15.突然のレッスン
キャンパスチームの話が一段落したところで、ボーンズ氏が如何にもさりげなく、白砂サンの方を向いた。
「ところで聖一さんは、その "リング" を以前に使っていたって言ってましたけど……。どうしてですか? 誰か特別なヒトがいたんですか?」
「いや、いないよ」
「じゃあ、なぜ貞操リングなんて物を使ってたんですか?」
「私に緊縛術の指導をしてくださった先生から、緊縛SMショーのアシスタントを頼まれた時に、ショーの小道具として装着するように指示されたからだ」
白砂サンはいつもの通りの鉄面皮で、シレッと答えたが。
さすがにその内容には俺のみならず、場の全員がビックリ顔になった。
「でも小道具なら、日常は外していられたんじゃないですか?」
誰もが白砂サンの履歴にたまげている中で、敬一クンが安定の斜め上を行く質問をする。
「ステージで、よりリアリティを出すために、外す事は禁じられていた」
「それで困らなかったんですか?」
「出会いを求めて出掛けても、私は相手にされない事の方が多かった。故に、そのリングを装着していても、困る事態に陥った事は無い」
「えっ、だってトイレに行った時に、誰かに見られたりしたら困るじゃないですか」
「柊一が言っている通り、普通に振る舞っていれば、気付かれる事はまず無いよ」
「でも……、その、気分がムラムラしてきた時は、どうしてたんですか?」
敬一クンに釣られたのか、ホクトがズレた質問をした。
「そんな気分になる暇は無かったね」
「ああ、クリスマスシーズンだったんですか?」
この数日の忙しさを思い出したのだろうが、敬一クンの発言はホクトのズレた質問の更に斜め上だ。
「仕事は関係無い。そもそも私は、SM調教における安全な器具の使用法を教わるために、先生に師事したのだが、講義が週に二日、実践を兼ねたショーのアシスタントを週末に務めていた。講義と言っても器具の使用法を先生から直に施して貰ったり、ショーの打ち合わせや予行演習などをしていたので、性的欲求が高まる隙は無かった」
「それって、指導と称して聖一さんのコトを、性欲処理に使ってただけなんじゃないですか?」
「そんな事は無い。緊縛師として、その道では高名な方だよ」
コグマの問いに白砂サンはきっぱりと答えたが、しかしコグマのあんな丸わかりの嘘を額面通りに受け取ってしまう白砂サンの性格を考えると、コグマの指摘はあながち間違ってないような気もする。
だけど、俺はそんなトンデモ話の真相なんて知りたくもなかったので、あえて質問はしなかった。
「すみません。キンバクシ? とは、何ですか?」
そこでまた、敬一クンが挙手をした。
「緊縛とは、縄で身体を拘束する事だ。緊縛師はその緊縛の技術に長けていて、更にM調教などの知識も持っている。一般的には、その技術の伝授やショービジネスで生業が立てられる状態になって、緊縛師と名乗るようだね」
白砂サンは、オタク的な早口でどんどん説明を続ける。
「エムチョウキョウとは、なんですか?」
「あーもー! そんなこたぁ俺が後で説明してやっから、話を進めてもらえつーの!」
「おまえは知ってるのか?」
「知ってるよ」
「そうか。話の腰を折ってすみませんでした。それで、聖一兄さんもその "緊縛師" という職業……なのかな? ……に、なりたかったんですか?」
「いや、別に。だが、セックスを楽しむためのスパイスとして、ソフトなSMプレイを嗜むために、正しい手順を知っておきたかった」
「セックスに、正しい手順があるんですか?」
「いや、正しい緊縛方法の手順を知りたかったのだ。そうだな……ちょっと待っていてくれたまえ」
白砂サンは立ち上がると、スタスタと部屋から出ていった。
§
戻ってきた白砂サンは、黒光りした妙な縄を手に持っていた。
「敬一、立ってみてくれたまえ」
敬一クンが立ち上がると、白砂サンはどこをどうしたのかわからぬほどの素早さで、敬一クンのパジャマをスポっと脱がせて上半身を裸にし、後ろ手に縛り上げてしまった。
「痛いかね?」
「はい」
「それは、脱臼しそうな激痛かね?」
「いや、それほどじゃありません。むしろ縄が食い込んでいる部分の方が、痛いかな」
「では……」
更に縄を取り出した白砂サンは、敬一クンを座らせると、これまた驚くほどの素早さで、両足も拘束した。
正座をしているような格好で、ふくらはぎと太腿を縛るような形になっているので、敬一クンは立ち上がれなくなっている。
「ショーを行う場合、この状態で天井へ吊り上げる。縛られて普通とは違う形に固定されているので、そういう痛みはあると思うが。君は身体能力が高く筋肉も柔らかいので、命の危険を感じるような痛みは無いだろう?」
「大丈夫です」
「では、失礼」
一言断ると、白砂サンは敬一クンの背中の縄を掴み、長身で筋肉質だから80kg近くは優にあると思われる敬一クンの身体を、グイッと持ち上げてしまった。
「解るかね? 天井に吊られている間は、自分の体を支えているのは、この縄のみになる。つまり、縄の縛り位置が間違っていると、自身の体重で骨折や脱臼と言った怪我をする恐れが出る。また、縄の縛りがきちんと成されていないと、解けて落下や転落と言った事故が起きてしまう。落下の衝撃で脊髄を痛めたり、折れた骨で内蔵を損傷したりすれば、重篤な怪我や死に至る危険がある」
片手で自分の頭の上まで持ち上げたとか言う訳ではないが、そうやって説明している間中、白砂サンは息切れもしてない。
一体、あのほっそりした外見のどっからあんな怪力が湧き出ているのか、俺は驚きのあまり白砂サンの解説なんて殆ど耳に入らなかった。
「確かにこれは、怖い……と言うか、不安な感じになります。全然身動きが取れない」
「縛りが甘くて身動きが出来たら、先程述べたような危険な状態になる」
「なるほど」
敬一クンと白砂サンは落ち着き払って、学者が実験を検証するみたいな会話を交わしている。
だが敬一クンは、かろうじて下半身はパジャマを着ているが、上半身は裸だ。
イヤに黒くヌメッとした縄が、引き締まった敬一クンの身体に食い込んで雁字搦めにされている。
まさに "目のやり場に困る" 光景で、俺は視線を外した。
ら、目に入ったのはドン引きした顔のまま、敬一クンの姿を食い入るように見ているユリオの顔だった。
いっそ、ユリオの存在は俺の心の憩いかもしれない。
「あのっ! ちょっとすみませんっ!」
「ソイツっ、ちょっとコッチにっ!」
エビセンとホクトはほぼ同時に立ち上がると、白砂サンの手から敬一クンを奪い取った。
「そのままで良いのかね? 要領を知らないと、簡単には解けないよ?」
「全然構いません!」
「じゃあ失礼します!」
「おい! 解けなかったら困るぞ!」
暇乞いもそこそこに、縛られたままの敬一クンをクリスマスツリーのように担ぎ上げて、エビセンとホクトは出て行ってしまった。
§
「あ〜あ〜あ〜……。ケイちゃんのパジャマ、新しいの買わなきゃだな〜」
鼻から火炎が出てもおかしくないような様子のエビセンとホクトを、シノさんはニヤニヤしながら見送った。
「彼等は、先程セックスしたばかりじゃなかったのか?」
首を傾げる白砂サンに、シノさんとボーンズ氏は吹き出した。
「相手は血気盛んなハイティーンですよ?」
「若さ迸る18歳じゃ。あんなン見せられたら、猛獣の檻に羊を放つようなモンじゃろ」
「……あの、聖一さん」
コソッと白砂サンの傍に寄って行ったのは、コグマだ。
「なにかね?」
「その……緊縛師の先生に指導を受けていた……って言いましたよね?」
「うん、受けたよ」
「聖一さんは……その……。緊縛師になりたかったんじゃなく、ただセックスのスパイスとして……って言いましたけど……。その……、縛られたりとか……お好きなんですか?」
コグマにしてみれば、それはもう一大決心をしての問い掛けだったに違いない。
そもそもコグマはモテたいために身体を鍛えているような男だから、外見はいわゆる "ボス猿タイプ" に見えるが、性根は俺と同じく小心者のビビリだ。
シノさん風の下世話な言い方をするならば、セックスは正常位で一発ヤッたらそれでもう「素晴らしい夜!」になっちゃうような、形から入って短絡的なオチに辿り着き、何の疑問も持たないタイプの典型だろう。
だから俺がビビッたのと同レベルに、コグマも緊縛だのSMだのって単語に驚愕していたと思うので、そこからこの問い掛けをしたのは "一大決心" なんじゃないかと推察した。
「縛りや目隠しプレイは、刺激的だね」
ガクブルになってるコグマとは対照的に、白砂サンはシレッと答えた。
「そ……それじゃあ、本当はそういうセックスを望んでたんですか?!」
「いや」
白砂サンの返事に、コグマが安堵出来たのはほんの一瞬に過ぎなかった。
「君に、そんなセックスは期待していない」
「はぁっ? それは、どういう意味ですか?」
訊ねるコグマを、白砂サンはしばらく黙って見つめていた。
「……君は、バーやハッテンバなどで出会い、気の利いた店でアルコールと食事を嗜んだ後に、シャレたご休憩に入ってセックスをする、いわゆる出会い系のデートに関しては、手際良くスマートだと思う」
「はい」
「だが、一緒に生活をして、家族になるのはとても難しい」
「それは、僕がもう不必要だって意味ですか?」
「いいや」
「僕は……聖一さんが、何を考えているのかが解りませんっ!」
そりゃそうだろうな……と、俺は思った
§
「コグマとセイちゃんには、最初から意思の疎通なんか無かったじゃん」
俺の心の声は、シノさんの口から発せられた。
「失敬なっ! 僕と聖一さんは、ちゃんと愛し合ってますよっ!」
「コグマはセイちゃんが好きじゃし、セイちゃんも……なんでかワカランけどコグマが好きなのは、よーワカっちょるよ。でも趣味は合わんし、意思の疎通もナイね」
シノさんは、ものすごくキッパリと言った。
「聖一さん、そんなにこの……小熊さん? が好きなんですか?」
さも意外みたいな口調で言われて、コグマが睨んだが、ボーンズ氏は悪びれる様子もない。
「仕方なかろ。至らないイタルちゃんはセイちゃんの初恋の、ナントカゆーSFドラマの船長サンにソックリなんじゃから」
「えっ? カーク船長ですか? だとしたら、全然似てないと思うケド……」
「アダマ司令官だよ」
「え〜? 似てる……かなぁ?」
このドラマだけは白砂サンが誰にも貸してないので、実物の顔を知ってるのはオタクのボーンズ氏だけだ。
「似ているよ」
「どーでしょう? だって、聖一さんの言ってるアダマ司令官って、ローン・グリーンの方ですよねぇ? アダマ司令官を演じていた当時のローン・グリーンって、髪色はむしろ聖一さんみたいに真っ白だったし……。そう思いません、柊一サン?」
「俺ら、セイちゃんが見せてくれないから、その船長? 司令官? の顔、見たコトないんよ」
「それは、聖一さんが卑怯だなぁ」
「私、卑怯じゃないよ。宇宙空母ギャラクチカは、引っ越しの時にディスクの一部を欠損してしまって、貸せないだけだよ」
「でも……、うーん……。……ギリギリで、譲歩出来るところがあるとしたら、アングロサクソン系……ってだけ……?」
「アングロサクソン系って部分が一致すれば、充分なんじゃん」
シノさんの答えに、ボーンズ氏はビックリ顔の後に、なんかもう脱力したみたいに笑う。
「ああ、そういうのですか」
「いちいち、話を枝道に引っ張り込むの、止めてくれませんか?」
「こーいう話題にノれないトコが、コグマがセイちゃんとは話が合わん、って証明になるんよ?」
シノさんの指摘に、コグマはグッと黙り込む。
「俺としては、コグマとセイちゃんの同居は、一度解消するべきと思うネ」
「それって、柊一サンが海老坂クンに敬一クンを押し付けようと画策してるのと同じように、僕から聖一さんを引き離して、その間男の医者を聖一さんに押し付ける腹積もりですか?」
「ん〜、イロイロ引っ掛かる単語が並んでおったが、ツッコミをしてると話が進まなくなってまうから、一旦棚上げにしておいてやるが……。俺がセイちゃんとコグマの同居解消をススメる一番の理由は、ミナトの精神衛生だナ」
ピッと人差し指を立てて、シノさんはニッと笑った。




