16.爆誕! スーパーなダーリン
シノさんの発言に、コグマは訳が分からないといった顔をしている。
「オマエは、後から来たミナトの方が遠慮するべきだって思ってるんだろーが、子供なんてみんな後から来るモンだぞ。それに大人びて見えるが、ミナトはまだ10歳で、オマケに……あー、なんじゃっけ、あのアイ・オブ・ザ・タイガーの……」
「サバイバー」
つっかえたシノさんに、俺が正解を囁いた。
「そうそう、そのアイ・オブ・ザ・タイガーのサバイバーなんだから、心がリラックス出来る場所を作ってやらなくちゃダメだっちゅーの。てかオマエ、セイちゃんがせっかくオマエの健康を気遣ったさっぱりメニューを用意してくれてんのに、それでケンカなんかすんなよな。そんなコトやってっから、俺の点数バリバリ下げて、同居解消とか言われちゃうんだぞ」
「あれは、ケンカじゃなくて、意見の相違です! 今後摺り合わせをするつもりでした!」
「じゃあその摺り合わせをするためにも、オマエとセイちゃんは、少し距離を置いたほーがエエと俺は思う」
「イヤですよっ! そもそもそんなコトを言われたって、僕が戻る部屋なんてないじゃないですか! この近隣ですぐにアパート見つけるのなんて、無理です!」
「そんな心配はいらんぞよ、コグマはハルカの部屋に行けばよろし」
「ええっ? 神巫君とシェアするんですか?」
「うんにゃ。ハルカはレンがイソウロウさせるから、広々と一人で暮せばよろし」
「ちょっと、シノさんっ! 俺、ハルカをイソウロウさせるなんて、言ってナイし!」
そこで俺は、きっぱりとシノさんの "ハルカ・イソウロウ大作戦" を粉砕するつもりだった。
だが……。
「柊一、申し訳無いが、私はイタルがメゾンの中で一人暮らしをするのは、許容出来ない」
「やっぱり、聖一さんは僕の事を……」
「いや、君が近隣の別のアパートに引っ越しをするのなら、一人暮らしでも構わないよ。だが、メゾンでは困る」
「……それは、どういう意味ですか?」
ワナワナしながら、コグマが問うた。
§
「君と多聞君は、自分の住まいの衛生面の管理が実にずさんだ。イタルが一人暮らしをすれば、害獣や害虫の温床を作ると解っているのに、それを黙認する事は出来ない。私は私の厨房の清潔さを保つために、断固反対したい」
「ちょっ……と、聖一さん、それはあんまりな物言いじゃないですかっ!」
「てか、俺も仲間なのっ?!」
「あー、セイちゃん。それならモノスゴク簡単で最高の方法を俺が伝授しちゃるよ。コグマはレンと部屋をシェアして、そこにハルカをイソウロウさせれば全部解決するから」
「はぁっ?!」
「ちょっ……シノさん、何を勝手な……っ!」
俺とコグマの意見になど耳を貸さず、白砂サンはシノさんの話に興味を持ってしまった。
「どのように解決するのかね?」
「うん。ハルカは無一文じゃけん、シェアに参加は出来ないんだけど、その代わり掃除も洗濯もちゃんと出来るコだから。二人の部屋の衛生管理は、ハルカに任せればよろし。セイちゃんが具体的にどのよーな方針で衛生を保つのか伝授してやれば、ちゃんとやれると思うよ」
「神巫君は、清潔好きかね?」
「掃除好きなんかどーかは知らないけンど、でもフライングVはいつ行っても、ちゃんと掃除してあったよ」
「業者が清掃をしていた可能性は?」
「経費が勿体ねェから、自分達でしちるって言ってた。それにハルカの部屋も、ミツルが荒らしたトコ以外はちゃんと片付いてたし」
「ふむ。清掃以外の家事はどうかね?」
「味噌汁程度の料理も出来るつってたから、パシリのイソウロウにするには丁度エエじゃろ」
「では、そうしてくれたまえ」
「ちょっ……、シノさんっ!」
そう叫んだ俺の声は、同じように叫んだコグマの悲鳴がかぶさって、たぶん皆には聞こえなかったろう。
「ちょっと、聖一さんっ! 本気ですかっ?!」
「うむ。最初に柊一が、君との同居解消を提案した時は、私もそんなつもりは無かったのだがね。ミナトにストレスが掛かっていると言われて、ハッとしたのだよ。このまま君との同居を続けていく事は、私がミナトに虐待をしているようなものだと気が付いた。私のわがままで、これ以上ミナトを苦しめる事は出来ない」
白砂サンは、いかにも神妙な面持ちで言葉を続けた。
「今日の一件は、完全に私が君を裏切っているし、このタイミングで同居解消を申し出るのは非常に心苦しく思っている。だから君が多聞君とのシェアを拒絶してメゾンを出るなら、その引っ越し代は私が支払おう」
「お金の問題じゃありませんっ! 聖一さんの心が僕から離れてしまった事が、問題なんですっ!」
「離れてなどいないよ。君が私の身勝手な申し出に愛想を尽かし、私から離れていくと言う以外では、そんな事はありえない。だが、私の恋愛でミナトに心労を掛ける事だけはしたくない。私の優先順位は、恋人より家族が上だからね」
「でもあの子供は聖一さんの実子じゃないんですよ? 血の繋がりから言ったら、あの子だって他人じゃないですか。恋人とか、家族とかって、名称がそんなに大事ですか?」
「家族に遺伝子は関係無いよ。私の実父はクソで、家族じゃないからね。本当は、君も家族になれれば良かったのだが、君は "家族" である事よりも、"恋人" を望んでいるようだ」
「僕は名称なんかに、こだわってませんよ」
「うむ、だがこれは名称の問題では無く、君と私の心の距離感の問題だ。君は私に健康面の心配をされるのも、私の子育てに参加させられるのも不愉快なのだろう? 私とセックスをする事を望んでいるが、私の趣味に付き合わされるのも面倒なのだろう? ならば、時々二人きりでディナーをし、ロマンチックな夜を過ごすだけの関係になろうではないか」
白砂サンは淡々と、しかし全く隙きのない理論をびっしりと詰めて、コグマに最後通牒を突きつけた。
§
「小熊クンっ! 諦めたらそこで試合終了ですよっ!」
俺は、今にも泣きそうな顔になっているコグマを、後ろから鼓舞した。
ここでコグマが折れたら、その余波は計り知れないダメージとなって、俺の上に崩れ落ちてくるからだ。
「いいえ……。残念ですが……聖一さんの言う通りです……」
シノさんが、コグマの背中に隠れた位置で、俺に向けてVサインを出した。
「残念だったナ、試合はもう終了しちる」
俺は心の中で歯ぎしりをしながら「この脳筋バカの根性なし!」とコグマを罵ったが、今回ばかりは誰も代弁してくれなかった。
「オマエが理性的な結論に至って、俺もヒジョーに嬉しいぞよ。ま、これを機にセイちゃんに言われた事を、よっく考えてみるんじゃな」
シノさんは満足そうに、コグマの背中をパムパムと叩く。
コグマは、ベッドの上にボーンズ氏を見つけた時は、そりゃたまげただろう。
だが同時に、これで白砂サンの急所を押さえられた、起死回生のチャンスだと、そう思ったに違いない。
惚れた弱みで完全降伏宣言なんかを誓わされる羽目になり、不服があっても愚痴る以外に成す術も無く、コグマ的に溜まっていた不平不満がたっぷりあったはずだ。
だが俺から見たらコグマの言い分のほとんどは、自分本意な印象だった。
コグマには思いやりのかけらもない……とまでは言わないが、コグマの思考の中心には常に男的な自己中がある。
それを当然と思っていて、まず自分ありきで我を張っているのだから、この結果には自業自得感が満載だ。
もちろん俺も男だから基盤には同じような思考を持っている。
だが、やんぬるかな俺は性根がヘタレているので、他の男の様に身勝手な我を張ることが出来ないのだ。
自分でヘタレなんて認めたくはないが、哀しいかな事実だし、それにこの点だけは、ムダな自信家であるよりダメなヘタレの方がマシだと思う。
結局、ムダに自信家だったコグマは、自分が全く望まないカタチで望み通りの状態になるという、マヌケな結末にガックリと肩を落として、ペントハウスから退場して行った。
「では、深夜に騒がせて、済まなかったね」
白砂サンは、そう謝罪した。
「えーっと、それじゃあ僕は、これにて無罪放免ですか?」
相変わらずニコニコ顔で、まったく悪びれる様子もなく、ボーンズ氏が言う。
「無罪もなにも、俺はお医者さんには微塵も落ち度はナイと思っちるよ。それどころか、ボーンズさんがセイちゃんのスパダリになってくれるコトを、大いに期待しちる」
「その "スパダリ" って、なんですか?」
ボーンズ氏の質問に、白砂サンの眉がピクッと動いた。
「スーパーなダーリンを略してスパダリじゃ。セイちゃんが貸してくれた本に、書いてあったンじゃけど。オタクなのに、ボーンズさんは知らんのかい?」
「どんな本に書いてあったんですか?」
「どんなって、そりゃあ……」
「ボーンズ君、もう夜も遅い。ここでいつまでも話していると、子供達がまた起きてきてしまうから……」
いきなり白砂サンがボーンズ氏の腕を取って、グイグイ引っ張って行こうとする。
「セイちゃん、どしたン? センセには、コグマがイヤな顔するじゃろから、ココのソファを貸すよ」
「心遣い、感謝する」
「えっ、ちょっ、聖一さん? 僕、その、貸したっていう本が見たかったのに〜」
白砂サンに引かれて、ボーンズ氏の声が遠ざかっていく。
「なんか、話がまとまったみたいだから、俺たちもお暇させてもらおうか」
ユリオのみならず、若桐氏までもが "あー、びっくりした" って顔になっている。
「コグマが暴れたら抑えてもらおーと思ってたけど、必要なくって良かったヨ」
ケケケと笑うシノさんに、若桐氏は「大家さん、人が悪いなぁ」と笑う。
そして、頭上に星と渦巻きが飛び交ってるユリオの背中をぽんぽんと叩いて、ペントハウスから出ていった。
§
閑散としたリビングに、俺とシノさんが残った。
「よっぽど、シノさんに貸したって本を、ボーンズさんに見られたくなかったみたいだね」
「そらそーだろナ。セイちゃんの貸してくれたのは、BL本じゃもん」
「なに、その、びーえるって?」
「うひひ、レンは知らんほーがイイと思う」
「あっそう……」
そこで無理に聞き出しても、良い事なんかなんにもナイのが容易に想像出来たので、俺はそれ以上ツッコむのを止めた。
「しっかし、やってくれたね、シノさん」
「なにが?」
「コグマとハルカだよ。まとめて全部、俺に押っ付けて……」
「俺は、セイちゃんみたく "タモンレンタロウ君がステディですぅ" なんて公言してねェし。それに、ハルカ居ると便利だぞ〜」
「なにが?」
「うん。実は、ケイちゃんが冬休みは帰省したいって言っちるから、29日から鎌倉行く予定なんよ。きっとセイちゃんはミナトを連れて行くだろーし、そうなればスバルはもちろん、エビちゃんもホクトも一緒に行くコトになるだろな。でも、オマエはメシマズと年越ししたくナイじゃろ?」
「そりゃ、まぁ、ね……」
正確に言うと、シノさんと椿サンが同時に存在する空間で、何日も顔を合わせて年越しなんかしたくないのだ。
「で、どうせコグマも帰省はしないだろうから、ハルカにオマエらの衣食住の面倒を見るよーに、言い付けてあっから。馴染めば結構可愛いトコあるゾ、ハルカ」
「すっごく、想像出来ない……」
げんなりと俺は溜息を吐いたが、しかしどう足掻いたところで、俺がシノさんに勝てる事など無いのだ。
「ま、やってみ。確かにコグマはちぃと余分と思うが……。オマエとすらシェアが出来んよーなら、スパダリなお医者さんからセイちゃん取り返せる日など、二度と来ねーよ」
シノさんはまったく意地の悪い、人の悪そうな顔でケケケと笑った。
*ひとつの指輪と宇宙大作戦:おわり*




