第一話
あらすじ:
宇宙暦四五二五年五月、クリフォードはキャメロット星系に隣接するシビル星系において、国王エドワード八世を襲撃する通商破壊艦部隊を撃退した。その際、敵の謀略で護衛部隊の一部で反乱が計画されたが、それも防いでいる。アルビオン王国軍内に不穏な分子が蔓延っていることに危機感を持った軍上層部はそれらを一掃し、王国に平和がもたらされようとしていた。
その一方で敵であるスヴァローグ帝国とゾンファ共和国では大きな動きが起きていた。帝国では皇帝暗殺未遂事件を契機に内乱に発展するのではないかと噂され、ゾンファでは民主派が選挙で惨敗し、再び全体主義が社会を覆おうとしていた。両国とも時間を稼ぐために、勝者である王国と自由星系国家連合(FSU)に対し、更なる謀略を画策する。
王国内では軍事費増大による財政の悪化が深刻化し、艦隊の縮小が行われる中、五年に一度の総選挙が行われ、政権交代が起きた。
そんな中、クリフォードは少将に昇進し、戦艦戦隊の司令官に就任する。更にゾンファ星系に派遣される輸送船団の護衛艦隊司令官に指名され、陰謀渦巻く敵国で脆弱な船団を守ることになった……。
艦隊の主力、戦艦戦隊の指揮官に就任し、輸送船団の護衛艦隊を率いて活躍する予定ですが、今回も戦闘シーンは少なく、謀略・政治の話が多くなる予定です。
登場人物
アルビオン王国:
クリフォード・C・コリングウッド:少将、第四艦隊第三戦艦戦隊司令官
サミュエル・ラングフォード:大佐、旗艦アガメムノン艦長
ヴァレンタイン・ホルボーン:少佐、クリフォードの副官
アンソニー・ブルーイット:大佐、第四艦隊第三戦艦戦隊参謀長
リンジー・バウケット:中佐、同作戦参謀兼運用参謀
ウォルター・リントン:中佐、同情報参謀
ネヴィル・オルセン:少将、第四艦隊第五重巡航艦戦隊司令官
シャーリーン・コベット:准将、第四艦隊第八駆逐艦戦隊司令
ニコラ・デリンジャー:准将、第四艦隊第二十三駆逐艦戦隊司令
ロバート・エインズワース:大佐、第四艦隊第十二駆逐艦戦隊司令兼旗艦艦長
エドワード八世:アルビオン王国国王
ジークフリード・エルフィンストーン:大将、キャメロット防衛艦隊司令長官
アデル・ハース:大将、第一艦隊司令官
ジャスティーナ・ユーイング:大将、第六艦隊司令官
ウーサー・ノースブルック:伯爵、保守党党首、元首相
ヴィヴィアン・コリングウッド:クリフォードの妻、ウーサーの長女
ロジャー・エバンス:民主党党首、首相
レジナルド・リトルトン:下院議員、財務卿
スヴァローグ帝国:
アレクサンドル二十二世:ダジボーグ出身の皇帝
ピョートル:皇太子、アレクサンドルの長男
ニコライ十五世:ストリボーグ藩王
イワン:ニコライの長男
アイザック・エステス:秘書官、イワンの腹心
リューリク・カラエフ:上級大将、スヴァローグ帝国艦隊司令長官
ティホン・レプス:上級大将、ストリボーグ艦隊司令官
ディミトリー・アラロフ:元皇帝補佐官
ヨシフ・プーシキン:帝国保安局長
ゾンファ共和国:
フェイ・ツーロン:上将、ゾンファ防衛艦隊司令長官
ファ・シュンファ:政治家、元政治局長
ワン・ラー:ゾンファ国民党党首、首相
イェ・シュメリ:政治家、国民党副党首兼外務長官
ジャオ・ジェンピン:上将、防衛艦隊司令官
ツォン・ダーバオ:中将、リアンユ星系防衛艦隊司令官
シェン・レー:少将、リアンユ防衛艦隊参謀長
ソン・ジジエ:大佐、リアンユ防衛艦隊旗艦艦長
ヤシマ:
タロウ・サイトウ:政治家、首相
トモエ・ナカハラ:大将、第一艦隊司令官
レイジ・アベカワ:大将、第三艦隊司令官
ヨシアキ・ノムラ:ロビイスト、元経済官僚
リュウイチ・クロカワ:少将、輸送船団司令官
宇宙暦四五二五年九月一日。
一昨日の八月三十日、アルビオン王国全土において下院議員選挙が行われた。
即日開票された結果、政権与党である保守党は、強い支持地盤であるキャメロット星系においてすら、一割以上の議席を失っている。
保守党が議席を失ったのは、終戦後に財政健全化を図ったもののその成果が見えなかったことに加え、政治家や軍上層部のスキャンダルが原因だ。
特に軍のスキャンダルは、国民が敬愛する国王を危険に晒したとして、保守層からも強い批判を浴びている。
キャメロット星系における選挙結果を受け、二大政党が拮抗しているアルビオン星系でも与党が苦戦していることは間違いなく、政権交代は確実な情勢であると報道されている。
そんな中、クリフォード・C・コリングウッド准将は自らが率いるキャメロット防衛第一艦隊第二特務戦隊を鍛え上げるべく、演習を繰り返していた。
第二戦隊は主に国外に出る外交官の護衛を任務とする特殊な部隊であり、自由星系国家連合(FSU)で新たな元首が生まれるなどの大きな外部要因がない限り、新政権が軌道に乗るまで任務が与えられる可能性は低い。
また、戦場だけでなく外交でも名を上げたクリフォードを狙った謀略を考慮し、かつての敵国スヴァローグ帝国やゾンファ共和国に派遣される可能性は皆無であった。
それでも彼はいつでも戦えるよう戦隊を鍛え上げている。
演習を終え、第三惑星ランスロットの衛星軌道上にある大型要塞アロンダイトに帰還する途上、選挙結果に関する情報が入ってきた。
クリフォードの副官、ヴァレンタイン・ホルボーン少佐はその結果を受け、安堵したような表情を浮かべる。
「予想より保守党は善戦したようですね」
「そのようだな」
クリフォードはそう答えるだけで多くを語らない。
彼はコリングウッド家の伝統として、現役軍人が政治に関与することを忌避している。そのため、保守党の重鎮ノースブルック伯爵の女婿である自分は、私的な会話であっても任務中は政治に関して発言をしないようにしていた。
それでも思うところはあった。
(ヴァルが言ったように惨敗とはならなかった。国民が主戦論を主張していた民主党に不安を感じた結果だろう。これなら政権交代があっても無理な出兵は起きないはずだ……)
彼が今最も危惧しているのはスヴァローグ帝国への出兵だ。
帝国では今年の一月に皇帝アレクサンドル二十二世が帝都で襲撃され、重傷を負うという大事件が起きている。
王国では皇帝の求心力が低下した結果だと見る者が多く、これを機にストリボーグ藩王ニコライ十五世が内戦を仕掛けるのではないかと期待している。特に民主党は積極的に介入して帝国の国力を更に低下させるべきという意見が強かった。
「アルビオンでの結果が届くのは来月の頭くらいでしょうけど、政権交代があるなら来年までは我々の出番はなさそうですね」
戦隊参謀のクリスティーナ・オハラ中佐が会話に参加する。
彼女の言う通り、選挙結果を受けて組閣が行われるが、キャメロット星系の議員がアルビオン星系に行く必要があり、その移動に五十日ほど掛かるため、内閣が発足するのは十一月初め頃になる。
「民主党政権になったら、この戦隊も解散させられるかもしれませんね。何と言ってもあのコパーウィート元軍務卿の肝いりで作られたものですから」
第二特務戦隊はエマニュエル・コパーウィート子爵が宣伝用に作ったものだ。そのコパーウィートは軍需産業と癒着し、贈収賄事件の捜査を受け、軍政のトップである軍務卿を辞任している。
証拠が集まらず不起訴になったものの、保守党の支持率を大きく低下させており、民主党が利用する可能性が高いことをホルボーンは指摘したのだ。
「艦隊の再編も行われるでしょうし、来年になれば、准将も昇進されるでしょうから、その可能性は高いと思います」
クリフォードが准将に昇進したのは、一年九ヶ月前の宇宙暦四五二四年一月。
昨年ゾルダート帝国でゾンファの通商破壊艦部隊を殲滅し、更に今年の四月には国王エドワード八世の危機を救っており、昇進に必要な実績は充分に備えている。
年が明ければ、准将に昇進してから二年経つため、少将に昇進する可能性は充分にあった。
(私の昇進はともかく、戦隊の解散は充分にあり得るな。この戦隊が必要かと言われれば、司令である私ですら疑問を感じずにはいられないのだから……だが、この戦隊を離れるのは辛いだろうな。これだけ気心が知れた仲間と一緒になることは二度とないだろうから……)
そんなことを考えているが、ホルボーンらの会話には加わらない。
「我が国の政権交代も気になりますけど、帝国の方がもっと気になりますね。皇帝の力が落ちているという情報は正しいんでしょうか? あの皇帝なら謀略のために偽情報を流すことは充分に考えられますが」
暗殺未遂事件で重傷を負った皇帝は一ヶ月近く意識が戻らず、その間、皇太子であるピョートルが摂政として政務を代行し、その後も強い影響力を維持しているという情報が入っている。
また、一度は皇帝に忠誠を誓ったスヴァローグ艦隊の総司令官リューリク・カラエフ上級大将が皇帝と距離を取り始めているという情報も入っており、盤石と思われていた皇帝の権力基盤が弱まったと見る者が多い。
しかし、アレクサンドルは謀略を得意としており、ホルボーンのように素直に信じていいのかと疑う者も多数いる。
オハラがその疑問に答える。
「ニコライ藩王が帝都に向かったという情報もありますし、皇帝は我が国が暗殺者を送り込んだと非難し、挙国一致体制を整えようとしていますから、きな臭くなってきたことは間違いないですね」
ニコライが帝都に向かったのは三ヶ月ほど前だ。但し、情報はつい先日入ったもので、王国の外務省や軍の情報部などが情報を得ようと動き始めているが、目的は不明のままだ。
そこで彼女はクリフォードに視線を向けた。
「ダジボーグ星系の復興に力を入れ過ぎていることが原因でしょうか?」
彼女の問いにクリフォードが頷く。
「皇帝が出身地であるダジボーグを重視すればするほど、スヴァローグ人の心は離れていくだろう。だからと言って、自らの力の根源であるダジボーグを軽視すれば、ダジボーグ人が離反する。体調が万全ならダジボーグに頻繁に赴いて、得意の演説で彼らを繋ぎとめるのだろうが、それができないとなると目に見える形にせざるを得ない。皇帝も頭を痛めているだろうな」
一年前に第二特務戦隊を攻撃したゲオルギー・リヴォフ少将は、皇帝がダジボーグを軽視していると糾弾した後、自ら命を絶った。そのことに多くのダジボーグ人が同情し、共感している。
そのため、皇帝もダジボーグに寄り添う姿勢を示さざるを得ず、それがスヴァローグ人の離反を招いていた。
「ニコライ藩王は皇帝と対決するつもりなのでしょうか? 我が国にも使者を送ってきましたが」
ニコライは王国に対し、アレクサンドル暗殺未遂事件は自作自演であり、王国を敵とすることでスヴァローグとダジボーグを繋ぎとめようとしていると伝えてきた。そして、自分はそんな皇帝を諌めるために帝都に向かうと主張している。
ホルボーンの問いにクリフォードは首を横に振る。
「それは分からない。ただ皇帝の求心力が落ちていることが気になる。帝国は内戦の終結以降、皇帝アレクサンドル個人のカリスマ性に頼っていたところが大きい。皇帝が手綱を握り切れず、功名心に逸った者が暴走すれば、何が起きてもおかしくはない」
SE四四九九年一月に始まった帝国の内戦はSE四五一八年十二月までの二十年間続いた。
内戦の原因は先々代の皇帝ヴィクトール十一世がストリボーグとダジボーグを完全に掌握するため、両藩王を帝都で暗殺したことだった。
藩王を失ったストリボーグは一時スヴァローグに占領されており、ダジボーグ藩王に即位したアレクサンドルが大胆な策を用いて帝都を陥落させなければ、ヴィクトールが帝国統一を果たしていたと言われている。
帝都を陥落させたアレクサンドルだが、地力に勝るスヴァローグ艦隊の反撃を受けて敗北し、ダジボーグに撤退した。しかし、狡猾な彼はただでは逃げなかった。撤退に際し、スヴァローグの重臣が裏切ったように工作を行ったのだ。
猜疑心の強いヴィクトールは重臣たちを問答無用で処刑したため、優位に立ったはずのスヴァローグは大きく混乱する。
アレクサンドルはその混乱を突いてストリボーグを解放し、ニコライが藩王に就任した。精力的に動くアレクサンドルだったが、疲弊したストリボーグを守りながらということで混乱が収まったスヴァローグに対し、決定的な勝利を得ることができなかった。
その結果、内戦は泥沼状態となり、優秀な戦略家であるアレクサンドルですら制御できなくなる。
内戦が始まってから十五年ほど経ち、高齢のヴィクトールが七十六歳で崩御した。彼の嫡男がルドルフ六世として即位したが、彼は臆病で消極的、そして決断できない男だった。
そのため、スヴァローグ人からも見放され、二十年続いた内戦はアレクサンドルの勝利で終わる。
アレクサンドルの名声は大いに高まり皇帝に即位した。しかし、圧倒的な劣勢の中で艦隊の士気を維持し、適切な戦略を立て続けた彼に、家臣たちは頼り切っていた。そのため、彼の手足となる者は多くいたが、彼が権限を与えられるほど優秀な家臣は少なかった。
内戦が終わった後、活躍の場が少なくなった若い野心家たちは、皇帝の目に止まろうと画策し、無理な策を実行する。
SE四五一九年には三十四歳のセルゲイ・アルダーノフ少将がシャーリア星系で暴走した(第四部参照)。また、昨年には三十三歳のディミトリー・アラロフ補佐官が本来必要のない謀略に手を出し、帝国の威信を傷つけている(第七部参照)。
「それにもう一つ気になっていることがある」
「それは何でしょうか?」
オハラが尋ねる。
「帝国とゾンファが共闘していることだ。我が国の一人勝ちを許せないという点で両国が一致することは理解できるが、現場レベルで連携するには上層部が認めただけでは不十分だ。強い危機感がそうさせているのかもしれないが、これで終わるとは思えない。新たな謀略を仕掛けてくるのではないかと思っている」
国王護衛部隊での反乱と連動した帝国の通商破壊艦部隊による奇襲作戦があった(第八部参照)。反乱は未遂に終わったが、ゾンファの工作員が渡した薬物が使われていることが分かっている。
また、十日ほど前の八月二十一日、シビル星系において、通商破壊艦部隊であるタランタル隊の隊員が降伏し、新たな情報が先日入ってきた。
降伏した者たちはすべて帝国軍の下士官と兵であり、重要な情報は持っていなかったが、王国の諜報機関は彼らから得た情報を分析し、帝国とゾンファの工作員が連携していた可能性が高いと判断している。
実際には帝国とゾンファが必ずしも緊密に連携していたわけではないが、元参謀長フォークナー中将や元作戦部長のゴールドスミスらの利敵行為により、謀略が成功の一歩手前であったことから、王国上層部は強い危機感を持っていた。
「ゾンファも国家統一党が復活しましたし、国民の不満も大きくなっていると聞きます。ゾンファが更に謀略を仕掛けてきても不思議ではありませんね」
ゾンファ共和国を長年牛耳ってきた独裁政党、国家統一党は第二次タカマガハラ会戦の敗北とその後のアルビオン王国艦隊と自由星系国家連合のヤシマ艦隊が進駐し、諸悪の根源として解散させられた。
党の指導者たちは捕らえられて投獄や公民権停止などの処分を受けていたが、侵略を受けて大きな傷を残したヤシマが、ここぞとばかりに報復を行ったため、民主派が力を落とし、それに代わって旧国家統一党系の政党が政権を奪取している。
旧国家統一党系の政権は民主的なものに作り替えられた憲法を改正し、元の独裁政権に戻そうと画策していた。但し、現状ではゾンファ共和国軍の戦力は六個艦隊にまで減少しており、王国やFSUの艦隊の進攻を防げないため、慎重にことを進めている。
クリフォードもゾンファの状況を危惧していたが、それに言及することなく、この会話を打ち切る。
「いずれにしても、我々にできることは訓練に励むことくらいだ。アロンダイトに戻ったら次の訓練計画を考えるぞ」
「「了解しました、准将」」
ホルボーンとオハラは不安を感じながらも、自分たちにできることをやるべきだと考えていた。
大変お待たせしました!




