第六話
宇宙暦四五二五年十月九日。
キャメロット防衛第一艦隊第二特務戦隊は長期の演習を終え、大規模なオーバーホールに入った。
そんな中、ストリボーグ藩王ニコライ暗殺事件の情報が飛び込んできた。
キャメロット防衛艦隊司令長官ジークフリード・エルフィンストーン大将はアデル・ハース大将と、偶然総司令部にいたクリフォードを長官室に呼ぶ。
ハースは十月一日付で、第九艦隊司令官から第一艦隊司令官に異動になっている。
これまではエルフィンストーンが第一艦隊司令官を兼ねていたが、次の司令長官をハースにするため、第一艦隊司令官の座を彼女に譲ったのだ。
第一艦隊司令官は司令長官が出撃しない限り、先任順位に関係なく、防衛艦隊の総司令官になると明確に定められている。そのため、次期司令長官の最有力候補と認識されている。
また、第一艦隊は大規模な出撃以外、キャメロット星系に常駐しており、賢者という異名を持つハースが常に総司令部にいるというメリットがあり、エルフィンストーンはそれを重視した。
クリフォードは旗艦艦長を始めとした艦長たちにオーバーホールを任せ、総司令部で今後の演習計画の協議を行っていた。そこにニコライ暗殺の情報が飛び込み、呼び出されたのだ。
長官室には彼らの他に艦隊の戦略の要である総参謀長のウォーレン・キャニング中将と統合作戦本部の作戦部長であるライアン・レドナップ少将がいた。
エルフィンストーンは疾風の異名に相応しく、すぐに本題に入る。
「概要は既に聞いていると思うが、ストリボーグ藩王ニコライが帝都で暗殺された。長男のイワンが藩王に即位したことから、ニコライが死んだことは疑いようがない。イワンはアレクサンドルを強く非難し、彼とダジボーグ藩王家を帝国から排除すると宣言した。まだ正式な使者は来ていないが、自由星系国家連合と我が国に対し、協力を要請すると公言している。この影響について、君たちの意見を聞きたい」
その問いにハースが発言する。
「事実であることは間違いないとして、とても不可解だと思います。あの皇帝がライバルとはいえ、ニコライ藩王を暗殺する動機がありません。帝国で我々の知らない動きがあるようですが、その辺りの情報は入っていないのでしょうか?」
その問いにレドナップが答える。
「提督もご存じの通り、皇太子ピョートルが怪しい動きをしているという情報はありますが、新たな情報は入っておりません。イワン新藩王については外務省に問い合わせましたが、大した情報はありませんでした……」
アルビオン王国とスヴァローグ帝国は一応国交が結ばれていたが、内戦が激化したことにより、二十年ほど前に外交官を引き上げている。その後、ダジボーグ会戦後の停戦でようやく外交官を派遣することができたが、情報収集の体制を整え始めたところだった。
「年齢は二十二歳、二年ほど前からニコライ藩王の下で政治を学び始めたそうですが、特に目立った功績はないそうです。政治的にも軍事的にもどの程度の能力を持っているのかは全く分かっておりません。妃は前皇帝ルドルフ六世の次女ユリアーナ。二人の幼い息子がいます。つまり、二人の息子は前皇帝の孫、スヴァローグ皇家の血を引いていることになります」
「前皇帝の娘を妃に……そう言えば、皇太子妃も前皇帝の娘でしたね」
「はい。皇太子妃はエカテリーナでルドルフ六世の長女です。ルドルフの子で生きているのはこの二人だけで、皇子たちの子だけでなく、傍系の男子もおりません。ちなみにエカテリーナはルドルフの正妃の娘ですが、ユリアーナは側室の娘だそうです」
そのやり取りを聞き、エルフィンストーンが質問する。
「アデルは帝国での皇位争いが今回の騒動の原因だと考えているのだろうか?」
「いいえ。そこまで断定的なことは考えていません。ただ、背景情報として認識しておいた方がよいと思っただけです」
「それで君の考えは?」
エルフィンストーンの性急な問いに、ハースは彼らしいと思い、笑みを浮かべながら答える。
「皇帝アレクサンドル二十二世の権力が低下していることは間違いないでしょう」
「だが、あの皇帝は思いもよらぬ謀略を使ってくる。今回も謀略の可能性があるのではないか?」
「このタイミングで皇帝がニコライ藩王を暗殺する動機がありません。皇帝にとって帝国内の安定は最優先事項です。少なくともダジボーグ星系が復興し、艦隊が以前の力を取り戻すまでは我が国やFSUを動けなくする謀略は行っても、ストリボーグに対する直接的な謀略は悪手ですから」
「言わんとすることは分かるが……」
「皇帝が狙っているのは帝国の完全な統一です。そのためにはストリボーグ人を掌握する必要があります。暗殺という手段で排除するなら藩王の失態を大々的に広め、排除も止む無しと思わせなければならないのです。しかし、そのような情報はありません」
ハースの言葉にエルフィンストーンが頷く。
「なるほど。では、皇帝の力が落ちているのは間違いないと。そうなると、新藩王の謀略の可能性もあるということか。自らがストリボーグを掌握するため、父である藩王を殺し、その仇を討つという形で民衆の心を掴む。野心家であればあり得ると思うのだが」
「イワン新藩王のことはあまり分かっていませんが、その可能性はありますね。皇帝の暗殺未遂事件が起きていますから、帝都に食い込んでいる可能性も否定できませんから」
ハースの言葉にクリフォードは疑問を持ち、発言を求めた。
「よろしいでしょうか?」
エルフィンストーンとハースが同時に頷くと、クリフォードはゆっくりとした口調で話し始める。
「仮にイワン新藩王が帝都で皇帝に重傷を負わせ、ニコライ藩王を暗殺することができるほどの力を持っている場合、スヴァローグもダジボーグも全く無警戒であったということは不自然です。当然、皇帝や帝国の上層部の者は認識していたでしょう。そして、イワン新藩王がそれほどの力を持っているなら、あの皇帝が利用しないはずがありません」
彼の言葉にハースが考えながら話し始める。
「つまり、新藩王の諜報組織が優秀であれば、そのことは帝都の諜報組織も知っているから、皇帝がニコライ藩王を暗殺したのは新藩王だと声高に主張すると……皇帝や帝国政府がそのことを主張したという情報が入ってこないということは、新藩王が暗殺したと主張しても一笑に付される程度の認識だということね」
「はい、提督」
「あなたは今回のことをどう考えているのかしら?」
「現段階での情報から分かることですが、皇帝の求心力が落ちていること、その結果、皇帝の周辺で何らかの権力闘争が行われていること、その権力闘争はストリボーグ藩王家と現皇家であるダジボーグ藩王家の間だけでなく、スヴァローグも加わっていること、このくらいだと思います。そして、我が国では再び帝国に対して直接的な行動を起こすべきという意見が多く出るはずです。これは我が国に限ったことではなく、FSUでも同様でしょう」
「出兵論が出ることは間違いないわね。でも、現皇家とストリボーグ藩王家の単なる権力闘争ではないという根拠は何かしら?」
「帝都の治安維持といいますか、対テロ活動はスヴァローグ人が主体の帝国保安局が担っていたはずです。皇帝暗殺未遂事件だけでなく、ニコライ藩王暗殺事件まで起きているのですから、保安局が何らかの関与をしていることは間違いありません」
「確かにそうね。皇帝の身辺はダジボーグ出身の親衛隊が守っているでしょうけど、帝都全体をダジボーグ人部隊が牛耳れば、スヴァローグ人が必ず反発します。だとすると、下手に介入することは危険ということね」
「はい、提督。皇帝がスヴァローグを掌握していない場合、内戦が起きたとしても短期間で終わる可能性があります。また、皇帝が謀略でストリボーグを内戦に引き込む場合も同様です。ここまで強引に進めるということは勝てる見込みがあるということですから」
「そうね」
ハースは大きく頷く。
「そして我々が介入すれば、勝った方がその事実を帝国内の団結のために利用するでしょう。もっともダジボーグのエネルギー供給インフラが回復していませんから、すぐに攻め込んでくる可能性は低いですが、我々にとって何らメリットがありません。それに入ってくる情報がすべて正しいとは限りません。安易に動くことなく、すべての関係者に恩を売りつつ、中立を維持した方が得策ではないでしょうか」
彼の言葉にハースとエルフィンストーンが頷く。
「そうね。それにゾンファがこれを利用する可能性があるわ」
「それは何だろうか?」
エルフィンストーンの問いにハースが答えていく。




