第七話
宇宙暦四五二五年十月九日。
ストリボーグ藩王ニコライ十五世が暗殺されたという情報を受け、キャメロット防衛艦隊司令長官ジークフリード・エルフィンストーンは盟友である第一艦隊司令官アデル・ハース大将や総参謀長ウォーレン・キャニング中将らを交えて協議を行っている。
その中には偶然総司令部を訪れていたクリフォードの姿もあった。
クリフォードはスヴァローグ帝国で複雑な権力闘争が起きている可能性を示し、それを受けたハースはゾンファ共和国が絡んでくると指摘する。
「ゾンファ国内ではヤシマに対する不満が爆発しています。今はヤシマに敵意が向いていますが、それが新政権に向かない保証はありません。我々が帝国に介入すれば、ゾンファに介入することができなくなります。彼らが得意とする情報操作を使い、我が国が帝国に介入するよう誘導しておいて、国民の目を逸らすために大胆な行動を採ってくる可能性があります」
「大胆な行動……ゾンファ星系で我が国やヤシマの外交官、商人たちに手を出すということか……」
エルフィンストーンが眉間に皺を寄せて呟く。
「さすがに処刑までは行わないでしょうが、外交窓口の閉鎖だけでなく、以前の鎖国状態、すなわちジュンツェン星系の封鎖くらいは行う可能性はあります」
「鎖国しておいて戦力を回復させるためか……ヤシマ侵攻作戦の後と同じことを考えているということか」
SE四五一八年のヤシマ侵攻作戦の失敗を受け、ゾンファは外交窓口の閉鎖だけでなく、民間の交流も禁止し、鎖国状態になった。これは戦力の回復を目指すためで、僅か五年で以前と同等の戦力にまで戻している。
「はい。ジュンツェン星系にはJ5要塞がございますから、五個艦隊程度を派遣するだけでも封鎖はできます」
J5要塞はジュンツェン星系第五惑星の衛星軌道上にある大型要塞衛星だ。その実力は五個艦隊に匹敵する。そのため、停戦協定により破棄が決まり、十年の計画で撤去作業が行われていた。
但し、ゾンファ側の遅滞行動により、戦闘力は未だに残されている。
「だが、ゾンファの現有戦力では、仮にJ5要塞を復活させてもジュンツェン星系の封鎖は難しいが」
現在ゾンファ共和国が有している艦隊は六個艦隊に過ぎない。それも重巡航艦以上の大型艦が少なく、アルビオン王国艦隊の四個艦隊と同等と見られている。
「ゾンファの戦力のすべてを把握しているなら提督のおっしゃる通りですが、ジュンツェン星系を封鎖する行動に出るようなら、どこかに戦力を隠している可能性はあります」
ハースの指摘に統合作戦本部の作戦部長ライアン・レドナップ少将が同意する。
「作戦部も同じ見解です。ゾンファでは軍事用と民生用で同一の規格を使っており、民生用の部品をそのまま軍に転用することが可能です。乗組員も航宙技術者は揃っていますから、すぐに招集可能です。半年程度のごく短期間で一万隻程度を配備することは難しくありません。ただ、指揮官となる士官の数が圧倒的に足りませんから、民間船の航宙士を徴用するなどの強引な方法が必要となりますが」
ゾンファ共和国の敗北を決定付けた第二次タカマガハラ会戦では、クリフォードが考えた下士官兵による反乱により、多くの士官が命を落としている。また、その後、ジュンツェン星系に待機していた艦隊にも反乱が波及し、そこでも多くの士官を失った。
通常、大型艦では三十から四十人、小型艦でも最低十人は必要であり、二個艦隊一万隻を就役させるには二十万人近い士官が必要となる。士官不足を解消するため、フェイ・ツーロン上将らが最優先で士官教育を充実させているが、全く追いついていない状況だ。
「ならば、軍事行動を採ることはできないのではないか? 指揮官が不足している軍など烏合の衆に過ぎぬのだ。その程度のことはゾンファの指導者も理解していよう」
「フェイ上将が手綱を握っている限りにおいては、提督のおっしゃる通りかと思います。現状でも生き残った士官が二階級特進や三階級特進で昇進しているそうですから、これ以上指揮命令系統を弱体化させることを認めることはないでしょう。ですが、戦闘が起きない前提と割り切ってしまえばどうでしょうか。無理やり艦隊を編成し、ジュンツェン星系を封鎖しても、我が国やFSUが艦隊を派遣しないと腹を括れば、実行しないとは言い切れません」
「我が国が帝国に艦隊を派遣し、ゾンファにまで手が回らないことに期待しているということか」
「はい。それに我が国では多くの将兵が戦死し、弔慰金や遺族年金が大きく膨らんで国庫を圧迫しています。これ以上の負担増は許容できないだろうとゾンファの指導部が考えれば、我が国が艦隊を派遣したとしても戦争にならないと強引な手を使わないとも限りません」
アルビオン王国では対ゾンファ戦争、対帝国戦争で多くの戦死者を出している。その数は百万人を優に超え、その負担に喘いでいた。また、ゾンファに続き帝国との戦いが起きたため、急速な艦隊の増強を迫られ、多額の戦時国債を発行しており、その償還も財政を圧迫している。
数個艦隊規模の戦闘が発生すれば、圧倒的勝利であっても十万人規模の戦死者を生み出すことになる。領土を得られる帝国への介入とは異なり、民主党政権がリスクを覚悟してまで艦隊を派遣する可能性は低い。
「ノースブルック氏が首相なら断固たる措置を取るだろうが、民主党政権ではどうなるか分からんな……」
「はい。これまでの民主党の主張を考えれば、帝国への介入を行う可能性は高いと思います。そして、帝国に介入した上にゾンファにまで艦隊を派遣することに躊躇することも容易に想像できます。この辺りの情報はゾンファの指導部も持っているでしょうから、注意が必要ですね」
クリフォードは国内政治の話になり、発言を控えているが、ハースと同じことを考えていた。
(ハース提督のおっしゃる通りだな。特に民主党は選挙に勝ったものの、政権基盤は弱い。国民受けする策には飛びつくだろうが、国民が忌避するような方針を選択する可能性は低いだろう。特に我が国に危機が迫っていないなら余計にそう考えるはずだ……)
仮にゾンファがジュンツェン星系を封鎖したとしても、戦力が回復する五年程度は脅威とはならない。また、戦力が回復したとしても、ゾンファも王国が強敵であることは重々承知しているから、狙うのはヤシマだと考える可能性は高かった。
「そうなると新政権の軍務卿が誰になるかだな。保守党政権では軍を退役した将官が就任していたが、民主党なら政治家が軍務卿になる可能性が高い。軍事に疎い者でなければよいのだが……」
軍務卿は軍政を司る軍務省のトップだ。文民統制の観点から軍務経験がない政治家が就任しても問題ないが、保守党政権では戦時下ということで退役軍人が就任することが多かった。
しかし、民主党は軍と距離を置いている関係で、退役軍人の多くが保守党寄りであり、軍事を理解した者が就任するかエルフィンストーンは不安に思ったのだ。
「その点は私も不安に思っています。国防会議で意見が言える軍関係者は軍務卿だけですから」
国防会議は内閣に設置された国防に関する政策を決定する機関である。議長は首相でメンバーは軍務卿ら閣僚であり、軍人はオブザーバーとしてしか参加できない。
「これに関しては我々が考えても仕方がない。艦隊としてはジュンツェン星系方面の警戒を強めるくらいしかやることはないな」
エルフィンストーンの言葉に全員が頷いた。




