12.トラブルの前奏曲
異星人メイクは、シノさんが白砂サンからオススメされたというコールドクリームを使ったら、すんなり落ちた。
っていうか、女装のエビセンもパーティーの後半ではロングヘアーのかつらを脱いじゃってたし、俺のごわごわラバーの衣装も、脱いでしまえばそれきりだ。
熱いシャワーを浴びて、ラフなスウェットに着替えてベッドに入る。
うすらぼんやりと、ハルカのことを考えていた。
ハルカが家主のシノさんに、自分の店のサービス券なる物を頻繁に渡していたのは知っていたし、シノさんがちゃっかりそのサービス券を駆使していたのも知っている。
だがハルカはペントハウスやオープンキッチンに殆ど出入りしてなかったから、面白半分程度の事だろうと思っていた。
ミツルの一件の時に、ハルカがシノさんにマジで、ホントに口説いていたと知った時は不愉快だったが、それでもシノさんがコグマやミナミに口説かれてもなんとなく流しているのを知ってたから、ハルカの事もいつものソレと同じと思っていた。
だけど、今回のイソウロウの件は、どうなんだろう?
シノさんは俺の事を、公式に恋人認定は絶対にしてくれないけど、それはシノさんの照れ隠しの一つなんだ……と思っていた。
でもそれは俺の思い込みで、単に俺がシノさんに惚れていて、何があってもシノさんから逃げないというか、身を引く気が無いって見透かされていて、都合よくあしらわれているのか? なんて考えまで、浮かび上がってくる。
過去の事を思い返すに、シノさんが俺に対して言った事のあるそれっぽい台詞なんて、バンド活動をしていた頃の「ギターの腕は最高だよなっ!」だけのような気がする。
けどハルカも昔はバンドを組んでて、ギターの腕には結構自信あるとかなんとか言ってたし、シノさんが時々、ハルカを連れてカラオケに行き、生演奏でシャウトしてストレス発散してるのも知ってる。
シノさんは、ハルカには特別なにがしかの興味や好意があるんだろうか?
そんな事を考えると、なんとなく落ち着かなかったし、どうにも気分がモヤモヤした。
だけど、いくらモヤモヤと悩んだところで、なんら解決案が出てくる訳も無く……。
ほとんど無意味に時間だけが経過して、こんな事で徹夜するのかなぁ……とか、俺が考え始めた時──。
人の声が聞こえて、俺はハッとなった。
結構ハッキリ聞こえたので、最初は部屋に誰か居るのかと思ったぐらいだ。
だけど、自分の思考に囚われて耳にした声は、何かを言っていたように感じられたが。
改めてきちんと聞くと、壁越しと言うかダクト越しと言うか、少しくぐもっていて、言葉があんまり聞き取れない。
俺は起き上がり、声の元を探して、それが隣の部屋……つまり、白砂サンの部屋から聞こえてるのを突き止めた。
§
上着を羽織って廊下に出たら、やっぱり何を言っているのかは聞き取れなかったけど、声の主はコグマだと解る。
「何の騒ぎですかね?」
振り返ると、三階からエビセンと若桐氏、その後ろにユリオも不審げな顔で階段を登ってきていた。
「ヨクわかんないケド……」
俺は白砂サンの部屋の扉を、ノックした。
「レン、怒鳴ってんのは、コグマかいな?」
上の階から、シノさんも降りてきた。
「みたいね」
扉の前を譲ると、シノさんはいきなり扉のノブに手を掛ける。
施錠はされておらず、俺たちはそのまま中に入った。
「セイちゃん、どしたん?」
シノさんは声を掛けつつ中に進み、俺もそのあとに続く。
なんとなくそのまま、エビセン、若桐氏、ユリオもくっついてきた。
「うわ、すごいですね、この廊下……」
以前はホラーハウスみたいだったが、等身大エイリアンにミナトが驚いた事件の所為か、すっかり明るくなっている。
が、ディスプレイは相変わらずたくさん設置されていて、どっかのおもちゃ博物館みたいなのは変わりない。
ユリオと若桐氏は、物珍しげにキョロキョロしている。
廊下の奥の扉が半開きで、声はそっちから聞こえていた。
俺たちは廊下を進み、シノさんが半開きの扉を全開にすると、コグマの背中が見える。
「なんで柊一サンが……? ってゆーかアナタ方、なんで勝手に入って来てるんですか?!」
「そりゃ、俺は大家だから。メゾンでご近所トラブルがあったら、見に来るのが当然だし。一体、何の騒ぎだよ?」
「柊一、済まないが扉を閉めてくれたまえ」
白砂サンの声に、何の気なしにそちらを見て、俺は凍りついた。
「ありゃ、セイちゃん。こいつぁ、スマンかったネ」
シノさんはしれっと答えて、コグマの襟首を引っ掴むと廊下につまみ出し、パタンと扉を閉める。
だがベッドの上で、白砂サンとボーンズ氏が全裸と思しき状態で並んでいた光景は、インパクトが強すぎて俺の脳裏にシッカリ焼き付いてしまった。
§
シノさんは逆上していたコグマを宥めすかして、ペントハウスに連れて行った。
どう考えてもトンデモトラブルになるに決まっている場に立ち会うのなんて、できれば避けたいと思ったが。
痴情のもつれで流血沙汰……とかってなった時に、場に居合わせなくてシノさんが怪我とかしても嫌だったので、ついて行った。
エビセンの他に、ホクトと敬一クンもやってきたし、ここまできたら最後まで付き合うとばかりに自衛隊カップルもきた。
騒ぎで目覚めてしまったらしい子供らまで顔を出してきたが、流石にこんな話し合いに同席させるわけにはいかないからと、シノさんがハルカに厳命を下して退席と相成った。
結局、身支度を整えた白砂サンとボーンズ氏、それと当事者たるコグマ、俺とシノさん、キャンパストリオに自衛隊カップルというメンバーで話し合いをすることになった。
「僕が帰って来た時、部屋は真っ暗だったんです。聖一さんはもう休んでいるんだろうと思って、シャワーを浴びて寝室に行きました。そしたらベッドの上に、間男がっ!」
コグマはビシッと、ボーンズ氏を指差した。
「だって僕、まさか聖一さんにカレシが居るなんて、思わなかったんですよ」
ボーンズ氏は、俺なら狼狽えまくりそうなこの状況で、落ち着き払ってそう言った。
「聖一さんっ、僕は聖一さんのステディでしょう!? なんだってこんな間男とっ!」
「ミナトに着替えを持たせて送り出した後、ボーンズ君にコーヒーを振る舞った辺りまでは覚えているんだが……。私、部屋でボーンズ君と何かアルコールを嗜んだのかね?」
「いいえ、飲んでません。でもお部屋に戻った時には、もう充分酔ってたんじゃないのかな? 僕は解らなかったケド、ミナト君がそう言っていたし、お泊りの準備も全部ミナト君が自分でしてました。コーヒー出してくれたのも、ミナト君ですよ」
「それは、申し訳ない。それで、私はどうしたのかな?」
「ミナト君があんまりしっかりしていて利発なので "良い子ですね" って僕が言ったら、聖一さんは感激して、僕にキスしてくれました。あんまり気持ち良くて、気が付いたら二人でベットの上に」
ニコッと笑いながら、ボーンズ氏が爆弾を落とす。
「あ〜、白砂サンのチューは魔性のチューだからナ〜」
ニヤニヤ笑いながら、エビセンはチラッとホクトに目配せをする。
「ああ。白砂サンのキスは気持ち良過ぎるからなあ」
「ちょ……、なんでキミ達まで、そんなコト知ってるの?!」
コグマがギョッとしている。
「ハロウィンパーティの時に、白砂サンの料理を褒めたら、チューっとしてもらったんだヨ」
「俺もその流れで、白砂サンからキスしてもらって」
「聖一さんっ! どんだけ浮気してるんですかっ!」
「浮気では無い。記憶が無いのだから、事故だ」
「事故……事故……って……っ!! じゃあその間男とエッチしたのも、覚えてナイから事故だって言うんですか!? 無かったコトだったとでもっ!?」
「ベッドに裸で並んでいたし、断片的にだが記憶もある。そもそも事後の感触も残っているので、事故ではあるが、事実だな」
「ええ〜、そんなツレないコト言わないでくださいよ。僕は、聖一さんに運命感じちゃってるんですよ?」
「はあっ? アンタ間男のクセに、なに寝惚けたコト言ってるんですかっ? 聖一さんは僕のステディだって言ってるでしょっ?」
「そりゃ、先程からずっとそう仰ってますけど。でも、ホントなのかなぁ?」
「なんですか、失礼なっ! 聖一さんっ! コイツにハッキリ引導渡してやってくださいっ!」
「いやいやいや、待った待った」
喚くコグマの前に、シノさんが割って入った。
§
「柊一サンっ、なんですか!?」
コグマが語気を荒げる。
「俺は、センセイがセイちゃんのどの辺に運命感じちゃったのかが、スッゴク知りたい」
「知る必要なんか無いでしょっ! それって、柊一サンがただ野次馬なだけじゃないですかっ! それに "運命" なんて大仰な言葉を使ってごまかしているだけで、ホントはそんなモンありゃしませんよっ!」
コグマがまくし立てるのを聞き終えても、ボーンズ氏は相変わらずニコッと笑ったままだった。
「いいえ、ありますよ。ちゃんと、説明出来ます」
「解りました。それなら、聞いてみようじゃないですか」
売り言葉に買い言葉。
コグマはグッと感情を抑えるような声で答える。
「僕が聖一さんに運命感じちゃったのは、まず趣味です。実はオタクって地雷が多いから、好みや話題がピッタリ合う相手はなかなか見つからないんです」
「ほうほう。そりゃ、大事なポイントじゃな」
「それに日常的な考え方も、僕には好感度高いんです。僕はこういう性癖してますけど、実は子育てにすごく興味があって。だけどオタクでゲイで子育てに興味があるヒトなんて、今まで出会ったコトありませんからねぇ」
「ふむふむ。確かにそーいう意味じゃ、セイちゃんは理想だのう」
「でしょう? それにミナト君との会話で、もうすっかり聖一さんに魅了されちゃいました」
なるほどなるほどなどと言いながら、頷きまくっているシノさんに焦れて、コグマが口を開いた。
「それのドコが運命なんです、一方的に聖一さんを好きになっちゃってるだけじゃないですか。大体、後から割り込んで来て "運命感じちゃった" なんて、図々しいにもほどがある」
「あ、出会ったタイミングというか、聖一さんとのお付き合いの時間は、実はあなたより僕の方が長いんですよ。僕らのお付き合いはネット上でしたけど。でもネットで話をしている時から、素敵なヒトだなぁって思ってました。カナタ君を病院に連れて来られた時は、生憎気が付かなかったケド、その後に偶然にもイベント会場で再会出来た。運命をビンビンに感じてもおかしくないでしょ?」
ボーンズ氏が、終始ニッコリ笑っているのが、俺は段々コワくなってきた。
と言うのもボーンズ氏の態度はただ図太いというのでは無く、思いっきりコグマを挑発していると気付いてしまったからだ。




