第十四話
宇宙暦四五二六年一月九日。
第四艦隊第三戦艦戦隊の司令部が発足した。
艦隊再編のあおりを受けて合流が遅れていた作戦参謀兼運用参謀のリンジー・バウケット中佐と情報参謀のウォルター・リントン中佐がようやく到着したのだ。
クリフォードは二人の着任の報告を受けた後、参謀長であるアンソニー・ブルーイット大佐と副官であるヴァレンタイン・ホルボーン少佐を司令官室に呼び、改めて顔合わせを行う。
全員が会議テーブルに着いたところでクリフォードが口火を切った。
「司令官のクリフォード・コリングウッド少将だ。私のことはみんなもよく知っているだろうから改めて説明するまでもないだろう。アンソニー、次は君の番だ」
その言葉にブルーイットは呆れたように首を横に振る。
「閣下が有名人なのは認めますが、もう少し何かあってもいいのではありませんか?」
「そうかな? では我が参謀長の助言に従い、自己紹介をやり直そう」
そう言って微笑む。
「士官学校は四五一二年に卒業したが、航法を始め苦手な学科があまりに酷い成績であっため、“崖っぷち”なる名をもらっている。その名がいつの間にか有名になったが、私自身、卒業できたことが一番の奇跡だと思っている。この話は艦隊でも有名だから詳細は割愛させてもらう。二等級艦での勤務は初めてだ。参謀長のような適切な助言を貴官らに望む。以上だ」
話を聞き、バウケットとリントンは肩の力が少し抜けた。
申し合わせたわけではないが、クリフォードとブルーイットは艦長と副長という関係であったため、阿吽の呼吸で彼らの緊張を解したのだ。
「では、私の番だな。参謀長のアンソニー・ブルーイット大佐だ。士官学校の卒業年次は四五〇六年。悲しいかな、この中では最年長だ。その割には参謀としての経験は少ない。そのつもりでドンドン意見を言ってほしい。以上だ」
ブルーイットは三十八歳と戦隊参謀長としては若い方だ。しかし、三十二歳のクリフォードを筆頭にバウケットも三十二歳、リントンは三十四歳、ホルボーンは二十九歳と他の面々が異常に若いため、最年長になっている。
これは四十代の上級士官の多くが綱紀粛正で処分を受けており、艦隊全体で若返った結果だった。
ブルーイットの後に先任であるバウケットが緊張しながら話し始める。
「作戦参謀兼運用参謀のリンジー・バウケット中佐です。士官学校は少将と同じ四五一二年卒業ですが、士官学校時代に面識はございません。これまで艦隊では主に戦術士官として勤務し、ここに来る前は参謀本部の運用班に在籍していました。艦隊勤務は久しぶりですので、よろしくお願いします。以上です」
バウケットは女性としても小柄で、ショートカットにした黒髪が特徴的な女性士官だ。年齢より若く見えるため、尉官と勘違いされることが多いが、優秀な士官だ。
参謀本部の運用班は艦隊の移動や演習の計画を立てる部署であるため、航法関係の士官が多い。そんな中、戦術系の士官が配属になったということは緻密な計画を立案できる能力を買われたということで、その経歴からだけでも優秀さが分かる。
「士官学校時代、彼女は私のことを知らなかったが、私は知っている。何と言っても首席を争うような優秀な候補生だったからね」
クリフォードが言うようにバウケットの卒業時の席次は第三位だ。彼のようなイレギュラーを除けば、同期のトップを切って出世している。
「ありがとうございます。ですが、士官学校での成績と実務での能力は全く別だと思っています。今後は少将の下でしっかりと学ばせていただきます」
バウケットは真剣な表情を崩さなかった。
彼女は出世が早いクリフォードに対し、特に思うところはなかった。もちろん、彼が同期のトップを切って僅か九ヶ月で少尉に任官した時は運がいい奴と羨んだが、その後の活躍を聞き、素直に彼を認めている。
ただ、初めての顔合わせということで、どういう表情にしていいのか困惑し、真面目な表情で対応したのだ。
「では、リントン中佐、君の番だ」
ブルーイットがリントンを指名する。
リントンは身長百九十センチで肩幅も広く、一見すると参謀ではなく、宙兵隊士官に見える。しかし、顔には愛嬌がある笑みが浮かんでおり、陸戦のプロにありがちな剣呑さは全くなかった。
「情報参謀のウォルター・リントン中佐です! 士官学校卒業は四五一〇年! 参謀養成コースを修了し、ここに配属となりました! 皆さんと違い、武勲を上げたわけでも優秀でもありませんので、その点はご配慮ください! 以上です!」
リントンは殊更大きな声で自己紹介を行った。
その声の大きさにブルーイットが苦言を呈する。
「元気なことはいいことだが、この少人数での会合でそこまで大きな声は出さなくてもいいだろう」
「はっ! 以後気を付けます! といっても、すぐに忘れてしまうんですがね」
そう言ってニコリと笑った。
「ウォルターはこう見えても綿密な分析を行う優秀な情報士官だ。私は情報を非常に重視している。期待しているぞ」
「よく言われます! お前のようながさつそうな奴に分析なんてできるのかと。ハハハ!」
リントンはそう言って笑う。
「こう見えてもはないと思いますよ、少将。まあ、私も同じことを思ったので強くは言えませんが」
「アンソニーの方が私より酷いことを言っていると思うが。ハハハ」
そこで全員が笑いだした。
笑いが収まったところで、副官のヴァレンタイン・ホルボーン少佐が自己紹介を始める。
「この雰囲気で真面目に自己紹介というのもなんですが……少将の副官ヴァレンタイン・ホルボーン少佐です。士官学校は四五一六年卒業。第一艦隊第二特務戦隊発足時の四五二四年一月から副官を拝命しております。若輩者ですが、よろしくお願いします。以上です」
「ヴァルは将来の王国軍を担う人材だ。何と言っても、あの疾風のエルフィンストーン司令長官や賢者のハース提督に堂々と意見を言える胆力がある。私が最初にハース提督に意見を求められた時なんて、緊張しすぎてほとんど覚えていないくらいだからな」
クリフォードが笑いながらそう言うと、ブルーイットも大きく頷く。
「“鉄の心臓のヴァル”という異名があるほどだ。提督方に意見がある時は彼に任せればいい」
「ちょっと待ってください! そんな強い心臓は持っていませんよ!」
ホルボーンが情けない声を出すと、再び笑い声が響く。
「これで緊張は解れただろう。任務中はこんなに緩くするつもりはないが、過度の緊張はパフォーマンスを落とす。アンソニーやヴァルのように言うべきことがあれば、きちんと言ってほしい」
真面目な表情のクリフォードに全員が敬礼する。
「「「了解しました、少将!」」」
その様子を見ながら、バウケットはクリフォードのことを考えていた。
(エルフィンストーン提督やハース提督が気に入るわけね。ただの頭でっかちではなく、リーダーシップもあるわ……参謀本部も悪くなかったけど、艦隊勤務を希望して正解だったわね。無理に取り入るつもりはないけど、彼といればいろいろと経験できそうだし、上との伝手も作れる。そのためには私が有用な人間だと認識してもらわないと……)
彼女は軍のトップ、統合作戦本部長にまで上り詰めようと考えていた。しかし、作戦部長だったゴールドスミス元少将のように他者を追い落としたり、政治力を使ったりすることは考えておらず、自らの能力でそれを軍に認めさせようと考えている。
今のところ参謀として出世コースに乗っているが、艦隊で経験を積み、いずれ指揮官としても認められるように艦隊勤務を希望した。
(ブルーイット大佐も人望がある人だし、ここにはいないけどラングフォード艦長も司令部に口を出すような人じゃなそうだから伸び伸びとやれそうね。問題があるとすれば、リントン中佐くらいかしら。少将がおっしゃるように優秀ならよいのだけど、作戦の前提となる情報分析が間違っていたら目も当てられないから)
彼女の懸念は数日で解消した。
クリフォードやブルーイットが言った通り、リントンの情報分析力は秀逸だったのだ。
戦隊の演習計画を立てる際、各艦長の性格をしっかりと把握していただけでなく、艦隊司令官であるコンウェイ大将が好む戦術もきちんと理解していた。
(いい誤算ね。少将が褒めるだけあって、ホルボーン少佐も発想力がすごいし、この司令部はやりがいがあるわ……もっとも私がここにいる三年間は実際に戦うことはないと思うのだけど……)
士官は通常三年で異動する。
しかし、第四艦隊は今回の再編で大きく編成が変わっており、今は寄せ集めに過ぎない。また、司令官のコンウェイも若く、艦隊としてまとまるには最低でも一年は必要だとバウケットは考えていた。
帝国への介入やゾンファへの懲罰部隊の派遣があるとしても一年以内と考えられているため、第四艦隊の出番はその後になる。
しかし、その頃には帝国で内戦が起きても決着しているだろうし、ゾンファに至っては艦隊戦を行えるほどの戦力がないと彼女は考えていた。
これは彼女だけでなく、多くの者が考えていることだが、それが間違いだったと後で気づくことになる。
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