第八話
宇宙暦四五二五年十二月六日。
八月三十日に行われた下院議員選挙結果を受け、新たに発足した民主党政権に関する情報がキャメロット星系に届いた。
クリフォードは演習を終えた後の休暇中であり、官舎のリビングでメディアから流れてくる情報を見ていた。その場には同じく休暇で遊びに来ていた弟ファビアンがいた。
「予想通りエバンス氏が首相か……妥当なところだな……」
ファビアンも個人用情報端末を見ながら呟いている。
十月三十一日に内閣が発足し、首相には民主党の党首であるロジャー・エバンスが就任した。
エバンスは五十八歳。清潔感のある紳士で、民主党では人気が高い政治家だ。
野党の政治家にありがちな現実味のない過激な主張はほとんどなく、保守党の政策に対しても是々非々で当たるなど、堅実な政治手腕と決断力がある人物として、今回の首相就任を好意的に見る者が多かった。
「……軍務卿はサイモン・スペンサー退役大将か……兄さんはスペンサー氏について何か知っている?」
弟の問いにクリフォードは首を横に振る。
「コパーウィート提督の副官時代に何度かお会いしているが、当然話したことなんていないから詳しくは知らないな。厳しそうな方だったなという印象しかないよ」
クリフォードは少尉に任官後、第一艦隊司令官であったエマニュエル・コパーウィート大将の副官になった(第二部参照)。その頃は右も左も分からない新米士官であったため、司令官と話す機会はなかった。
そこで二人の父、リチャードが話に加わる。
彼は孫がいる首都チャリスに頻繁に来ており、今日も二人が休暇ということで官舎に来ていたのだ。
「アテナ会戦で活躍された方だ。当時は分艦隊司令官でアデルの直属の上官だったな」
リチャードと現第一艦隊司令官アデル・ハース大将は士官学校の同期だ。
「ハース提督の上官?」
ファビアンの疑問にリチャードが笑いながら答える。
「ああ、アデルが分艦隊の作戦参謀だった時代だ。自分の意見をきちんと聞いてくれる珍しい人だと、彼女が驚いていたことをはっきりと覚えている」
ハースは型破りな性格で、規律を重んじる上官から受けが良くなかった。そのため、統合作戦本部の戦略・戦術研究部や参謀本部の作戦班に籍を置くことが多かったが、アテナ会戦時には珍しく艦隊勤務だった。
アテナ星系で行われた戦いは非常に厳しいもので、大型要塞衛星アテナの盾を破棄しなければならなくなったほどだ。
一時はキャメロット星系に侵攻されるのではないかと危ぶまれるほどで、ハースの奇策によって、ゾンファ艦隊を撤退に追い込み、事なきを得ている。
「サクストン提督のような方でしょうか?」
ファビアンが自分の知っている人物の名を上げる。
グレン・サクストンは元キャメロット防衛艦隊司令長官で、二度のジュンツェン星系会戦を勝利に導いた名将だ。
二メートル近い身長と分厚い胸板の持ち主で、強面でもあることから蛮人王という異名を持つ。
型破りなハースを総参謀長として招聘しただけでなく、その才能を遺憾なく発揮させた度量の大きな人物として知られている。
「無名時代のアデルを正当に評価したことから考えれば公正さはあるし、剛毅なところもサクストン提督には似ているかもしれんな。民主党もよい人材を見つけてきたものだ」
「スペンサー氏が軍務卿なら軍事的な判断を誤る心配は減ったね。それに外務卿も堅実なレストン氏だし」
ファビアンの言葉にクリフォードは頷くだけで特にコメントはしなかった。
その話題が尽きた時、クリフォードの妻ヴィヴィアンがリビングに入ってきた。
「先ほど連絡が入ったのですけど、あと十日ほどで、お父様とお兄様が戻って来られるようですわ」
ヴィヴィアンの父ウーサー・ノースブルックは元首相の保守党の下院議員だ。同じく下院議員である長男アーサーと共に議会があるアルビオン星系にある首都星オベロンに赴いていた。
「いいタイミングで戻って来られるのだな。あの方が世論を誘導してくれれば、無駄な派兵は防げるだろう」
リチャードが明るい表情で話している。
ノースブルックはコパーウィート軍務卿のスキャンダルの責任を取る形で首相を辞任したものの、保守地盤であるキャメロット星系では絶大な人気を誇る。
「兄さんの意見を聞きたいとおっしゃるんじゃないかな」
ファビアンの言葉にリチャードは頷くが、クリフォードは笑いながら否定する。
「私よりストリボーグに行ったお前やサムに話を聞きたいとおっしゃられるかもしれないぞ」
帝国のドゥシャー星系での戦いの後、クリフォードは帝国軍の捕虜としてダジボーグ星系に戻ったが、ファビアンらはそのままストリボーグ星系に向かっている(第七部参照)。
そのため、クリフォードの盟友サミュエル・ラングフォード中佐と共に話を聞きたいといわれるのではないかと言ったのだ。
その言葉にファビアンが顔を顰める。
「確かにその可能性はあるかも。情報部や外務省には何度も話をしているし。でも、イワン新藩王には会っていないんだ。聞かれても困るというのが正直なところだよ」
ファビアンたちは捕虜となったクリフォードを解放させるため、ニコライ藩王と会談している。そのため、軍の情報部や外務省の帝国担当から何度も事情聴取を行われていた。
「難しい話は後にしましょう。そろそろ食事の時間よ」
ファビアンの妻アンジェリカが子供たちと一緒に入ってきたため、その話は終わった。
十二月十五日、ファビアンの予想通り、ノースブルックから会食の招待があった。ノースブルックは前日にチャリスに降り立ったばかりだった。
クリフォードは休暇が明後日に終わるため、戦隊と合流するつもりで要塞衛星アロンダイトに向かう予定だったが、ノースブルックが急いでいると知り、それをキャンセルした。
指定された高級レストランの個室に入ると、ウーサーとアーサーが待っていた。
ウーサーは人好きのする笑顔で小さく頭を下げた。
「急な呼び出しで済まない。エルフィンストーン提督たちと話をする前に君の意見を聞いておきたいと思ったのでね」
「それは構いませんが、機密に関することはお話しできません。それでもよろしいのでしょうか?」
以前であれば、首相という立場であり、機密に係る事項でも話をすることができたが、今は一議員に過ぎないため、アクセスできる情報が制限されている。そのため、先に釘を刺したのだ。
「それでも構わんよ。恐らく私の方が情報を持っているからな」
ウーサーは保守党が下野して一議員になったが、元首相であり、二大政党の重鎮ということで未だに大きな影響力を持っていた。
「それでお話は?」
「帝国とゾンファに対する君の個人的な見解を聞かせてもらいたい。その前に私たちが持っている情報を伝えよう」
そう言ってウーサーは話し始めた。
「帝国についてだが、皇帝アレクサンドルと藩王イワンの双方から我が国と自由星系国家連合に共闘の申し入れがあった。皇帝からは協力の見返りとしてゾンファの工作員に関する情報を提供すると言ってきた。藩王だが、彼は極秘裏にダジボーグ星系の領有権を放棄する用意があると伝えてきたそうだ……」
クリフォードは藩王が勝負に出てきたことに驚くが、話を遮ることなく聞いている。
「具体的な要請事項だが、いずれも最低でも王国から六個艦隊をダジボーグ星系に派遣してほしいとのことだ。恐らくFSUにも同程度の艦隊の派遣を要請しているはずだ。皇帝だが、艦隊の駐留費用に加え、謝礼も支払うと言っている。一方の藩王はそのまま領有してよいというだけだ。もっともあの皇帝が素直に金を払うとは思えん。難癖を付けて追い払うだけだろう。それに藩王の提案に乗ってダジボーグを領有しても意味はない。取り返されることは目に見えているのだからな……」
六個艦隊と言う数にクリフォードは妥当な数字だと内心で頷く。
(六個艦隊ならギリギリ出せる数だし、牽制にも使える。それに内戦が終わった後に大艦隊を送り込めば容易に取り戻せる数でもある。義父上のおっしゃる通り、奪還を前提としている……)
ウーサーの話は帝国からゾンファに変わった。
「ゾンファについてだが、ヤシマ及びFSUは鎖国が行われる可能性は非常に低い、つまりブラフであると考えているそうだ。但し、我が国の外務省はその考えに否定的だ。ゾンファはロンバルディア連合に工作を仕掛け、ダジボーグに艦隊を派遣させようと画策していると予想している……」
ロンバルディア連合はダジボーグ星系と接続しており、三年前の帝国の侵攻作戦では一時全土を占領されている。
帝国に対して強い危機感を持っており、ダジボーグ側のジャンプポイントに大型要塞を設置する予定だが、遅々として進んでいない。そのため、自国への侵攻ルートであるダジボーグ星系を占領するという策に魅かれている。
「皇帝と藩王がゾンファにも使者を送っていることは確認している。非公式の使者まで追い切れておらず、どのような提案をしているのか全く予想が付かない。その提案によってはゾンファの行動が大きく変わるのではないかと見ている。敵の心理を読むことにおいて、君ほど鋭い者はいない。是非とも意見を聞かせてほしい」
「私見でよければお話します」
クリフォードがそう言うと、二人は同時に頷いた。




