第十五話
宇宙暦四五二六年一月十二日。
キャメロット防衛第四艦隊は二月からの本格的な演習を前に、慣熟航宙を兼ねてキャメロット星系の第六惑星ボース近くの宙域で演習を行っている。
ボースは巨大ガス惑星で、土星のような岩石や氷でできたリングを持つ。多くのエネルギー供給プラントを有し、キャメロット星系内のエネルギー供給の大半を担っている。
この宙域は障害物となるリングがあること、居住惑星付近と異なり民間施設が少ないことから、小部隊の探索や奇襲などの演習に使われることが多い。
また、エネルギー供給プラントには港湾施設も併設されているため、緊急時の応急補修にも対応できる。そのため、数個艦隊での演習にも使われることがあった。
演習は昨日から始まったが、旗艦アガメムノン96の戦闘指揮所で司令官席に座るクリフォードは堅い表情でメインスクリーンを見つめていた。
そこには右往左往する戦隊のアイコンが映し出されている。
(二日目だから仕方ないのだろうが、先が思いやられるな。我が戦隊はまだマシな方だが、各戦隊の指揮官が司令部の意図を読み取れていない。コンウェイ提督もさぞかし頭を抱えていることだろう……)
士官だけでなく、多く乗組員が入れ替わっているため、艦自体は慣熟航宙を行いながら、シミュレーションによる艦隊機動演習を行っていた。
シミュレーションはCICだけを繋いで行われており、戦隊司令部と艦長以下のCIC要員が対応している。この間の実際の艦の運用は緊急時制御室で行われるため、航宙自体に影響はない。
「艦隊司令部から演習終了の連絡が入りました。少将」
副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐が生真面目な口調で報告する。
「戦隊各艦に演習終了を命じてくれ、少佐。ラングフォード艦長、旗艦も演習を終了する。CICを通常状態に復旧してほしい」
「「了解しました、少将」」
ホルボーンとアガメムノンの艦長サミュエル・ラングフォード大佐が同時に命令を受諾する。
「二日目とはいえ、酷いものですね」
参謀長のアンソニー・ブルーイット大佐が小声で零す。先日の陽気さは影を潜めており、艦隊の状況を深刻に受け止めている。
その言葉を受け、作戦参謀のリンジー・バウケット中佐が冷静に話し始めた。
「艦隊全体はともかく、我が第三戦艦戦隊の動きはよかったと思います。特にドレッドノート223とウォースパイト451は、さすがはベテラン艦長だと思わせるだけの動きでした。しかし、コンカラー391とデヴァステーション65は司令部の命令を受けても迷いのようなものがあった気がします」
第三戦艦戦隊はアガメムノンを含め、二十隻の二等級艦で構成される。旗艦機能が強化されたハンニバル級であるアガメムノンを除けば、やや旧式のドレッドノート級と最新型のコンカラー級だ。
ドレッドノート級はコンカラー級に比べ設計が古いが、ダメージコントロールの点で僅かに劣る程度で、加速力や攻撃力などは全く同等だ。副砲の数が少ないハンニバル級は攻撃力がやや落ちるが、二十隻はほぼ同じ能力と言っていい。
「艦隊司令部からの命令ですが、戦艦を前面に押し立てて出血を強い、高速艦によって包囲殲滅するという想定通りのものでした。リントン中佐の分析通りで、素晴らしいことだと思います」
バウケットが情報参謀のウォルター・リントン中佐を称賛する。
「私も同じことを考えたよ、リンジー。ウォルターが先手を打って予測してくれるから、対応は楽だった。見事な分析だ」
クリフォードもリントンを褒めると、リントンが頭を掻いて照れる。
「コンウェイ提督の戦術は攻撃的なものになると分かっていました。ドレイク提督の正面突破戦術と、エルフィンストーン提督の高速艦を変則的に機動させる戦術を組み合わせたものでしたから、予想は難しくありませんでしたよ」
コンウェイは海賊の女首領と呼ばれる猛将ヴェロニカ・ドレイク大将と疾風と呼ばれるジークフリード・エルフィンストーン大将の下で戦術家として経験を積んでいる。
「慣れるまで、軽巡航艦戦隊や駆逐艦戦隊は大変だ。艦隊の最外縁を最大加速で加速しつつ、タイミングが難しいミサイル攻撃に対応しなければならないからな」
軽巡航艦と駆逐艦は最大加速度六kGという快足を誇るが、艦隊戦は光速の一パーセント未満の比較的低速で行われることがほとんどだ。その状態から加速を命じられるのだが、対応が遅い戦隊があると他の戦隊から取り残されることになり、陣形が大きく崩れる。
また、軽巡航艦と駆逐艦の最大の武器であるステルスミサイルは、一斉発射による飽和攻撃が有効なため、陣形が崩れると敵に届くタイミングがずれ、迎撃されやすくなる。そのため、出遅れた戦隊に対し、艦隊司令部から何度も注意を促す通信が送られていた。
「第八駆逐艦戦隊は見事でしたね。先手を打って機動していただけでなく、出遅れた他の戦隊のフォローまでしていました。司令のコベット准将は少将の元部下と聞いていますが、どのような方なのですか?」
ホルボーンが興味津々という感じで質問する。
「冷静で戦術眼のある優秀な指揮官だ。シャーリア星系では傷ついた指揮艦で最後まで戦い、勝利に貢献してくれた。私とサムが生き残れ、国王陛下が無事に帰国できたのは、彼女の的確な指揮のお陰と言っていいほどだ」
第八駆逐艦戦隊の司令シャーリーン・コベット准将は第一艦隊第一特務戦隊、通称“王太子護衛戦隊”で駆逐艦シレイピス545の艦長として、シャーリア星系でスヴァローグ帝国軍と戦っている。その際、最後まで冷静な指揮を執り続け、勝利に貢献した(第四部参照)。
「少将は巡航戦艦戦隊を率いたかったんじゃないんですか?」
雰囲気が変わったことで、ブルーイットが笑みを浮かべながら軽い調子で聞く。彼とクリフォードは巡航戦艦インヴィンシブル89で共に戦った仲であり、巡航戦艦という艦隊の花形に憧憬の念があるためだ。
「否定はしないよ。あのダイナミックな機動は魅力的だからな。だが、戦艦戦隊は艦隊の要であり主力だ。粘り強く戦うというスタイルも悪くない。これは君も同じなんだろ、アンソニー?」
そんな話をしていると、サミュエルが報告を上げてきた。
「通常体制に移行完了しました。戦隊の各艦からも同様の報告が届いています」
「了解。このまま反省会と行きたいところだが、まずは艦隊司令部から何かあるはずだ。それを待ってからだな」
そう言うと、直後に艦隊司令部から連絡が入る。
『標準時間一六〇〇に戦隊指揮官及び参謀長は会議に参集せよ。また、一四〇〇までに各戦隊の演習報告を司令部に上げること。以上だ』
その命令を聞き、クリフォードはブルーイットに視線を向ける。
「報告書の作成を頼む。戦隊の各艦長にも一三〇〇までに反省点と改善策を報告させ、それも加味してほしい。艦隊の全体会議終了後に戦隊でも会議を行って確認するが、その前に報告を精査したい」
「了解しました、少将。直ちに戦隊の報告書を作成します。各艦の状況については一三〇〇までに報告させます」
ブルーイットはバウケットとリントンを引き連れ、CICから出ていった。
その直後、CICに定時放送が流れた。
『達する! 達する! シフト要員以外の下士官兵は食堂甲板にて昼食……』
その声を聴き、クリフォードはホルボーンに声を掛ける。
「我々もランチにしようか。今日はJデッキだったな」
「はい、少将。Jデッキ左舷の食堂甲板です」
クリフォードは可能な限り、乗組員たちの声を聴くため、定期的に食事を共にするよう、ホルボーンに調整を命じていた。
「では、身だしなみに注意しなくてはな。レディたちに嫌われないように」
そう言ってクリフォードは微笑む。
戦艦は十五層にも及ぶ甲板を持ち、その中心付近の甲板に乗組員の居住スペースがある。
アルビオン王国軍の艦では伝統的に右舷側が男性用、左舷側が女性用とされており、今回は女性兵区画に入るため、クリフォードは笑いながら注意を促したのだ。
食堂甲板と呼ばれるが、下士官以下の乗組員の居住スペース全体のことを指す。吊寝台と呼ばれるカプセル状の寝台とテーブル、私物用のロッカーがあるが、伝統的に食堂甲板と呼ばれていた。
「そうですね。司令官と副官がだらしない恰好では幻滅されてしまいますから」
そう言ってホルボーンも笑った。
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