第四話
宇宙暦四五二五年七月九日。
スヴァローグ星系でストリボーグ藩王ニコライ十五世が暗殺された頃、遠く離れたヤシマ星系でも事態は動き始めていた。
事の発端はゾンファ共和国においてヤシマ企業への襲撃が頻発したことだった。
ヤシマは七年前のゾンファによるヤシマ占領時の恨みを返すべく、徹底した富の収奪を行った。その結果、ゾンファ星系では空前の大不況が起き、多くの企業が倒産し、労働者たちが路頭に迷った。
あまりに苛烈な経済攻撃にアルビオン王国の外交官がヤシマ政府に改善するよう助言したが、彼らはそれを受け入れなかった。
ヤシマにも言い分はあった。
七年前のSE四五一八年におけるゾンファ軍の不当な侵攻によって、多くの国民が命を落とし、膨大な富がゾンファに収奪された。また、研究者や技術者を拉致されたが、未だ全員が帰還できておらず、その報復だという主張だ。
この状況を利用したのが、かつてゾンファを支配していた旧国家統一党だった。
彼らは今年二月に行われた総選挙において大勝利を収めた。その結果、旧国家統一党の流れを汲むゾンファ国民党のワン・ラーを首班とする政権が発足する。
民衆は弱腰の民主派政権が退場したことから、略奪者であるヤシマ企業に報復を始めた。五月には大規模な暴動が発生し、多くのヤシマ企業が焼き討ちにあい、事務所が破壊されただけでなく、従業員に死傷者まで出ている。
ヤシマ政府は厳重な抗議を行い、関与した者の処罰と再発防止を訴えたが、ワン・ラー政権は治安維持のための戦力すら奪われており、対応に時間が掛かると嘯いた。
ゾンファ政府は関係者を処罰するどころか、逆にヤシマ及び自由星系国家連合(FSU)の企業に対し、制裁を始めた。
輸出品に百パーセントの関税を掛けた上、輸出品にこれまでの数倍という最低価格を設定したのだ。
この情報がヤシマに届くと、多くのメディアが取り上げ、ヤシマ国民はゾンファに懲罰部隊を送るべきだと考え始める。
外交ではなく、即座に戦力を投入すべきと考えたのは、厚顔無恥なゾンファが交渉でどうにかできると思えなかったことに加え、現在のゾンファには小型艦が主体の六個艦隊しかなく、アルビオン王国とヤシマが大艦隊を派遣すれば、必ず折れると考えているためだ。
また、もう一つの脅威であるスヴァローグ帝国で混乱が起きていることも強気になる要因だった。帝国が万全であれば、大艦隊を長期に渡り派遣することは現実的ではないが、ダジボーグ星系のエネルギー供給インフラが回復せず、皇帝アレクサンドルの指導力の低下も見られることから、世論は懲罰部隊の派遣を求めた。
これに対し、タロウ・サイトウ首相は否定的だった。
『……確かにゾンファのやり方は許せるものではない。しかしながら、拙速に艦隊を派遣することが最善とは思えない。数を減らしているとはいえ、ゾンファ軍の実力は侮ることはできないからだ。また、アルビオン王国に艦隊の派遣を求めれば、多額の協力金を支払わなければならなくなるだろう。そうなれば、好調な国内景気に冷や水を浴びせることになりかねない……』
終戦後、ヤシマは空前の好景気に沸いていた。第二次タカマガハラ会戦で失われたインフラの復旧や防衛艦隊増強を求めるFSU各国からの発注を受け、防衛産業や造船業だけでなく、多くの企業が過去最高の収益を上げていたのだ。
好景気に沸き、堅調な税収はあるものの、未だに多額の防衛協力金がアルビオン王国に支払われており、国家財政の大きな負担になっている。更にその負担が増えることは増税や多額の国債発行などを招きかねず、景気に冷や水を浴びせかねない。
この指摘に経済発展至上主義のヤシマ国民は冷静さを取り戻した。
しかし、一部のロビイストはサイトウの主張を認めつつも、何らかの措置が必要だと主張した。
元経済官僚のヨシアキ・ノムラは脂ぎった感じの壮年の男性で、強い口調で自らの主張を口にする。
『現在の好調な景気を維持すべしという意見に反対ではありませんが、ゾンファに対して何も行動を起こさないのであれば、我が国が被った損害を諦めるということです! 戦争で散っていった防衛軍の将兵だけでなく、タカチホの虐殺を始めとしたゾンファ軍の暴挙で亡くなった民間人も多い! その方々に十分な補償がなされていると政府は本気で考えているのかと疑問を持たずにはいられません! また、ここでゾンファの独裁者たちを放置すれば、再び我が国に牙を剥くことは容易に想像できます! 艦隊を派遣せずとも経済的に制裁を加えることが重要なのです!』
ノムラは具体的な方策にも言及した。
『ゾンファへの制裁ですが、彼の国に有り余る労働力を利用する方法です。具体的にはゾンファの技術者をダジボーグ星系に送り込み、希少金属鉱山の開発に従事させるのです。皆さんもご存知の通り、帝国からの賠償金は鉱山から産出される希少金属で賄われています。ですが、ダジボーグ星系では技術者不足で鉱山の開発が遅れており、資金の回収は遅々として進みません。我が国の技術者が国内需要に押されて派遣できないこととダジボーグ人の技術者が少ないことが原因ですが、それを解消するため、百万人程度の技術者をダジボーグに派遣できれば、二十年ほどで回収が可能なのです……』
ゾンファは人口の七十五パーセント、六十億人が宇宙空間で暮らしている。そのため、宇宙空間で必要とされる専門技術を持つ者が多く、小惑星の開発でも充分に活用できる。
『ゾンファ人が多数出国しますが、行先は帝国領なのです。彼らの中に工作員がいたとしても、我が国に入れなければ問題はありません。それに万が一、帝国に亡命したとしても、あの国では自国民以外信用しませんから、脅威となることはないでしょう』
ノムラの主張はメディアで大きく取り上げられた。
その結果、サイトウら政府首脳も静観するという選択肢を採れなくなった。
七月十五日、サイトウは関税撤廃と自国民の保護の徹底を主張するための外交使節団を派遣する。
その中には内閣特別顧問となったノムラの姿もあった。
ノムラだが、徹底した富の収奪を行うよう扇動した張本人であった。
彼はゾンファの手先となっていた巨大メディアグループ、KYニューズグループと敵対関係にあったため、ゾンファ侵攻以前から嫌がらせを受けていたが、ゾンファに占領された後は政治犯として投獄され、厳しい拷問を受けている。それでも彼は屈しなかった。
ゾンファ軍撤退後、彼は侵略者に屈しなかった言論人としてメディアの寵児となった。その影響力を使い、KYグループを徹底的に叩いて凋落させた。更に宿敵ゾンファを完膚なきまでに叩き潰すために企業や外交官を扇動していたのだ。
この事実は当然サイトウも知っているが、発言力のあるノムラにこれ以上掻き回されたくないと考えた。また、懲罰部隊派遣を回避するため、最善を尽くしたと国民に見せる必要があり、渋々ノムラを派遣したのだ。
このことが後に大きな禍根を残すことになる。




