13.戦いの行方
「そんなの、やっぱり一方的なだけじゃないですかっ!」
言い張るように、コグマが言った。
「そうは言っても、僕は聖一サンがフリーだと思ってましたし」
「部屋を見れば、一目瞭然で同居人が居たのは判ったはずです」
「確かにあのお部屋には、聖一さんとミナト君以外にもう一人、誰かが暮らしている気配はありましたけど。それがステディな相手なのか、ただの同居人なのかは解りかねましたね」
「気付きたくないから、意識的に気付かなかっただけでは?」
「いいえ、僕は事実を言っているだけですよ。だって、リビングやキッチンに飾られていた写真、あなた単独のものしかありませんでした。ツーショットは聖一さんとミナト君のものだけ。集合写真に大学生たちや東雲さんがいても、あなたいませんでしたよ。そもそも恋人をクリぼっちにさせてる "ステディ" なんて、誰が想像します?」
「僕はクリスマス・ディナーに出掛けませんかって、随分前に聖一さんを誘いましたけど、きっぱり断られたんです」
「聖一さんがパティシエだって知らないならともかく、クリスマスと言ったら一年で一番忙しい職業ですよ? 断られて当然じゃないですか。それにその晩、こちらのペントハウスでパーティが予定されていた。あなたの話だと、聖一さんとあなたはメゾンの皆さん公認みたいですよね? それならなんの遠慮もなく、同席していて当然じゃないんですか?」
「今夜は職場の飲み会に誘われちゃったんです、仕方無いでしょう!」
「でも、聖一さんをディナーに誘ったんでしょう?」
「聖一さんに断られてるんだから、約束があった訳じゃないじゃないですか」
「でも、家族のパーティに参加する約束はしてましたよね? って事は、聖一さんと約束してても、職場で飲みの誘いが来たら、そっち行っちゃうんですか?」
「そんなコトしませんよ!」
「でも現に家族のパーティの約束は反故にしてるじゃないですか。お出掛けディナーなら断れるけど、家族のパーティだと断れない飲みって、スジが通らなくないですか?」
「それはっ、僕はあんなふざけた仮装をするパーティには出たくな……っ!」
コグマは、明らかにしまったって顔になった。
俺は、ボーンズ氏がコグマを挑発していたのは、コグマのお体裁の言い訳を額面通りに信じている白砂サンの前で、コグマの本音を引っ張り出して自爆させるためだったって事に、ようやく気が付いた。
§
白砂サンは、驚いた顔でコグマを見ていた。
それまでは──、それなりに "怒られている" 自覚を持って、あまり言い返しもせずにしょんぼりしていたのだが。
「君は、職場のクリスマスパーティを抜けられない……と、私に言ったように記憶しているが?」
「そ……、そうですよ。昨日、通達があったって言ったじゃないですか」
「でも今、ふざけた仮装が嫌だと言ったね?」
コグマは、やや開き直った顔で白砂サンを睨む。
「僕は、仮装パーティの誘いを受ける前に、聖一さんにイブかクリスマスか、どちらかに二人でディナーに行きませんかと、誘いましたよね?」
「クリスマスケーキの予約を受けているのに、ディナーに行ける余裕は無いと答えた」
「それなら僕にも、パーティに出席するか否かの選択権ぐらいは、あるんじゃないんですか?」
「当然、あるだろう。だがそれなら、仮装が嫌だから出席したく無いと、正直に申告すれば済むんじゃないのかね?」
「そんなコトを言ったら、また僕の方が一方的に悪者にされてしまうから、嫌だったんです!」
「あーっ! もうやめやめっ!」
ヒートアップした白砂サンとコグマの間に、再びシノさんが割って入った。
「セイちゃんとコグマの趣味が合わんコトは、もうメゾンの全員が知っておる。そもそもコグマがパーチーに来ない理由は、セイちゃん以外の全員が真実を知っていた」
「兄さん、俺は知りませんでした」
敬一クンの発言に、うんうんとユリオも頷いている。
「んか。では、知ってる者は知っていた」
「敬一クンが知っていようがいまいが、関係ありませんよっ!」
「ああ、余計な事を言ってすみません」
「コグマは苛立って、八つ当たりが大いに混じっておる。それよりココは、今の会話で浮き彫りになった問題点を話し合うべきであろう」
「問題点、ですか?」
「そーさ。セイちゃんが趣味の合わぬコグマと、今後もお付き合いを続ける意味があるのかどーかっつー、大問題点だ」
「ちょ……っ! なんですか、それはっ! それにもしそういった話をするとしても、これは僕と聖一さんのプライベートじゃないですかっ!」
「あー、お兄さん、俺も今この場で話し合いするべきだと思います」
エビセンが、わざと敬一クンの真似をして挙手をした。
「ちょっとっ! 海老坂クンまで、なに言って……」
「こんな夜中に大声張り上げてる奴に叩き起こされて、エライ迷惑被ってんだ。今後どうなるのか、きっちり聞かせてもらうのは、当然の権利だろが」
「俺もこの場で話し合いをしてもらうのに賛成です」
ホクトは、多分無意識なんだろうけど、やっぱり挙手をして、意見を続けた。
「白砂サンと小熊サンのプライベートな話ではありますけど、お二人の事はメゾン公認となってるんですから、これからどうするのか、白砂さんの気持ちをはっきり聞かせてもらいたいです。
「そうだな。こういう話は拗れると刃傷沙汰とかになりかねないからな。第三者の立会いは、あって然るべきだろう」
野次馬なシノさんだけならともかく、野次馬が理論武装したエビセンに、真面目な顔で痛いところを突いてくるホクト、それを援護射撃する若桐氏まで続いてしまっては、コグマは黙り込むしかない。
「うむ。あんまし納得しちょらん様子だが、コグマからの反論は出ないよーだな。ではセイちゃん、センセイにはゴメンナサイして、コグマとステディな関係を続けるのか? それともコグマとはサヨナラして、センセイと新たな一歩を踏み出すのか?」
シノさんに促されて、白砂サンはゆっくり瞬きを数回繰り返した。
「いきなり、そこまで結論に飛ぶのかね?」
「言い分は全部、出し合ったと思うがの?」
「では私から、新たに第三の選択肢を提示しても、構わないだろうか?」
「ほほう。どんなアプローチか是非聞いてみたいぞよ」
こころなし、シノさんの目がキラーンと光ったように見えた。
§
「こちらのメゾンに来る以前には、そんな事は考えるのもおこがましいと思っていたのだが……」
白砂サンは、ちょっと独り言みたいに小さな声でそう言ってから、顔を上げるとまっすぐにシノさんを見た。
「私はここで柊一と出会い、敬一に触発された。君達の自由な思想に触れ、もっと柔軟な考え方を持つべきだと考えた。だから今後、イタルともボーンズ君とも、付き合いを続けるつもりだ」
「え、えええーっ! ちょっと待ってくださいよ!」
コグマは叫んだが、声も上げずにびっくりになっている、ユリオの顔芸のほうがインパクトは強かった。
「至らないイタルちゃんはご不満のようだが、センセイはどうなん?」
「なんの不満もない……って言ったら、嘘になりますね。でも、何があっても聖一さんを諦めるのは不可能ですから、聖一さんがそう決めたのなら、僕は受け入れます。それで良いですよ」
「何を勝手なコトを……」
「コグマよ。オマエはセイちゃんに全面降伏宣言したんじゃなかったのか? そりゃ、オマエがセイちゃんとの付き合いを放棄して、撤退するってゆーなら、ゲンコ一発で勘弁してやらないコトも無いが。セイちゃんとの付き合いを続けるのに、セイちゃんの決断が受け入れられないつーのは、俺は許さんぞ?」
「大家さん。別れる選択でも、非があるのはこっちなんじゃ?」
理解できないって顔で、若桐氏が訊ねる。
「そりゃ、セイちゃんとオツキアイするのを、俺は反対したのに、絶対泣かしませんって誓って、コグマが交際に踏み切ったからじゃな」
「えええ……?」
シノさんのトンデモ理論に、若桐氏は混乱している。
が、それとは別にボーンズ氏が挙手をした。
「あ、もしかして僕もその誓いを立てないといけませんかね?」
「うむ。だが、今では大事なパティシエな上に、大事な家族だぞ。生半可な誓いじゃ通らんネ」
ネコマタの微笑みをボーンズ氏に向けたシノさんは、ボーンズ氏を認めるとか拒否るとかに関係なく、あくまでもどこまでも面白い展開を期待しているようだ。
ボーンズ氏はシノさんの顔を数秒見つめた後に、不意になんだかものすごく不敵な笑みを返した。
「解りました。それじゃあ……」
ボーンズ氏はスッと立ち上がると、白砂サンの前で跪き、左手をそっと自分の手に取った。
「聖一さん、僕とエンゲージしてください」
「はああっ?!」
コグマが叫んだ。
「おおおっ!!」
シノさんはどよめいた。
「オマエ、ボーンズさんと気が合うんじゃねェの?」
エビセンがニヤニヤしながら、ホクトに言う。
ユリオは若桐氏の肩を掴んでガクガク揺すっていて、若桐氏は突き抜けた状況に苦笑いしかないって顔だ。
「俺は結婚を申し込んで、婚約をしたんだ。誓いのキスもしてる」
「だが、あのキスは無効だとおかあさんが言っていた」
「しーっ、今、神聖なお申込みのお返事を聞くところだぞ、静かにせえ」
シノさんに言われて、キャンパストリオは口を噤む。
「もちろん、聖一さんの意向を尊重して、貞操の約束を求めてはいませんよ。ホントは、そうしたいですけどね。僕としては、僕も一緒にミナト君を育てさせてもらえると嬉しいんですけど」
ボーンズ氏は、ズボンのポケットから黒い小さな箱を取り出すと、白砂サンの前でパカッと開けた。
「こ……これはっ……!」
「ロード・オブ・ザ・リングの "ひとつの指輪" です。レプリカですが、ちゃんと公式認定の18金。ホントは24金が欲しかったンですけど、迷ってるうちに売り切れちゃって……。運命のヒトに捧げるってわかってたら、迷いませんでしたよ」
指輪の説明のくだりは、オタクらしくやや早口だったが。
箱からリングを取り出し、白砂サンの左手の薬指に挿す時には、ちょっとしんみり口調になっていた。
§
俺は白砂サンとはオタクのジャンルが違う。
正直、海外ドラマや洋画なんかにはあんまり詳しくない。
だが、白砂サンのオタク布教にノリノリのシノさんに付き合わされて、最近はソッチ系の知識がどんどん増加していた。
だからその "ロード・オブ・ザ・リング" という映画についても、知っていた。
故に、その "ひとつの指輪" が、オタク心をどれほど擽ぐるスペシャル・アイテムであるかも知っていた。
「アマホク、アレ、いくらぐらいかササッと検索せいっ」
シノさんが鼻息も荒く、ホクトに命令する。
「ええと、日本円で20万ぐらい……だったのかな? でも、今はもう売ってないので、プレミア付いてるみたいです」
「おお〜! それなら婚約指輪にも、申し分ない御品じゃのう〜」
シノさんは下世話な興味にワクワクしていたが。
指輪を見る白砂サンの目は、神聖な申込みに戸惑っている人のもの、ではなく──。
オタクコレクターの輝き──、いっそ "ゴラムの目" とでも言うべき光だった。
「これを……、私に?」
「ええ」
「なんか、メッチャ手回しイイな」
ボソッと呟いたのはエビセンだ。
確かに、こんなシノさん的無茶振り展開に、神対応ともいえる婚約申し込みが出来るの、なんで? って思うかもしれない。
だが、俺にはなんとなく、裏方が見えていた。
あの指輪は、元々婚約申し込みに使うために持ってきたものではなく。
単に "艦長のカップ" のお返しとして、持ってきていただけの物だったのかもしれない。
そうだとしても、持っていた指輪を使って即興でこんなアプローチが出来るボーンズ氏には、驚嘆するのみだ。
白砂サンはひたすらゴラムの目のまま、興味と関心を指輪に吸い取られ続けていて、申し込みを断りもしない。
「ぬおっ、セイちゃんっ、エンゲージかっ?!」
「ん? ああ、そうだね、そうなるね……」
偶然にもピッタリ。
と言うか、たぶんボーンズ氏は自分のサイズで買った指輪が、白砂サンも大差無いサイズだっただけだろう。
白砂サンは左手の薬指で輝いている指輪を、光にかざして魅入っていて、返事も曖昧というかかなりぞんざいだった。
「ちょっと聖一さんっ! 断ってくれないんですかっ?!」
「この愛しいシトを、断れる訳が無い」
コグマに向かって、キッと視線を向けた白砂サンは、ほぼ完全に "ゴラム" そのものだった。
が、たぶん指輪の由来も映画の内容も知らないであろうコグマには、白砂サンがなんでそんなにすんなり指輪を受け取ってしまったのか、理解出来る訳が無い。
「セイちゃんおめでとおおおおーっ!」
シノさんは楽しそうに、拍手をしている。
そのシノさんの悪ノリを増長させるように、エビセンも一緒になって拍手をしているし、なんだか場の空気に流されたようにホクトまで拍手をしていた。




