第二話
宇宙暦四五二五年七月八日。
時はアルビオン王国での総選挙から二ヶ月ほど前に遡る。
スヴァローグ帝国の帝都にある皇宮内の執務室において、皇帝アレクサンドルは衝撃的な報告を受けていた。
「ニコライ十五世閣下が宇宙港のロビーで銃撃を受け、亡くなられたと保安局より報告がありました」
秘書官からの報告を受けた皇帝は驚愕し、思わず玉座から立ち上がる。
「ニコライが殺されただと……それも帝都の宇宙港で……」
「はい。実行犯は藩王閣下銃撃後、“ダジボーグ万歳”と叫び、自害したとのことです。保安局の調べではダジボーグ愛国党に属する二十二歳の若者で、宇宙港警備隊の制服とIDカードを所持していました」
ダジボーグ愛国党は狂信的な極右団体で、帝国からスヴァローグ人とストリボーグ人を完全に排除すべきだという過激な主張をしていた。あまりに過激で稚拙な主張であるため、ダジボーグでも支持されず組織は小さい。そのため、アレクサンドルも積極的に関与する価値を認めず無視していたほどだ。
「過激派がなぜ警備隊の制服とIDを持っていたのだ! それより保安局は何をしていた! すぐに保安局長を、プーシキンを呼べ!」
秘書官は帝国保安局の局長ヨシフ・プーシキンを呼び出すため、慌てて走り出すが、皇帝の横に立つ皇太子ピョートルが落ち着いた声で話し始める。
「父上、今は保安局の責任を追及するより、ストリボーグにどう対応するかを考えるべきでしょう。宇宙港で起きたということで、藩王の護衛であるストリボーグ艦隊も既に情報を掴んでいるはず。脱出される前に殲滅してしまった方がよいのではありませんか?」
ピョートルは黄金の髪と白皙の肌を持つ二十四歳の貴公子だ。
彼はアレクサンドルが重傷を負った後、摂政として政務を取り仕切った。皇帝が回復した後も補佐すると称して玉座の横にいることが多い。
彼が言う通り、藩王の護衛ということで一個艦隊五千隻が衛星軌道上に待機していた。
短慮なピョートルが冷静に話していることにアレクサンドルは違和感を持つ。
「まさかお前が命じたことではあるまいな」
「そのようなことはございません。お疑いなら自白剤を使用していただいても構いませんが」
アレクサンドルはその余裕に更に疑いを強めるが、ニコライ暗殺という事実を前に、皇帝と皇太子の間で反目しあっているという情報が流れることは今後の対応に支障をきたすと考え、一時棚上げすることにした。
「あとで必ず追及するが、今は時がない。スヴァローグ星系に戒厳令を敷く。ストリボーグ艦隊には事実のみを伝え、敵対行動を採らないのであれば、本星系からの退去を許可する」
「敵の戦力は少しでも減らしておくべきではありませんか?」
「愚か者! 衛星軌道上で艦隊戦が行われれば、重要施設に大きな損害が出る! それにカラエフが動くとは限らんのだ! 遺体の引き渡しを条件にジャンプポイントに向かうよう交渉すべきだ!」
「カラエフもスヴァローグ星系内で攻撃を許すことはありますまい」
スヴァローグ艦隊の総司令官リューリク・カラエフ上級大将は万が一に備えて、五個艦隊で帝都の防衛に当たっている。カラエフは一時アレクサンドルに忠誠を誓ったが、スヴァローグよりダジボーグに軸足を戻した皇帝に対し、距離を取り始めていた。
但し、彼もストリボーグ艦隊が民間施設に攻撃を加えれば、それを防ぐために攻撃することを躊躇うことはない。
「今なら余が頭を下げれば、テロリストによる暴挙として内戦を防ぐことができる! だが、ここで艦隊に攻撃を仕掛ければ、ニコライの暗殺を余が命じたと認めるようなものだ! そうなったらストリボーグとの内戦どころかスヴァローグも離反し、ダジボーグは一気に劣勢に追い込まれる! その程度のことすら理解できぬのか!」
「確かにその通りですね。では、カラエフを通じてストリボーグ艦隊に事実を伝えさせましょう。我らダジボーグ人から何を言われても聞く耳は持たないでしょうが、スヴァローグ人である彼の言葉なら聞くかもしれませんから」
アレクサンドルは玉座にへたり込むように座った。
「それでよい。すぐに手配せよ」
「では、早急に手配してまいります」
そう言ってピョートルは立ち去った。
その後ろ姿を見ながら、アレクサンドルは今回のことはピョートルが画策したことだと確信した。
(息子が裏で糸を引いていることは間違いない。余の体調が思わしくないことをいいことに好き放題やっているのだからな……だが、あの者は我が血を引きながらも思慮が浅い。誰かに操られているのだろうが、その者は誰なのだ? プーシキンが最も怪しいが、奴には監視が付けてある。ピョートルと情報のやり取りをしている形跡はない……)
アレクサンドルは一月の暗殺未遂で受けたケガから回復したものの、未だに体調は万全ではなかった。そのため、次期皇帝である皇太子ピョートルに補佐させているが、それにより皇太子が増長していると考えている。
帝国保安局はスヴァローグ帝国の諜報・防諜活動を取り仕切る部署だ。元々スヴァローグの諜報機関であるため、スヴァローグ皇家に対する忠誠心が強かった。しかし、保安局は内戦の最終盤で皇帝を裏切り、アレクサンドルに寝返っている。
その裏切りを主導したのが現局長のヨシフ・プーシキンだ。
諜報の要である保安局の寝返りにより、帝都を陥落させることができたが、アレクサンドルもプーシキンを全面的に信用したわけではなかった。プーシキンにはアレクサンドルの子飼いであるダジボーグ軍情報部の精鋭が常に張り付いている。
(スヴァローグ皇家の生き残りはピョートルの妻のエカテリーナとニコライの息子イワンの妻ユリアーナだけだ。このまま放っておいても我が孫でありピョートルの息子コンスタンティンが皇位を引き継ぐ。スヴァローグ人であるプーシキンに帝国を混乱させる意味はないと思うのだが……)
スヴァローグ皇家のルドルフ六世には三人の息子と二人の娘がいた。次男は艦隊司令官として戦い戦死している。長男の皇太子と三男は戦争犯罪人として処刑され、孫たちもすべて暗殺された。直系で生きているのはエカテリーナとユリアーナの二人だけだ。
また、傍系の親族も徹底的に調べ上げ、そのほとんどを殺している。
二人の娘が生かされたのはスヴァローグ皇家を完全に断絶させると、スヴァローグ人が自暴自棄となってテロ行為を繰り返すことを危惧したためだ。
アレクサンドルは長男の妻にエカテリーナを、次男の妻にユリアーナを当てる予定だったが、ニコライが横槍を入れ、ユリアーナはストリボーグ藩王家に入った。
アレクサンドルが認めたのはユリアーナがルドルフの側室の子だからだ。それも身分が低く、正統性でエカテリーナに大きく劣る。
そのため、ストリボーグ藩王家がユリアーナの血統を使ってスヴァローグに謀略を仕掛けてきてもエカテリーナが生きている限り、スヴァローグ人が乗る可能性は低い。
また、ストリボーグが反旗を翻した場合、ユリアーナとその子供を殺してしまえば、スヴァローグ皇家の血筋はピョートルとエカテリーナの子孫しか残らない。
こうすることで、ダジボーグ藩王家とスヴァローグ皇家を統合し、帝国の真の統一を図ろうと考えていたのだ。
(それにしても腹心がおらぬことがこれほど不便だとは思わなかった。アラロフのことは大きな失敗であったな……)
皇帝補佐官であったディミトリー・アラロフはクリフォード襲撃事件の責任を取って補佐官を辞任した。しかし、その段階では腹心として常にアレクサンドルの傍らにあった。
状況が変わったのはアレクサンドルが襲撃を受け重傷を負った後だ。
襲撃後、意識を取り戻したが、体調不良により感情のコントロールが上手くいかない時期があった。そんな時、クリフォードが生きていること、そしてそれが皇帝の差し金だったという噂が流されていることを知り、アレクサンドルは激怒した。
彼はアラロフを無能と罵った上、農奴階級に落として辺境の開拓地に放逐した。
数日後、怒りが収まったアレクサンドルは自らの過ちに気づき、アラロフを引き戻そうとしたが、彼は戻らなかった。
アラロフは怒りに任せて自らを否定した皇帝に失望した。また、素直に戻ったとしても自分の意見が尊重されることはないと考えた。アレクサンドルは狭量ではないが、二度の失敗を許すほど寛容でもないためだ。
また、アラロフには野望があった。それは帝国を統一し、自らが政治を動かすことだ。そのために単純なピョートルに接近したが、彼は細心の注意を払っており、未だに皇帝には知られていない。そのことを知らないアレクサンドルは腹心を失ったことを悔やんでいたのだ。
(ニコライのことは上手く利用しなければならん。この機にストリボーグを手に入れられればよいが、我が剣であるダジボーグ艦隊は未だに戦力を回復しきっていない。スヴァローグ艦隊も余から距離を取り始めている。第一、エネルギー供給に不安があるダジボーグに攻め込まれたら防衛戦もままならぬ。そうなれば、ダジボーグの者たちも余を見限るだろう……)
三年前の四五二二年十月に行われたダジボーグ会戦により、エネルギー供給プラントが全滅し、三年近く経った現在も供給力は以前の一割程度に留まっている。ダジボーグ星系は元々工業力が弱く、工業国ヤシマの技術に頼っていたが、侵攻を受けたヤシマが協力を拒否しているためだ。
このため、民生用はともかく、大量にエネルギーを消費する艦隊へのエネルギー供給に大きな不安があり、大規模な会戦を行うことは難しい状況だった。
(ニコライの息子イワンはまだ二十歳を過ぎたばかりだったはずだ。奴を上手く踊らせることができれば、この危機を乗り切ることができる。だが、そのためには余の命を受けて動く者が必要なのだが……)
アレクサンドルは腹心を失った事実に再び打ちのめされる。
(ピョートルに任せることは論外だが、プーシキンとカラエフならスヴァローグのために協力させることは可能だ。問題はピョートルより余の方が彼らにとってメリットがあると思わせることだが……)
皇帝は考えていくが、よい案はなかなかまとまらなかった。




