14.キャンパスチームの齟齬
「あの、ちょっとすみません」
敬一クンが、井之頭五郎みたいな挙手をした。
「どしたん、ケイちゃん。セイちゃんがセンセイと婚約するの、不満か?」
「不満なんてありません。ただ聖一兄さんが、俺に触発されたと言った意味が解らなくて」
「君は海老坂君と北斗君の二人を侍らせ、手玉に取っている」
指輪を見つめたまま、白砂サンが言った。
「はあ?」
「私は以前、出会いを求めて色々な場所に赴いてみたが、全く相手にされなかった」
「聖一さんみたいに可愛いヒトが相手にされなかったなんて、見る目の無い連中ばかりだったんですね」
ソファに座り直したボーンズ氏は、ためつすがめつ指輪を眺めている白砂サンを、嬉しそうに見つめている。
「ああいう出会いの場では、イタルや敬一のような魅力的な身体を持っていないと、相手にされないものだ。私の筋肉は、努力を反映しない性質らしく、残念だが芳しい結果は得られなかった」
「あの……その事が、兄さんの発言とどういう関係が?」
「出会いの場で、君のように次々と言い寄られている者を眺めては、自分もあんな風に複数人に言い寄られ、手玉に取る事が出来たなら……と、考えたりしたものだ。──全く、おこがましいがな」
「はあ? 俺は誰も手玉に取ったりしていませんが?」
「取っているよ。君が意図していないとしても、二人は君に夢中で、イタルの言う "ステディな関係" になりたいと望んでいる。だが君は二人のどちらも選ばず、あまつさえゴリラのような者と関係を持ち、二人をやきもきさせたりしている。更にスバルとは "僕の猫" になる約束まで交わしてしまった。ゴリラにも増してスバルと性的な関係を持つと、色々と問題になるので、自重しておくよう忠告する」
「ええ? スバル君はまだ子供ですよ?」
「子供でも、スバルはすっかりそのつもりになっていると思うが」
「まさか」
「いやいやケイちゃん、俺もスバルはその気になってると思うぞよ」
「そうだ、あのポークビッツは完全にその気だぜ」
シノさんに続いてエビセンも相づちを打つ。
俺も口には出さなかったが、その意見に同感だった。
「ねえ、敬一クン。キミは自分が他人からどう思われているか、客観的に考えないの?」
問い掛けたのは、ボーンズ氏だ。
「そういう事は苦手で……。兄さん達はからかって、可愛いなんて言いますが、いくらなんでもそれはないです。海老坂にボンクラとか鈍感とか言われているので、まぁ、そんなものなんだろうと……」
敬一クンの返事に、ボーンズ氏はくすくす笑っている。
「聖一さん、本当にこんな天然さんをお手本にしちゃうんですか?」
「私には敬一ほどの魅力は無いが、少なくとも君とイタルは、私に好意を寄せてくれている」
「聖一さん! そんなビッチを見本にしちゃダメですっ!」
色々切羽詰まっていたのだろうが、コグマはエビセンとホクトの地雷を踏んだ。
「いま何て言った! 聞き捨てならないぞっ!」
「そーいう台詞を、俺以外のヤツが言うのは許さねェぞっ!」
ガッと立ち上がった二人にタジタジになり、コグマは後退った。
「君達、イタルは立派な体格をしているが、喧嘩もプロレスもさほど長けていない。適当に手加減をしてやってくれたまえ」
コグマを擁護するような発言をしているものの、白砂サンは相変わらず指輪を見つめたままだ。
§
「度々すみません、ビッチってなんですか?」
また、敬一クンが挙手をした。
「英語のスラングで雌犬の事だよ。だがこの場合は、多数の相手と奔放に性交する者を、侮蔑する言葉として使っている。つまり──イタルは、敬一を尻軽の節操なしと罵倒した」
「聖一さん、何もそこまで詳細に解説しなくても……」
さすがのボーンズ氏も、全く容赦の無い白砂サンのコメントに、苦笑いしている。
「ケイちゃんはピュアな子じゃから、セイちゃんの速球ストレートの解説は、むしろ親切だよ」
「男の俺が雌犬なんですか?」
「そうだよ」
敬一クンは訝しむような顔つきになった。
「おまえ達も、そうなのか?」
「なにが?」
コグマにサソリ固めを決めているエビセンが振り返る。
「おまえ達も俺の事を、おまえ達を手玉に取ってるビッチだと思ってるのか?」
「ふん。以前はビッチだったが、今は違うだろ」
「何が違う?」
「輪っかにガードされてて、もう他のヤツと気軽に出来ねェだろーが」
「海老坂クンっ、痛いっ! 痛いよっ!」
敬一クンは、更に納得出来ないという顔になった。
「ガード? 何を言ってるんだ、このリングはおまえ達のセックスの都合で、俺に付けた物だろ」
「ケイ! そんな風に思ってたの!」
クリップラー・クロスフェイスを掛けていたホクトが、コグマをほっぽり出して敬一クンの傍に駆け寄る。
「残念ながら、そんな単純な理由じゃねえよ」
シニカルに口角をあげたエビセンも、コグマを開放して、立ち上がった。
「そろそろケイちゃんも、自分がエビちゃんとアマホクを手玉に取っているとゆー、自覚を持つべきじゃのう。イイ機会じゃから、三人でよっく話し合う場をココに設けたまい」
したり顔で頷いているシノさんが、実は三人の成り行きに興味津々で、野次馬根性をワクワクさせているのは言うまでもない。
ホクトが敬一クンの前に立ち、沈痛な面持ちで訴えた。
「そのリングは俺のケイに対する好意と、ケイを護りたい気持ちの顕れだよ」
「そんな事を言われても、納得出来ない。なぜ好意がこんな不愉快な形になるんだ? これの所為で俺は、他所でおちおちトイレにも行けないんだぞ、えらい迷惑だ」
「トイレに入る時は、素知らぬ顔をして用を済ませばよろしいと、アドバイスしたじゃろう?」
「そうしたいのは山々ですが、その場になると、不愉快さが先立ってしまって、なかなかそうも出来ません。兄さんは実際に、こんな物を付けられた事があるんですか?」
敬一クンの反論に、さすがのシノさんも返事に詰まった。
ロクデモナイ遍歴を数え上げたら枚挙にいとまがないシノさんだが、自分がイタかったりツラかったりな事は全力で避けているから、そんな体験ある訳が無いのだ。
「輪っかとか、リングとかって、何の話ですか?」
微妙に話に置いてきぼりにされたボーンズ氏が、コソッと白砂サンに問うた。
「敬一があまりに軽率に性行為に及んでしまうので、海老坂君と北斗君が貞操リングを装着させたのだ。ちなみに、そのリングならば私も使った事がある。二人にリングを使うように勧めたのも私だし、選んで購入したのも私だ」
シレッと、白砂サンが応えた。
§
「あれを、聖一兄さんが? なぜそんな事を?」
「そりゃあ、みんながケイちゃんのコトを心配したからだよ」
「心配?」
「君は男性同士のセックスを、朝のジョギングと同程度の事と思っていて、複数の相手と気安く性交渉を持つ危険性を理解していない。それは身体的な意味のみならず、相手の思惑や感情にも言える事だが、その辺りの機微を察するのも、君は非常に下手だ。だからそういう危険から君を遠ざける為のブレーキが必要だと考え、海老坂君と北斗君にそのリングを斡旋した」
「なるほどねえ……、それは心配ですよね。そういうコトなら僕も仕事柄、性病のコワイ写真をいっぱい持ってますから、それで授業をしてあげましょうか」
ボーンズ氏にまでダメ押しをされても、敬一クンはまだ納得出来ない顔をしていた。
「俺が鈍感で兄さん達に心配を掛けているなら、申し訳ありません。知識が足りない部分は、これから勉強します。でも俺が海老坂と天宮を手玉に取ってるというのは納得出来ない。こいつらは日常的に俺を縛っていて、俺の方が手玉に取られてるとしか思えない」
「ケイちゃん的にはそーゆー束縛が、恥ずかしくってイヤだっつーのもワカルけど。でもケイちゃんは、下心満載のゴリラに誘われても、ホイホイついてっちゃう危なっかしい子じゃからのぅ」
「あー、お兄さん。ソコらへんの解釈、コイツの本音とちょっと違うと思いますよ」
「なに、エビちゃん?」
「だってコイツ、ゴリラに突ッ込まれると気持ち良すぎて、何が何だか分からなくなるとか言ってたじゃないですか。腫れ上がった翌日はピーピー言ってましたけど、ステンレス管を突ッ込まれてる最中は、萎えてなかったんですよ。ボンクラだから、ゴリラの下心が解んなかったってのは本当だと思いますケド、コイツにもゴリラや他の野郎とヤりたい気があるから、邪魔っけなリングを外せっつってんじゃねェかと」
「まさかそんなっ!」
ギョッとなって叫んだのは、敬一クンではなくホクトだった。
「考えてもみろよ。この頃じゃ、ちゃんとメスイキ出来るようになっちまって、寧ろ締められてる方が良さそうだろが。そんで俺達にがっつりヤられてる時は、無理だの壊れるの言ってたって、翌日は平気な顔して出掛けてくし。底無しのエロエロ体質だぜ」
「メチャクチャな事を言うな、ちっとも平気じゃないぞ! それにメスとか言うのもやめろ! そもそもおまえらは、人のこと何だと思ってるんだ! やたらと中に出すのはやめろと言っても、絶対にやめないから、毎回後始末がえらい手間なんだぞ!」
何が地雷になったのか、今度は敬一クンが、怒った声音で言い返した。
「だーから、俺がおまえをメスって言うのは、褒め言葉だっつってんだろ! それに後始末は俺らがやってやるって、いつも言ってるだろーが!」
「おまえらに任せると、結局またセックスになるだろうが! キリがない!」
「そーゆーコトは天宮に言えつーの! すぐに興奮して、発情期のカエルみたいに剥がれなくなるのはアイツじゃねーか!」
「俺は海老坂の乱暴なやり方から、ケイを守ってるだけだ!」
「あー、確かに海老坂のやり方は、ちょっと乱暴だな……」
「なぁにが守ってるぅ〜だ! ヤってる間中ずっとケイー! ケイー! って叫んでて、ウルセェよ!」
「あー、あれは確かに、ちょっとうるさい……」
「ほう、もう既にリングを外さないでイケるようになっているのかね? やはり若いと順応性が高いな。だが、あんまり無茶をしてはいけないよ」
会話の内容に俺の顔は引きつりまくっていたが、そんな事を全然気にしてなさそうに、白砂サンが斜め上のアドバイスをしている。
「メチャクチャやってるのは俺じゃない、海老坂と天宮です」
「メチャクチャなんてしてません、ちゃんとたっぷり楽しませてやってるだけで」
「そもそも俺がケイに、ムチャクチャなんて出来る訳ないじゃないですか」
「んだな、エビちゃんはスパダリじゃけん、ケイちゃんが壊れるよーなコトするワケ無いな」
「うん、北斗君は紳士だから、敬一を傷付ける事はしないと信じているよ」
「なるほど、海老坂君と天宮君は、それぞれ柊一サンと聖一さんの肝いりなんですね?」
白砂サンとシノさんの発言に、納得したようにボーンズ氏が頷いた。
§
判ったような顔で頷いているボーンズ氏だが、その実、シノさんと同レベルでこの状況を楽しんでいるように見える。
「肝いりと言う訳でも無いが、敬一に対する気持ちが真剣だし、それぞれ表現方法は違っても誠実だと思う。私も柊一も、海老坂君と北斗君なら敬一を大事にしてくれると信じただけだ」
ホクトはチラッとボーンズ氏を見てから、スッと敬一クンの前に跪いた。
「ケイ。幼稚園で初めて逢った時から、俺の気持ちはずっと変わってない。あの時のプロポーズは俺の本気だし、無効だと言われたって何度でも繰り返すよ。ケイ、俺と、真剣に付き合って欲しい」
「あー、俺は大仰なプロポーズなんか、かます気は無ェけど。オマエには、俺に操だてする程度の親密さを持って欲しいと思ってるし、少なくとも俺はオマエに対して、ずっと前からそういう感情を持ってるぜ」
ソファに座ったままだが、エビセンの顔は真剣だった。
「……すまない。そう言われても正直、何を言われてるのか解らない。相手を一人に決めるようにおかあさんに言われてから、俺なりに考えているんだが……男同士の付き合いをそんな風にする意味が、さっぱり解らないままだ。こんな状態で真面目な返事をする訳には……」
「直ぐに決めろなんて、せっつく気は無ェよ。真空管接続のオマエが、打てば響くような返事なんか出来ねェコトくらいちゃんと解ってるさ」
「俺はケイが結論を出せるまで、いつまでも待つつもりだよ」
困った顔の敬一クンが、シノさんと白砂サンを見る。
「ケイちゃんは、二人のコトどう思ってるん?」
「どう、とは……」
「単純に、好きなん? 嫌いなん? どーでもいいん?」
「もちろん好意はあります。いくらなんでも、どうでもいいような相手とセックスなんかしません」
「んっか。そんならケイちゃんの結論が出るまで、現状維持でいーじゃん! そもそも俺はメシマズみたく、一人に決めろなんてつまらんコトは言わんよ? ケイちゃんがイイって思う相手なら、両手にイケメンもイイと思う!」
「私は敬一を手本にすると決めたのだから、敬一が決めた事に否は無い。むしろ、敬一がこの後どうするのか興味深い」
赤ビルのダブル巨頭のトンデモアドバイスをどう思ったのか、敬一クンは眉間にしわを寄せながら、エビセンとホクトの顔を交互に見た。
「解った……。いや、本当はなんにも解ってないんだが……。おまえ達が真剣な付き合いを望んでる事が解った……。というか、この場合の真剣というか、おまえ達の好意の意味が、俺には理解出来てない事が解った……というべきか……。いや、俺にもおまえ達への好意はあるんだが、それはおまえ達の好意と何かが違うというか……」
「ああもう、じれってェな! 今すぐ決めらんねェつーなら、それでもイイって言ってんだろーがっ!」
自分でも何が言いたいのか解らないレベルに言葉の迷宮で迷子になっている敬一クンを、エビセンがどやしつける。
「どなるなよ、海老坂」
敬一クンの足元で床に跪いたままのホクトが、エビセンを睨んだが、エビセンは立ち上がって敬一クンに迫ると、敬一クンの鼻の頭に向かってビシっと人差し指を突き出した。
「俺はオマエのボンクラなところも、エロエロなところも、全部気に入ってる! だがそれを他の奴に、気安く分けてやる気はサラサラ無いっ! だからオマエの結論が出るまで他の奴とはヤるな! これ以上増やすな! それが俺の条件だっ! どうだ受け入れるか!」
「あ……ああ……うん……わかった……」
ビックリ顔の敬一クンは、なんだか勢いに押された感がなきにしもあらずだが、コクコクと頷いた。
「オマエも、納得か?」
自分を睨んでいるホクトに、エビセンが問うた。
「いいだろう」
「おお〜、ケイちゃん! めでたくオトナの階段を一歩上がったのう〜!」
「少々、登り方がトリッキーではあったが、それもまた興味深いな」
シノさんは心ゆくまで下司な話を聞けた所為かやたら満足げに、白砂サンはなんだかとても感慨深げに、互いに頷きあっている。
なんなんだろう、この状況……と、一種の脱力感に襲われている俺は、ふと若桐氏と目があった。
展開の滅茶苦茶さに "あばばばば……" って顔のユリオを引っ付けた若桐氏は、むしろ俺のことを憐れみの目で見ている。
なんか、更になんだかな……って気分になった。




