もファーストネームで呼ばれていた。彼が初めて名を呼ばれた時、面食らって硬直したことをよく覚えているよ」
クリフォードが助け船を出した。
その言葉にフロストとオーティス以外の艦長たちが、敬愛する国王の逸話を聞いて嬉しそうにしている。
「そうですか」
フロストは思惑通りにいかず、無表情で頷いていた。
「マイヤーズ少将から聞いたのだが、国王陛下になられてからも同じだそうだ。あの真面目な少将が少し呆れられていたよ。おっと、これは不敬な発言だった。忘れてほしい」
エルマー・マイヤーズ少将は国王護衛戦隊の司令官で、クリフォードとサミュエルが士官候補生時代に乗り組んだスループ艦ブルーベル34の艦長だ。
「マイヤーズ少将とコリングウッド少将、ラングフォード艦長は同じスループに乗っておられたそうですね。このような偶然もあるのだと驚きましたよ」
それまで黙っていた別の艦長が話に加わってきた。
「私もそう思うな。今でもあの方の下に配属されなかったら、私はどうなっていたのかと思うことがある。そうは思わないか、サム?」
「そうですね。ブルーベルに乗っていなかったら不満屋の士官で、今でも大尉くらいで燻っていたでしょうね」
「私なんか、士官になれたかすら微妙だぞ。航法の成績の酷さで任官試験を受けさせてもらえなかった可能性が高いからな」
その言葉にサミュエルが笑う。
「確かにあれは酷かった。どうしてその計算になるのか、それを紐解く方が大変なくらいでしたからね」
「酷いことを言うなぁ。事実だから叱責できないところが悔しいが」
クリフォードもそう言って笑っている。
二人の会話に艦長たちは絆の強さを感じていたが、フロストは不満を更に募らせていた。
(少将とラングフォードの仲のよさは理解したわ。でも、それを軍という組織に持ち込むことは間違っている。だからと言って、メディアの寵児である少将を貶めることは自分の首を絞めるだけ。だけど、ラングフォードは別。必ず粗を見つけてやるわ……)
オーティスとフロストはあまり会話に加わらず、他の艦長たちが積極的に話し始める。そのため、会食は和気あいあいとした雰囲気で進んでいった。
会食を終えた後、サミュエルは二人のベテランが自分を敵視していることを更に明確に自覚した。
(クリフ絡みで嫉妬されることには慣れているが、ここでも気が抜けないな。我々が戦場にいく可能性は低いとはいえ、クリフはこの戦隊を精鋭と呼ばれるまで鍛え上げるはずだ。当然、旗艦艦長は他の艦長を掌握していないといけない。それができなければ、戦隊を一つにまとめられないからだ……)
サミュエルはDOE5の副長に抜擢された際も多くの者から嫉妬されている。部下であった航法長は嫉妬のあまり無理な任務に志願し、挙句の果てに敵前逃亡するという失態を冒している。そのことを思い出し、気を引き締めていた。




